日常での戦い
仲直りはまだ先です。
と言っても、自信がないだけなのですがね。
「ううう」
うめき声の主に正午の太陽が丁度かかる。
石に囲まれた大きな部屋の窓から零れたそれが運悪く、いや。
運よくメルの顔を照らしたのだ。
「ぐぐ……」
瞼の裏からその眩しさを感じ取り、体を伸ばすように起き上がる。
服装はパジャマではなく、朝も着ていた黄色いドレス。
レース着きのベッドからムクリと起き上がる影が見えた。
「ベガちゃん……今何時でここは――」
その言葉と同時にメルの頭は覚めた。
寝ぼけていた目はパッチリと開き、目をこすっていた手は止まる。
嗚呼そうか、今は……今はベガちゃんと喧嘩している最中なんだと――。
「かかか。丁度、12時を回った時間じゃよ。そしてここは砦の中じゃ」
「え?」
異様な驚きを見せるメルに対して声の主はクスクスと扇子で隠し笑う。
いつも通りの雰囲気と言葉。
仕草にデジャブを感じる取るほど見飽きた。
メルが寝ているすぐ横で座っていたベガは立ち上がり、真っ直ぐメルを見る。
対して、しどろもどろになるのはメルだ。
どうしていいのか分からず、時間を費やすが腹の虫は何か言いたいようで。
グウウ。
「しばし、休憩するとよい。食事も取らねばならぬし、服も――」
「わ、分かっていますよ!」
面倒な母の小言を聞く様にメルは乱雑に返した。
恥ずかしさで今にも消えたくなるメルだったが。
ベガにとってはどうでもいいこと。
「詳細はイナバに話してある。休息が終わったら……取りあえず、地下倉庫で待つように」
「あ、あのベガちゃん……!」
呼び止める。だが次の言葉が出ない。
喉に小骨が刺さったように胸のあたりにチクリと痛みが走る。
話したいのに話せない。
言葉が詰まるメルにベガは優しい瞳で返す。
「今はまだ、分からぬよ」
たったそれだけを残して退出するベガであったが、少しの安心感がメルに元気を与えた。
「ここが倉庫……ですね?」
かび臭さがやけに鼻を擽る。
石と石の間に生えた苔がこの建物の古さを伝え、薄暗く照らす松明の炎が人の存在を証明する。
確認するようなメルの口調に違和感を覚えるかもしれないが、メルとて砦の全てを知っているわけではない。というよりも、メルの仕事場は主に三階に該当する執務室であるので知らない方が当たり前である。
「はぁ、私が知らないのは無理ないですけど、イナバちゃんも知らなかったなんて……」
「ビクッ!」
現在、メルに護衛はついていない。
と言うが少し語弊がある。
影ながら見守っているのは角から耳を出すイナバで、本人はバレていないと思っているらしいが、その大きな耳は隠しきれていない。
ピクピクと兎耳が動き近すぎず、遠すぎずの距離を保っているが。
(出てきてくれてもいいのに……)
メルは小さくそう思った。
しかし現状この仕事に手伝いに来ないと言うことは、メル一人が頼まれたことだと理解できる。要するにこの仕事はベガがメル一人でやってもらいたいことなのだ。
そう、解釈することもできるが。
「厄介払い……。そういう意味ですか……」
荷物の整理整頓、もしくはそれに該当する雑事。
戦闘とは全く関係ないことをする羽目になったメルはそう考えた。
いや、そう考えた方が簡単だった。
ゴクリと唾をのみ、木の扉を開ける。
簡単に作られた粗末な両扉であるが、戸の役割を最低限にこなしている。
建付け悪くスンナリと開かなかったが“開けられた”。
「んん、あんたが新入りかい?」
「え? あ、はい。そうです」
「そうかい、そうかい」
開けられた扉から顔を出したのは少し太った女性だ。
バンバンと歓迎するようにメルの肩を叩く。
若干痛そうなそぶりを見せるメルだが、それよりも驚いたのはここにいるのが――。
「あの……皆さんは何をやっているのですか?」
「決まっているだろう。私たちはここで“戦争”をしているんだよ!」
豪快に笑う女性は何処をどう見ても、普通の村人のようだった。
麻の布と簡単なエプロンのようなものを巻く彼女はふっくらとした体形をした普通の村人。
いや、ふっくらとしているから普通よりも良い生活をしているのだろう。
ともあれその体系と豪快な言葉は村のお母さんと呼べるほどイメージ通りであった。
「さあさあ、武器は持ったかい? 装備は? そんな服じゃあ。生き残れないよ」
「え? え?!」
「お前さんが戦う場所はあそこだ! 足を引っ張らないようにね!」
説明は以上、武器というのは急に渡されたモップのことだと微かに考えられる。
しばし周りの女性……主婦たちに目をやる。
倉庫の中を整理する者や掃除をする者、納品したものを確認する眼鏡を掛けた女性もいれば、頭をかく男に怒鳴る逞しい女性までいる。
「せ、戦争?」
人は死なないし、持っている武器は床を磨くモップだけ。
とても戦争とは言えないが、それでも共通点があるとするならばその“忙しさ”だろう。
実際、メルに目をかける者がいないほど彼女たちは動き回っていた。
仕方なしに先ほど話した女性――ここを仕切るお母さんに話しかける。
「あ……。あのぅ!!」
「ん? なんだいあんた! まだ着替えていなかったのかい?!」
「え?」
「戦場に来て、装備を整えるのは常識だろう?! 武器の持ち方も構え方もまるでなっちゃいない!!」
今のメルはいつも通りの黄色いドレスと綺麗な宝石を着飾った姿だ。
メルにとってはこれが正装ではあるのだが、この場では何ら意味は無い。
戦場に置いて、己を着飾る宝石や華美な衣服など運動性を損なうゴミでしかないのだから。
「取りあえず…………これに着替えな!」
「こ、これですか?」
後ろにある洗濯籠らしきものから取り出したのは彼女らが着けているものと同じデザインのもの。一応人の目を気にして、奥の部屋へと行き――麻の布の服に三角頭巾、長い髪を縛り完成。
その間わずか三十秒であった。
「準備は整った。後は武器を振るだけさ!」
「え……ええー!!」
「さあ今日も神に誓おう! マリエールは今日も今日とて、健やかなるときも病める時も戦うことを誓おう!」
説明もないまま、メルは戦場へと駆り出されたのであった。
「お…………終わった……」
モップと駆けて一時間、重たい兵装を運んで汗は流れ、その他もろもろの雑務をこなして喉が渇く。
麻の布でありそこまで汚れが目立つことのない衣服ではあるものの黒ずんだ汚れや汗で湿った胸元は明らかに働いた証拠として存在していた。
「ご苦労、ご苦労!」
「あ、ありがとうございます」
司令官、もといマリエールは健闘を称えるように水の入ったコップとタオルを渡す。
揺れ動く松明はまるで青春譚に出てくる夕焼けのように色めき、二人の友情を照らした。
たった一日でここまで仲を深めることが出来たのはここが“戦場”であるからだと言う理由とメルの親しみやすさが理由である。
「それじゃあ、また明日な!」
「え、明日もあるのですか?」
この次は建国紀について書きたいと思います。
簡単な内容だけなのですぐに終わります。




