夜に残る音
朝、工房の扉を開けたとき、
イルロは少しだけ首をかしげた。
「……音が残っていますね」
昨日の夜の音だ。
どこか遠くで、
一定のリズムが続いていた。
*****
見回り役のノルが通りを歩いてくる。
「聞いたか」
「ええ」
「夜中まで続いていた」
*****
水路番のグラドも顔を出す。
「川じゃない」
「風でもない」
ノルが言う。
畑番のオルナが畑の方から声をかける。
「畑でもない」
*****
ユルンが袋を抱えてやってくる。
「焼き場でもないな」
イセラが布を持って立ち止まる。
「布でもない」
*****
皆が一度、
耳を澄ませる。
朝は静かだ。
だが、
どこかにその名残がある。
*****
「夜だけか?」
グラドが言う。
「夜だけだ」
ノルが答える。
「昼はしない」
*****
午前中、
それぞれの仕事の合間に、
同じ話が出る。
「一定の音だった」
「止まらなかった」
「遠くから聞こえた」
*****
昼前、
イルロが工房の奥から小さな道具を持ち出す。
「確かめてみます」
「どうやってだ」
オルナが聞く。
「夜を待ちます」
*****
昼は静かに過ぎる。
音はない。
だが、
誰もが少しだけ意識している。
*****
午後、
話はまた自然に戻る。
「気のせいかもしれん」
ユルンが言う。
「いや、あった」
ノルが答える。
イセラが言う。
「音は残る」
*****
夕方、
橋に人が集まる。
水の話も出る。
だが、
今日は少し違う。
「夜、また聞くか」
グラドが言う。
「聞く」
オルナが頷く。
*****
日が落ちる。
空気が少し冷える。
そして――
遠くから、
同じ音が聞こえる。
コツ、コツ、コツ。
規則的で、
止まらない。
*****
ノルが静かに言う。
「来たな」
ユルンが耳を澄ます。
「昨日と同じだ」
*****
イルロは目を細める。
「……作っている音ですね」
「何をだ」
グラドが聞く。
「まだ分かりません」
*****
音は遠い。
だが、
確かに続いている。
セレン村の初夏は、
見えないものを、
まず音で受け取る。
明日、
誰かがその正体を確かめに行くかもしれない。
だが今は、
ただ聞いている。
それで十分だった。




