戻らない位置
音がした。
軽い金属が触れる音。
工房の奥で、何かが転がった。
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イルロが入ると、
床に小さな工具が一つ落ちている。
拾い上げて、棚を見る。
一つ、空いている。
「……戻っていませんね」
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ノルが後ろから入ってくる。
「揃っていないか」
「いえ、逆です」
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オルナが近づく。
「場所が違うな」
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グラドが言う。
「元の位置じゃない」
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ユルンが笑う。
「今度は戻らないか」
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イセラが静かに棚を見る。
「置く場所が分からない」
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少し前の「揃える」動きとは違う。
今度は――
迷っている。
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子どもが入口に立っている。
前と同じ子だ。
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「どうした」
ノルが聞く。
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子どもは答える。
「……どこに戻せばいいか分からない」
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イルロは工具を一つ持つ。
そして、棚に戻さず、
作業台に置く。
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「ここでも使います」
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オルナが頷く。
「動く道具だな」
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グラドが言う。
「固定しない」
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ユルンが笑う。
「全部棚に戻さなくていいか」
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イセラが言う。
「使う場所に近いほうがいい」
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子どもはその様子を見る。
少し安心した顔。
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イルロは言う。
「戻す場所は一つではありません」
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棚にあるもの。
作業台にあるもの。
手元に残すもの。
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ノルが言う。
「揃えるのも、
分けるのも、どちらも使うか」
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オルナが頷く。
「動くものは動かす」
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グラドが言う。
「流れだな」
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子どもは一つ道具を持ち、
少し考えてから、
作業台の端に置く。
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ユルンが笑う。
「いい場所だ」
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イセラが静かに言う。
「使いやすい」
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棚は少し空いたまま。
だが、
不完全ではない。
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イルロはその様子を見て呟く。
「……戻すことも、
動かすことも、
どちらも整え方ですね」
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揃えるだけでは足りない。
戻すだけでも足りない。
その間にある形が、
少しずつ見えてきていた。
棚は少し空き、
作業台は少し賑やかになる。
その変化は、
無理なく広がっていった。




