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名も無き英雄

戦況を一変させるのは何も彼らだけではありません。

無力だと思われた彼もそれだけの力を持っています。

 戦況は押されていた。

 照り付ける日差しと今も森で燃え盛る炎に背後を取られる彼らは必死に剣を振る。

 〈ジャンヌ〉により苦戦を強いられる彼らは少しずつであるが気付き始めた。


 敵の〈スケルトン〉を辛くも斬り捨てる隊長。


「……」


 彼は今も戦場に残っていた。

 部下を死なせ、〈ジャンヌ〉に無能な指揮官と蔑まれたが、彼はここに残っていた。

 死の匂いが風に乗り運ばれ、鉄と悲鳴が奏でる不協和音は今も聞こえる。

 だが、一番戦場に立っているからこそ、生き延びたからこそ気づくことがある。


「ヴァルカ殿……」

「どうした?」


 今も全線で戦う二人は汗を流す。

 鋭く息を整え、闘志の籠った目で〈スケルトン〉をけん制する。


「確証はないです……。ですが、このままでは敗北するのは明白」

「……賭けてもいいか?」

「チップはこの二人の命……安い物でしょう?」


 ニヤリと笑ったヴァルカと隊長は切り込んだ。

 無謀に近いそれは風車と対峙するドン・キホーテ。

 疲れも慈悲もない死者たちは手荒に彼らを歓迎する。


「何を?」


 〈ジャンヌ〉は視界の端に彼を捉えるが、今はアガレスと対峙している最中。

 気付いたのは〈ジャンヌ〉だけで、死に急いだ兵士だと判断して忘れた。


「〈空斬〉」

「っ!」


 空飛ぶ斬撃が〈ジャンヌ〉の頬を薄く切る。

 今も戦意を滾らせるアガレスの斬撃はよそ見を咎めるものだ。


「はは、私の相手はあなたでしたね」


 薄く笑う〈ジャンヌ〉は再びアガレスと対峙する。


 切り込んでいった二人に無数の傷が刻まれる。

 それでも致命傷ではない隊長は走った。

 三十路に近い年齢の彼に家族はいないが、仲間がいた。

 あっけなく、無残に殺された仲間を思いながら彼は〈スケルトン〉を切り捨てて走る。

 背後の攻撃を守るのはヴァルカ。

 共に訓練した仲で阿吽の呼吸を見せる。


「もう……少しだ」


 そう呟く隊長に側面から剣を振るう〈スケルトン〉がいた。

 殺意の目を持った骸は正確に首を狙い、刺突する。

 だが。


「ぐ!」


 その刺突を左腕で受け止め――捨てることで命を繋ぎとめた。

 突き刺さる剣をそのまま抜かず、剣を振った隊長は骸を砕く。

 再び走る。


「カラカラ」


 二体の骸が現れ、槍を突き刺す。

 一本は剣の腹で防いだが――。


「カフ!」


 わき腹にもう一本が深々と刺さる。

 滲む血が衣服を濡らし、命が削られたのが分かった。

 意識を何とか平常に保ち続けが致命傷に変わりない。

 霞みかけた意識の背後から。


「うおお!!」


 隊長を飛び越え二体のスケルトンと斬り捨てる。

 背後から飛び掛かるようにヴァルカが目の前の骸を斬ったのだ。

 邪魔者は消え、再び走る。


「……頼んだぞ」

「ああ」


 頼まれた。

 だからこそ、やらなくてはいけない。

 決意を更に固めた隊長はそのまま、右手の武器を捨て目的の物に手を伸ばし掴んだ。


 瞬間。


「がは!!」


 背中に矢が刺さる。

 五本。

 崩れる体を手放そうかと思うが。

 

 ガシ!!


「……悪いが、ただでは死なんよ」


 今も脈動する〈猛き竜の御身旗〉引き抜く――。

 勝利を宣言するように掲げるように彼は背をみせる。

 彼はただの雑兵であり、名を持たぬ一兵。

 だが、その背にある傷と死してなお掲げ続ける姿は英雄と呼ぶにふさわしい姿であった。




 変化はすぐに起こった。

 殺意の目が消え、力を失った〈スケルトン〉は剣を振る。

 だが、その剣に力はなく脅威に成り得ない。


「?!」


 ガクッと力が抜ける感覚を体に覚える。

 〈ジャンヌ〉は不思議そうな顔を顰めながら、アガレスと武器を交えている。

 鍔を競り合い、互いの瞳にアガレス、〈ジャンヌ〉が映る。


「やって……くれたみたいだな」

「まさか……」


 押され始めるのは〈ジャンヌ〉である。

 これはアガレスが強くなったわけではない。〈ジャンヌ〉が弱くなったのだ。

 火花を散らす武器と同じようにギリリと歯を擦る。


「雑兵が……!!」


 してやられた。

 と後悔するには遅すぎた。

 力の開きはアガレスの猛攻によって証明される。

 剣戟が数回続き。

 苦い顔の〈ジャンヌ〉をアガレスは蹴り飛ばす。

 体制が崩れ、構えるように耐えるように〈ジャンヌ〉は防御する。

 開けた距離で刃の届かないその場所で――。


「〈道を切り開く(ロードオブカリバー)〉!」


 白い奔流が〈ジャンヌ〉を包み込んだ。




「ぐ!!」


 南門の平原――開戦の場所まで飛ばされる〈ジャンヌ〉は意識を回復させ、着地する。

 砂煙が巻きあがり、東門の〈スケルトン〉から遠く離れたそこで――。


「イナバ?!」

「ふええええええええん」


 〈ジャンヌ〉とイナバは合流する。

 再び近くで起こる砂煙に眉を顰めるが。

 地面に叩きつけられ満身創痍の〈赤竜〉に跨るイナバは何かに怯えているようだった。


「飛、飛べるなんて聞いてないですよ!!」

「それは勿論、言っていないからな」


 片翼を携えるのは〈赤竜〉と戦っていたカルマだ。

 炎で象られたそれは天使の羽と間違えても仕方ないもの。

 〈魔剣〉のもう一つの能力で、カルマの奥の手だ。


「ここでなら、あなたの旗も届かない」


 イナバと〈ジャンヌ〉の後ろからアガレスが現れる。

 カルマとアガレスで丁度挟むような配置、戦況の不利を物語る。

 双方、泥や砂に体を汚し激闘の跡が伺え、今いる場所も幾つかのクレーターと焦げ跡が周りにある。


「……形勢は決した。大人しく投降しろ」

「投降? ……可笑しなことを言う」

「で、でも〈ジャンヌ〉さん……」


 震える指で門を指さす。

 南門は〈スケルトン〉たちが占拠していた。

 していたはずが。


「すまない。遅くなった」


 忌々しく睨む旗は金の獅子が描かれていた。

 豪華に飾られた旗より目立つその中年は太陽を背に正義の剣を振りかざす。

 ずらりと並ぶ兵士は今も戦意滾る鋭い目で〈ジャンヌ〉たちを見下ろしながら、武器を構えている。

 誰もがボロボロの恰好であるが、それはさながら歴戦の兵士。

 取り囲み、圧迫する彼らは森の火消しを終えた正規の兵士たち。


「ハハ」

「ど、どうしましょう?」

「……どうするも、こうするも――」


 ドンと旗を突き刺す。

 この状況下でも、この物量でも。

 笑って旗を振る。

 不屈に屈託なく。


「私たちの任務は戦い――踊り狂うだけでしょう?」

「で、ですが……!!」

「何ですか? イナバ。この者たちはベガ様よりも――怖いのですか?」


 それは一つのキーワード。

 枷を外すための言葉であり、故にイナバは肩を震わせ俯く。

 完全に包囲され、今も武人に囲まれているこの状態でその質問は余りにも場違い。

 緊迫するこの状況下での答えは当然――。


「くひひ、そうですよね~。ベガ様よりも怖くないですよね!」


 イナバはそう答える。

 二人の距離を詰めようとしていたアガレスとカルマの足は止まる。

 うかつに動けない。

 未だに二人は戦うつもりであるのだ。

 だから。

 動いたらいけない。

 もう一変する戦場であるが、誰の目も戦意の衰えは感じられない。

 それは雑兵含めた一人一人を見ても。


「光輝に照らす。あまねく御旗の元――」

「醜く(みにくく)おぞましく浅ましく(あさましく)――」


 〈ジャンヌ〉の左手に十字架の文様が浮かべ祈り、イナバの杖に梵字のような文字が巻き付く。カタカタと大地は震え、兵士たちのゴクリと唾をのむ音が響く。

 守るように〈赤竜〉も、とぐろを巻き激戦に耐える。


 彼女たちの様子を見ているのは兵士たちも限界であった。

 今の状態は手負いの獣が吠えているにすぎない状態。

 そう判断するべきか。

 ロンドルは更なる戦闘を継続しようと腕を振り上げる。

 城門で銃を構える兵士たちと今も詠唱を続けるイナバと〈ジャンヌ〉。

 それを今も鋭く睨むのはアガレス、ロンドル、カルマ。

 誰の心臓も大きくなり響き、さながらそれは開戦を知らせる太鼓のように大きく、深く鳴って――。


『イナバ、〈ジャンヌ〉。その辺にしておけ』


 バサリと羽ばたく音が聞こえた。

 黒の羽が空からゆっくりと落ち、彼女たちの上でそれは飛んでいた。




『その辺にしておけ』


 カラスから聞こえた声は少女の声。

 凛と響き、一色触発の戦場はその声に耳を傾ける。

 ゆっくりと、ただゆっくりと羽音が木霊する。


「ベ、ベガ様!」


 イナバがまず初めに気付き、術を解く。

 梵字は露散して、門に映る異形の影は退散する。


 そして片膝をつき、首を垂れるイナバは誰が見ても従者であった。


『これ以上、攻める必要は無いぞ。浮いた駒に固執しても意味がないからのぅ』

「は? ……は!」


 イナバは分かっていないようだが、それでも納得はしたようだった。

 同様に〈ジャンヌ〉も武器を下ろし、左手の十字光は影に落ちる。


「……戦わないのか?」

「攻めることが目的ですから。まあ、それでも“本気”ではありましたがね」


 〈ジャンヌ〉は小さく上品な笑みをアガレスに向ける。

 とは言え、このまま逃がすわけにはいかないのも事実であり武器を構えるアガレスとカルマであったが。


『〈影に潜り影に眠れ〉』


 そうこうしていた矢先に彼女たちはカラスに吸い込まれた。

 何事も無かったように彼女たちの痕跡の一切が消え、そこに羽ばたく一羽のカラスだけが残る。

 誰もが唖然、呆然とする中ベガは笑う。


『かかか、目的は達しておる。これ以上の戦闘は意味がない』

「何を――」


 未だ戦果を挙げ切れていない彼ら――兵士たちは焦りを抱いている。

 〈スケルトン〉とは魔法によって生み出された兵士であり消耗品と言っても過言ではないものだ。戦果に加えるには余りにも小さく、替えが効くそれらはいつでも生み出される。


 術者を討たなければ意味がない。


 そのことを戦争している兵士たちは嫌というほど理解していた。

 だからこそ焦りを抱くわけだが。


「戦果は十分だ。――確かにこれ以上の戦いは無意味だ」

「……ロンドル様」


 前のめりになっていた兵士たちをロンドルは抑える。


 くくく、笑い声が響き陰陽太極図がカラスの背後に光り輝く。

 光陰が混ざり、白と黒の世界が時空間を割ってカラスを包む。

 別次元へと転移したカラスはそのまま黄金の瞳を輝かせたまま空間に飲み込まれた。


 結果この日の戦はベガの軍が〈スケルトン〉千体を失うのに対して、アガレスの軍は五百の兵を失った。

 倍の敵を倒したことでソルムードの士気は上がり、兵士たちは一先ずの勝利を祝った。

 が。

 倍の数を倒したとはいえ、アガレスと兵士たちの顔は浮かない。

 正しくそれは、こちらの損耗が大きすぎるからであり数字の上だけの勝利だと知っているからであった。

 そして、時は翌日に進む。


〈スケルトン〉の弱点としてこういったことも挙げられるかもしれませんね。

無機物だからこそ、名も無き英雄にはなれないでしょう。

〈ジャンヌ〉もこう言ったところが抜けています。

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