軽いまま、深く
朝、工房の前に最初に立ったのは見回り役のノルだった。
「イルロ、今日は少し長く話せるか」
「ええ。
手は空いています」
ノルは腕を組み、通りを一度見渡してから言った。
「軽い日が続いてるだろう。
それでな、
少し踏み込んだことを考えてる」
*****
そこへ水路番のグラドが加わる。
「踏み込む?」
「橋の補強だ」
ノルが言う。
「急ぎじゃない。
だが、今ならできる」
イルロは頷いた。
「重くないうちに、
少し手を入れる」
「そうだ」
グラドが応じる。
「水の流れも安定してる」
*****
畑番のオルナもやって来る。
「橋か。
畑からの荷も増えてるしな」
「増やすか?」
グラドが笑う。
「いや、
増やさない。
ただ、支えを足す」
イルロは作業台に手を置いた。
「軽いまま、
深くする話ですね」
*****
パン焼きのユルンが袋を抱えて加わる。
「橋がしっかりしたら、
焼き場までの道も楽になる」
「焼きすぎるなよ」
オルナが冗談めかして言う。
「半分だけ覚えてる」
ユルンが笑う。
*****
午前中、工房の前では具体的な話が交わされる。
「木材はどれを使う」
「水の高さはどうする」
「荷車の幅は足りるか」
誰も急がない。
だが、話は具体的だ。
染め物のイセラも加わる。
「橋が整えば、
染めた布も運びやすい」
「色は増やすか?」
グラドが聞く。
「増やさない。
でも、
重ねるかもしれない」
*****
昼前、
イルロは棚から木材を一本取り出した。
「これなら、
軽くて強い」
ノルが木目を確かめる。
「深くするが、
重くしない」
グラドが頷く。
「今の村に合ってる」
*****
昼過ぎ、それぞれが持ち場へ戻る。
「夕方、また寄る」
「橋の寸法、測ってくる」
「水の流れ、確認する」
声が自然に交わされる。
*****
夕方、再び工房の前に集まる。
「測った」
「流れは安定」
「畑からの道も問題ない」
イルロは静かに言う。
「では、明日から少しずつ」
「少しずつだな」
ノルが応じる。
*****
人々が散り、
工房の前に穏やかな静けさが戻る。
イルロは木材を棚に戻し、
戸を半分閉めた。
「……春は、
軽いまま、
深くさせますね」
急がず、
無理せず、
だが確実に。
セレン村の春は、
軽やかな対話の上に、
少しだけ踏み込む勇気を
育て始めていた。
明日は橋の話が、
さらに形になる。
それもまた、
混ぜて、戻して、少し残した
春の続きだった。




