音のもとへ
朝、空気はすでに温かかった。
だが、
皆の意識は同じところに向いている。
「行くか」
見回り役のノルが言う。
「行きますか」
イルロが頷く。
*****
水路番のグラドが橋の下から顔を出す。
「遠くはない」
「丘の手前だな」
オルナが言う。
ユルンが袋を肩にかける。
「歩ける距離だ」
*****
イセラも布をまとめて近づく。
「昼までに戻る」
「昼は避ける」
ノルが言う。
*****
五人は橋を渡る。
朝の光が少し強い。
村の外へ出る道は、
まだ涼しさが残っている。
*****
歩きながら話が続く。
「一定の音だった」
「止まらなかった」
「人の手だな」
イルロが言う。
「間が正確でした」
*****
やがて、
丘の手前で音がはっきりする。
コツ、コツ、コツ。
止まらない。
*****
木陰の中に一人の男がいた。
木材を叩いている。
一定の間隔で、
何度も。
*****
ノルが声をかける。
「何をしている」
男は手を止めずに答える。
「整えている」
*****
グラドが近づく。
「夜もやっていたな」
「夜のほうが分かる」
「何がだ」
「音だ」
*****
イルロが一歩前に出る。
「刻んでいるのは、
溝ですね」
男は初めて手を止める。
「分かるか」
「はい。
合わせています」
*****
オルナが木材を覗く。
「これ、何に使う」
「水を流す」
グラドが頷く。
「溝か」
*****
ユルンが笑う。
「橋の次は水だな」
男は小さく息を吐く。
「流れを整えたい」
*****
イセラが言う。
「夜のほうが分かるの?」
「音でズレが分かる」
男は木材を軽く叩く。
コツ。
*****
イルロが静かに言う。
「……一定ですね」
「一定にしないと、
水が乱れる」
*****
しばらく、
皆で音を聞く。
コツ、コツ、コツ。
規則的で、
揺れない。
*****
ノルが言う。
「手伝うか」
男は首を振る。
「一人で合わせる」
グラドが頷く。
「それがいい」
*****
帰り道、
皆は少し静かだった。
ユルンが言う。
「音の正体は、
音そのものだったな」
*****
橋に戻ると、
いつもの空気がある。
だが、
少しだけ違う。
オルナが言う。
「夜の音、
意味があったな」
*****
夕方、
橋に人が集まる。
誰かが水に手を入れる。
誰かが川を見る。
そして――
遠くから、
また音が聞こえる。
コツ、コツ、コツ。
*****
イルロはその音を聞きながら呟く。
「……村の外でも、
整えている人がいますね」
セレン村の初夏は、
外の営みもまた、
村の中に響かせていた。
橋があり、
水があり、
音がある。
すべてが、
どこかでつながっている。
明日もまた、
あの音は続くだろう。
それを、
もう誰も不思議には思わなかった。




