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村人の日々  作者: 昼の月
366/410

戻したぶんだけ軽い

朝、工房の前にはすでに笑い声があった。


「今日は静かだな」

水路番のグラドが言う。


「昨日よりな」

畑番のオルナが応じる。


二人は同時に工房の戸を見た。


「戻したか?」

オルナが聞く。


「少しだけな」

グラドが肩をすくめる。


イルロは戸口に立ち、二人を迎えた。


「流れはどうですか」


「落ち着いた。

 速すぎもしない」


「畝も同じだ」

オルナが言う。

「増やした分を少し戻したら、

 視界が広がった」


*****


そこへパン焼きのユルンが袋を抱えてやってくる。


「今日は固くない」


「焼き直したのか?」

グラドが聞く。


「いや。

 昨日の反省を、

 半分だけ覚えてた」


三人が笑う。


「全部覚えてたら、

 固くなる」

オルナが言う。


「忘れすぎても困る」

ユルンが返す。


イルロは静かに言った。


「春は、

 覚えすぎも

 忘れすぎも

 求めません」


*****


午前中、染め物のイセラが布を持って現れる。


「色、一つ減らした」


「どうだ?」

ユルンが聞く。


「ちょうどいい」


「昨日のは?」

オルナが尋ねる。


「残した。

 少しだけ」


グラドが頷く。


「混ぜた分、

 消さないほうが

 深みが出る」


*****


昼前、見回り役のノルが立ち寄る。


「今日は穏やかだな」


「昨日よりな」

ユルンが言う。


「混ぜたあとに戻すと、

 軽い」


ノルは少し考え、

こう言った。


「軽いのに、

 薄くない」


その言葉に、

一同が静かに頷く。


*****


昼過ぎ、

工房の前はにぎやかだが、

議論はない。


「今日はこれでいく」

「それでいこう」

「また変えたくなったら言う」


誰も、

正解を押しつけない。


イルロは作業台に手を置きながら言う。


「戻したぶんだけ、

 動きやすいですね」


「確かにな」

オルナが言う。


「重いと、

 次が出ない」


*****


夕方、

人々はそれぞれの場所へ戻っていく。


最後に残ったユルンが言った。


「なあイルロ。

 昨日混ぜて、

 今日戻して、

 明日はどうする」


イルロは少し考え、

静かに答える。


「明日は、

 混ぜるかどうかを

 話すかもしれません」


ユルンは笑い、

焼き場のほうへ去っていった。


*****


通りは落ち着き、

工房の前には柔らかな静けさが戻る。


イルロは戸を半分閉め、

今日一日の声を思い返す。


混ぜた。

戻した。

少し残した。


「……春は、

 試してから整えさせますね」


セレン村の春は、

重くならない深さを育てている。


違いを恐れず、

戻すことをためらわず、

少しだけ残す。


その繰り返しが、

村の呼吸を整えていた。


一日は終わる。

軽さを抱えたまま、

明日へと続いていく。

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