ベガの攻城戦
この話で大きく変わります。
「結局敵はこのまま撤退。陣を引いていた上流の水源も無血で奪還……」
「攻めるにしては、とても中途半端であったが」
「……何とか守り切ったな」
ソリティ、ヴァルド、アガレスの順で話す。
いつも通りの日常的な風景。
執務室にいるのは今、この三人だけであった。
香り立つ紅茶が置かれた。
「敵の狙いは何であったのだろうな?」
「……分からない。だが、クロルセンからの援軍が来れば我々の勝利はゆるぎないものになるだろう。つまり――」
「翌日の援軍が来るまで耐えられれば我々の勝利、それまでに落とされれば我々の敗北」
アガレスの言葉を纏めたソリティは外を見る。
今も門の修繕をする兵たちとその周辺で警戒を続ける兵士たち。
ロンドルを陣頭に門の修繕は応急であるが修復される。
「……敵は援軍のことを知っているのだろうか?」
「分かりません。ただ返信の文が届いているので味方には間違いなく伝わったと思われます」
「魔伝の方は?」
「敵の妨害が今も続いています。未だ近くで息をひそめているのでしょう。向こうから発信したと言う報告も……今のところありません」
ソリティの報告は順調そのもので、不安要素は無い。
とは言え、敵もまだ諦めたわけではないだろう。
今もまだ敵は存在し様子を見ている。
森の奥でひっそりと息をひそめ機を伺っている。
夜か、夕か。
もう少し日が傾いた時か、会議が終わった後か――今か。
油断なくアガレスは構えている。
いつ戦闘が起こっても可笑しくない状態で、勝利を目前にしたアガレスは更に瞳を鋭くさせるのだった。
森の中を一人の冒険者が歩く。
暗い森で行く手を阻むように生える木々であるが、それは少しばかり整えられていた。
痕跡から分かる手入れの跡と導く様に警護するように立つ人がいれば、いくら深い森といえども迷う道理などない。
森の香りが精神を落ち着かせ、少し開けた場所に出る。
天幕があるそこを潜り抜ければ。
「かかか、お疲れであるな。クゼン」
「ベガ様もご無事で何よりです」
生い茂る森の中の本陣。
垂れ幕で仕切ってあるだけの簡単な本陣であるが、そこに要人が集まっていた。
大きな机の上にはこの戦場を模したボードと駒。
指揮官の椅子に座るのはベガで、他のイナバやフランシス。
オリエスタなどは立ったままで待っていた。
ゆっくりと近づくクゼンはベガに文を渡す。
目を通した。
今ベガが読んだのはクゼンが届けたベガ宛ての手紙。
スクロールに暗号で書かれたそれをゆっくりと木漏れ日が照らす。
しばし沈黙、時間が経ち。
「なるほど、上手くいったようじゃな。とすると次なる手は――」
扇子で相槌を取るベガは考える。
珍しく思案するベガは眉を曲げ悩む。
そして。
「リンドバルに援軍要請をして欲しい」
「分かりました。ですが……」
「構わん。味方に華を持たせるのも将の務め、勝ち戦にこそ兵の消耗は避けたい」
カラカラと笑い、懐から手紙を渡す。
前もって準備していたベガはそれを渡し確認する。
「それで? 敵の方に動きは無いのか? オリエスタ」
「……攻めてくる気配は無いです。今は門の修繕に時間をかけているようです」
「なるほど、それではどうしたらいいと思う?イナバ、フランシス」
「こ、こちらの援軍が来るまで待つのが良いと考えます……」
「もしくは、打って出ると言うのも一つの案として挙げられます」
机の上の駒はソルムードを簡単な包囲網で囲んでいた。
姿が見えないように細心の注意を払いながら、敵の補給は許さなかった。
さらりと風が髪を撫でる。
「かかか、分かった。であれば、面白くいこうか?」
その日の夜はやけに暑苦しい夜であった。
松明の炎が煌々と夜の星々よりも輝き、互いに鋭く睨む視線に気の緩みは存在しない。
先頭で音頭をとるロンドルとアガレス。
武装準備をいち早く整え、明るい時間から彼らはここにいた。
照らされるのは黒の鎧と大斧、白銀の鎧と金に光る直剣。
その後ろで控えるカルマ、マルカのコンビは赤と青の衣装で待つ。
続々と……続々と炎と人は集まる。
〈スケルトン〉、弱装の数五千。
兵士、武を整え千五百。
今宵、この晩の月は新月で空は暗く静か。
握る武器が鈍く光り、男たちの緊張は鋭く影を落とす。
開戦の音を待つ誰もが緊張していた。
防衛側のソルムード軍は動けない。
故に開戦の時はベガが決める。
夜を走っていた静かな風は突然止まる。
それと同時に流れる雲はピタリと星空を隠してしまった。
カラカラ……。
緊張と沈黙の中を一体の死者が歩く。
骨の身であるそれは死者でありながら使者でもあった。
今宵この晩、ソルムードを賭けた戦は――
――始まらなかった。
翌日の事。
「どういうことだ!」
ドンと机を叩くカルマが立つ。
いつもの執務室にいつものメンバーが揃う。
カルマが怒っているのは昨晩のこと。
戦が始まると思い、準備を万端にしてきた彼らは意気揚々と戦場に立っていた。
が、それらをあざ笑うかのように戦端は開かれなかった。
ならばと思い援軍が到着後、すぐに仕掛けようと思っていたのだが――。
「……なぜ援軍が来ない!」
カルマが味方を疑った。
何故どうして、そんな疑惑が執務室に満ちる。
そんな中、ロンドルがポツリと呟く。
「……なるほど、これが敵の――」
「どういうことでしょう? ベガ様」
〈ジャンヌ〉は森の中の本陣でベガに尋ねる。
静かなそこに集まっている要人はベガを含めた全員。
作戦を聞いていない〈ジャンヌ〉は今の不可解な戦況に困惑した。
「〈ジャンヌ〉よ。籠城する上で一番気を付けなくてはならないのは何だと思う?」
「兵の士気……でしょうか?」
「かかか、確かにそれもある。しかし、一番に重要なのは情報よ」
「情報?」
首を傾げる〈ジャンヌ〉と扇子を広げるベガ。
「戦況は移り変わるもので、一瞬の勝機と機転で流れが決まる。簡単に言えば攻め時を逃したことが原因。逆を言うなれば――」
ベガは口を隠し笑う。
「“籠城が悪手になった”のが原因じゃ」
「籠城が悪手?」
「一日目ならそれは正しかろう。誰もがするように手堅く定石。なれどこの戦局では悪手じゃなぁ。何せ攻め時に攻められるのであれば勝てる道理などあるまいて」
クツクツと笑う。
こればかりはロンドルも運が無かったと言うほかない。
メルの活躍が大きかったこととベガの存在。
そして、援軍が来ないという状況を鑑みれば――。
「――クロルセンは既にメルが堕とした。援軍を破り兵数少なくなったクロルセンに防衛力など皆無であったからのぅ」
落城……となりませんでしたが、盤面はベガが有利です。
クロルセンが落城したせいで籠城が悪手になったのが原因ですね。
続きの答え合わせで、更新は一旦ストップです。
最善手とは所詮、周りが決めることです。




