影を巡る取り合い
朝、橋の影は細く、短かった。
イルロが木片を手に持ったまま立っていると、
後ろから声がした。
「今日は、早い者勝ちだな」
振り返ると、ユルンが笑っている。
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「何の話ですか」
イルロが聞く。
「影だ」
そこへオルナが割り込む。
「今日は暑い。
いい場所は限られる」
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グラドも橋の下から顔を出す。
「昨日より動きも早い」
ノルが腕を組む。
「つまり――」
「場所取りだな」
ユルンが言う。
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イルロは少し考えてから、
静かに言った。
「……では、
測りますか」
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午前中、
村の動きはいつも通り早い。
だが、
誰もがどこか急いでいる。
「昼前には行く」
「先に入る」
「今日は譲らん」
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昼前、
橋の下に最初に入ったのはユルンだった。
「ここだな」
ちょうど影の中心。
「早いな」
オルナがすぐ後ろに来る。
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グラドが影の端に立つ。
「ここも悪くない」
「いや、そこは動く」
ノルが言う。
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イセラが布を持って入ってくる。
「そこ、風が弱い」
ユルンが笑う。
「じゃあ代わるか?」
「いいえ、そこがいい」
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気づけば、
橋の下に人が詰まる。
少しだけ、近い。
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「……暑いな」
ユルンが言う。
「影はあるのに」
オルナが答える。
「集まりすぎだ」
グラドが言う。
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子どもたちもやってくる。
「入れない!」
「狭い!」
ノルが苦笑する。
「こうなるか」
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イルロは木片を持って、
少し離れた場所に立つ。
「こちらにも影があります」
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全員が一度そちらを見る。
ほんの少しずれた場所。
影はある。
だが、
誰も見ていなかった。
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ユルンが立ち上がる。
「……そっちのほうが涼しいな」
オルナも動く。
「広い」
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グラドが笑う。
「取り合う必要なかったな」
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イセラが布を広げる。
「分かれていい」
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気づけば、
人は自然に分かれていた。
影は一つではない。
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子どもたちが笑う。
「こっち空いてる!」
「広い!」
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昼の時間は、
昨日より静かに流れる。
誰も押し合わない。
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夕方、橋の上。
ユルンが言う。
「取り合いは無駄だったな」
オルナが頷く。
「見てなかっただけだ」
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ノルが橋の中央で言う。
「一つに集まると、
狭くなる」
グラドが続ける。
「分けると広がる」
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イルロは木片を見ながら呟く。
「……影も、人も、
一つとは限りませんね」
*****
セレン村の初夏は、
思い込みを少し外すだけで、
暮らしが広がることを
静かに教えていた。
影は足りていた。
ただ、
見ていなかっただけだった。
明日もまた、
誰かが少し違う場所を見るだろう。
それで十分だった。




