許されざること
よくある物語風に書きました。
それは遥か昔の話。
神が人々に――万物に自由を与えて間もないころの出来事だった。
天使と悪魔が争い合い、それが火種となり世界に悲しみが溢れていた。
花は咲くことを忘れ、棘を持ち。
空には血で濡れたような真っ赤な太陽と月が浮かぶ。
夜と昼との境目は曖昧となり、いつしか戦うことが当たり前となった世界で。
人は生きていた。
ある日のことである。
怪我をした天使が人の里に降り立った。
美しい銀髪と金色の瞳を持つ天女は腹に深い傷を受けており、助けを求めるように村人たちに尋ねた。
誰か……竜の血を持つ者はいませんか?
それは原初の秘薬として重宝された薬であった。
勿論、この中にそのような薬を持つものなどいない。加え天使を助けたとなると明確に悪魔と敵対することとなる。
見殺しにする。
その選択が村人たちの大多数を占める考えであったのだが――勇気ある一人の青年が名乗りを上げた。
分かった。あなたの傷を癒すために竜を討伐しよう。
しばしの沈黙の後、騒めく村人たち。
まくし立てるのは不可能をあざ笑う言葉、その勇を蛮勇とする言葉、正を邪とする言葉等々。
説得させるのは己の弱さを理由に死ぬ命に対して、口々にその命と弱さを天秤にかけ命を優先させる中。
助けを求めているのならば、救うのが正道である。怯えて何を成す。弱者として何とする。この勇が蛮勇なれど、この身は弱者なれど、心は強者である。
堂々と明言した青年に村人たちは眩しく思った。
人種は獣のように大きな爪もなければ、鋭い牙も無い。この弱肉強食の世界では生きているだけで精一杯である人種だ。
けれども、彼らは英雄の――青年リニエスタの言葉でその運命は大きく変わることとなった。
パラパラ(ページをめくる音)
ラバン高原にて我が王――英雄リニエスタと悪魔の王は対峙した。
激戦は悪魔の王がその強大な力で我らが王と従者を追い詰めた。
これで、お前たちは終わりだ。
漆黒の羽を広げるのは人の身であるはずだった悪魔の王。
魔道に落ちたその身からは汚らわしい漆黒の羽が生え、形容しがたい声で囁いた。
まだだ、まだ私は戦う!
愉悦に漬かるは悪魔の王と壊れかけた白の鎧を纏う我が王。
再び、悪魔の王は絶対的な力で蹂躙した。誰もが諦め王の命が消えようとしていた時。
空から“彼女”が降ってきた。
パタン。
「続きは読まなくてもいいのかな。ベガちゃん」
「かかか、結末は知っておるよ。シフォン」
シャンデリアが煌々と室内を照らし、貴族が本を読みそうなその場所でベガは座ることも無く建国紀を読んでいた。
暇つぶしに貴族たちが読むその部屋に星の光が差し込む。
本を閉じ背を向けたままのベガにシフォンは話しかける。
「いよいよ、王都に乗り込むわけだけど……準備は出来ている?」
「勿論じゃよ」
本をしまい。
クルリとベガはシフォンに目を向けないまま、すれ違い立ち去ろうとしていたが。
「なぜ、あの時メル様を助けた?」
「……」
あの時とは?
ベガは何回もメルを助けてきた。どの時なのか具体的に分からないはずのベガであったが、それでも分かった。
「メルに戦うことを選ばせた――グッテンバルグの時か?」
「ああ、そうだよ」
そう言って、シフォンはベガに杖を向けた。
シフォンは魔術師であり、魔術師が杖を向けると言うのはつまり武器を……剣を向けたことに他ならない。夜の寒さと寂しい星の明かりが静かな空気を纏う。
「メル様の為と言ったけど、ならばどうして初めて会ったばかりの少女にそこまで肩入れしたんだい? “困っている人を見捨てられなかった”そんな理由じゃ納得しないよ」
普通であれば、正義感で助けたと答えるだろう。
道徳的にも正しい答えであるが、ベガに関しては異なるような気がした。
ベガが力を使うとはつまり“命を削る行為”であるのだから。
正義感だけでそこまでの犠牲を払える人間とは――。
「なぜそこまで戦う? 君にとってメル様は一体何者なんだ?」
沈黙が月明かりを暗くする。
派手やかであるはずのこの一室も今は邪魔にならないように息をひそめる。
長く、長く続いた沈黙にため息が一つ、やっと響いた。
「似ていたからじゃ」
「?」
「我は二度と後悔をしたくない。その為ならば“ズル”もいとわぬよ。何せ我はチーターじゃからな」
背を向けたままのベガは答えた。
誰に似ていたのか、その人がベガにとってどういった存在なのか分からないがメルに対するベガの反応を見ればそれがとても大事な人であったのは明白だ。
いつどこで失ったのか分からないが、ベガが戦うには十分な理由だった。
ゆっくりとシフォンは杖を下ろした。
「覚悟はあるのかい」
それは聞くまでもない質問であったのだが、シフォンは敢えて尋ねた。
その心意気が己のそれに勝るとも劣らない覚悟かを確かめるため――。
「ズルをしてでも守りたいものがある。ズルをしてでも貫きたいものがある。例えどんな相手であろうと、例えどれだけ不利であろうと我は――この歴史を歩もう」
クルリと振り返ったベガの影が大きくなった。その影に潜む者たちもまた、ベガと同じ覚悟を持つ従者たちであった。
かつて戦場を彩った旗が、かつて幾多の戦士を斬った剣が、かつて強大な魔法を放った魔術師が――再び戦場で暴れようとしていた。
言い訳してもチートはチートです。




