無力な私
遅くなって申し訳ありません。
その言葉は意外性も無く囁かれた常識だった。
他者より強くれば良い。
他者より優れていれば良い。
シンプルであり困難なそれにいとも容易く答える。
「簡単に……簡単に言ってくれるな」
「おうとも、突き詰めて言えばその答えになると思うのじゃが?」
「ベガちゃん…………」
「「ザワザワ」」
困惑するのはリングウッドを含めたメルたち。
リングウッドは額に手を当て、メルは頬を軽くかく。
隣で顔を見合わせる者や何を言っているのか理解できない者までいる。
「かかか、怯えてどうする。止めるか戦を? 逃げるのか? 戦いから? 掴み取るのは残酷に搾取される未来。もし、神がそれを望むのであれば――神と戦うまでよ」
笑う。
嘲笑し冷笑し快活に否定する。
いつだってベガはそうしてきた。だから今と変わらない。
怯えすくんだのはメルとて一瞬。
だけどそれはてっきり、“ベガが”やるものだと思っていたからだ。
「一応……聞くけどよ。それは誰がするんだ?」
「勿論、メルじゃよ」
「「「……」」」
予想していた通りの答えにリングウッドは更にため息までついた。
勿論、そう答えることに意図がある。
けれどもそれを本人の前で――加え、大戦を左右する重大な役割として納得させるのは。
「無理……無理ですよ!」
いきなりの無茶ぶりはメルを困惑と怒りを抱かせるのに十分な理由であった。
あっけらかんとした口ぶりで全てをメルに押し付けたように思えたから。
事実とは言え、この行動は“ベガの思惑”から外れている。
ベガは既にメルは“自覚”していると思っていたから。
「無理ではない。メルであれば出来る」
「何を根拠に、何を信じてその答えにたどり着いたんですか?!」
「それは勿論、メルを信じてじゃよ」
「いや、だから理由になっていませんよ!!」
メルは納得が出来ない。
白熱する二人の言葉は鋭さを増し、争うように積み重なる。
誰も止めない。誰も止めようともしない。
英雄たる苦労というのを彼らは誰も理解できないから。
だが、それだけではない。
「私には無理です! レオジーナのように上手く剣を振れませんし、スレインさんのように力もありません! シフォンさんのように豊富で強力な魔法も使えなければ、スコットのように皆の為に剣を振れません……」
メルは英雄と呼ばれているが、その実は己のお陰で出来たとは思っていない。
焔竜を倒すことが出来たのはベガと騎士団が手伝ってくれたから。
砦を守れたのはシュタイヤとイナバが頑張ってくれたから。
クロルセンを奪還できたのも地竜、ワイバーンがいてくれたから。
確かに幾多の困難をメルは超えてきた。けれどもここに来て自分一人の“力”で戦況を変えざるを得なくなった。
「わ、私はただの――」
「――ただの英雄姫じゃよ」
反論も許さない強い言葉でメルは黙り込んだ。
痛いほどの沈黙は幾ばくか続き、朝日がやけに静かに二人と彼らを見守る。
溢れた感情が涙に代わるが、流れることを許さない。
メルは我慢できる。耐えることができる。
それは彼女が英雄姫であり、可能だから。
しばらく睨みあうメルとベガであったのだが。
「す、すいません。話し合いは領主館でしませんか?!」
氷結の間に割って入るのは勇気ある兎。
眠りから目を覚まし、帰りが遅い主たちを迎えに来ただけの巻き込まれた者だ。
「「……」」
「ここで話すのは難ですし、りょ、領主館でお茶を飲みながらでも……」
場を和ませるために精一杯の努力をする。
笑顔で冷や汗を流しながら頑張ったおかげなのか分からないが。
「良いじゃろう」
「すいません。そうしましょう」
なんとか二人の間に割って入ったイナバの提案により、彼らは一先ず領主館へと向かった。
「それじゃあ一応、緊急会議を始める訳なんだが……」
リングウッドの言葉が室内を彩るシャンデリアに照らされる。
領主館の大部屋にはメルを含めた軍の幹部が集まり、円卓を囲むように座る。特に上座と呼べるような場所は無いが、自然と暖炉近くにメルが配置され向かい合うようにベガが座った。
司会進行はリングウッドが務め、書記を行うイナバは別席で一生懸命に記録している。
今緊急で開かれたこの会議であったのだが、クゼンやヴァリエル、オリエスタなどの面々が出席していた。
緊張感が増す空気ではあるのだが、リングウッドにとってはどうでもいいこと。
砕けた言葉を続ける。
「お二人さんはいつまで喧嘩をしているつもりだい?」
「な! 喧嘩では――「ケンカじゃよ」……」
席から立ち上がり反論するメルに冷静に指摘するベガ。
キッとベガを睨むが逆にそのどこ吹く風の態度によって冷静になるメルはそのまま静かに座り、議題を呟く。
「議題は……議題はこのまま戦を続けるのかどうか……です」
「前提としてこれが重要だ。無理に戦う必要は無いし、国外逃亡というのも……まあ、考えにいれてもいい」
議会制にしたのはメルの提案であり去り行く者や戦意が無いものを無理に引き留めたくなかったから。無理を強いればそれこそ身中の虫になりかねないことをリングウッドは言わなくてもメルも理解していた。
とは言え、そう提案したのも離脱者がいないと踏んでの事なので。
「御冗談を、メル様」
「ここで戦を止めてしまえば、散っていった仲間が恨みます」
「加え、これは民を救うための戦。付けあがった王国が更に重税を課すなど目に見えたもの」
クゼンを含めた砦の元捕虜たちも賛同する。
リングウッドの兵士たちも言わずともだ。
「では、賛否の確認を取ります。戦を続ける人は挙手をお願いします!」
票など取る必要も無いのだが、形式的に行われる。
数を数える意味もなく行われたそれであったのだが――。
「……っ!」
「かかか」
一人だけ挙手しない者がいた。
快活に笑い、扇子で顔を隠す少女。
メルと対面し注目を浴びる中、それでも挙手しないのはベガただ一人であった。
下唇を咬むメルにベガは尋ねる。
「一応聞くが総大将はメル……かのぅ?」
「ええそうです。当たり前です」
「かかか」
笑うベガは皆が注目を浴びる中、手を挙げる。
「ならば、我が総大将をする」
「な?!」
「「「……」」」
驚き目をぱちくりさせるメルに嘲る様にベガは。
「メルは自覚していない」
「?!」
「メルは――メルが思っている以上に力を持っていることを、お主は……メルは自覚していない」
「だから……だから、私の力って何なんですか?!」
言ってくれない。問いかけるばかりの答えにメルがしびれを切らすのは当然だ。
英雄姫と呼ばれているメルであったが、彼女は実際に己が人を殺したことのないお嬢様だと言うことを知っている。
皆に守られ、皆の為に頑張ることしかできないことをメルは自覚している。
「ダメじゃな……。今のメルは我の言葉を否定する……。だから、我が総大将でも良いじゃろう?」
尋ねるのはここにいるレオジーナやスレイン、シフォンたちにだ。
身勝手この上ない発言ではあるもののその言葉はベガの言葉であるからして許された。
だが、全員が許したわけではない。
「な……! ダメに決まってm「賛成だ」……」
反対するメルの言葉を遮るように女性の声が響いた。
メルは一瞬、聞き間違えたのかと思った。
それは良く知る声、レオジーナの声だったからに他ならない。
唖然とする中、続ける声が。
「賛成です」
「勿論賛成だよ」
「……スレインさん。……シフォンさんまで……」
愕然とするメルは虚ろになりながらも力なく席に座る。
今まで誰の為に、何のために戦ったのか分からなくなったから。
形だけの――形だけの英雄であり大将だと。
「イナバ」
「はい……」
カツンとイナバはメルの席へと移動して。
そして。
「……疲れていませんか? メル様」
「っ! いいえ! 私は! 「〈沈黙の眠り〉」……z」
糸が切れかのように眠るメルは今までの疲れもあって安らかに瞼が落ちる。
咎める者はいない。
止める者もいない。彼らは既にベガの真意を知っているから。
クツクツと笑いベガに尋ねるのはこの男。
「いいのかよ。形には“形なり”の意味があったんだろう?」
「形だけの意味では“勝てぬ”よ。本人がそれを知り、己を信じることが出来れば、あるいはと言ったところじゃが……今は場が悪い、砦に帰ってから――」
その言葉がメルに届いたのか届かなかったのかは分からない。
意識薄れるメルを皆は静かに見守り砦へと帰るのだった。
メルが立ち直るまでは書きました。
後は最終決戦です。




