移り変わる戦局
モブが頑張るところを書きました。
紅い竜が火を噴き、旗を振る乙女が兵を殴殺する。
戦場に散らかるのは肉片と瓦礫、それと絶望を叫ぶ声だけだ。
槍で何とか迎撃しようにも暴れる〈赤竜〉と〈ジャンヌ〉の前ではか細い棒と表現するほかない。
「全員に告げる! この場の死守は命令だ! 絶対厳守の命である!!」
士気の維持に心血を注ぐのは隊長である証だ。
険しい目つきで汗をタラリと垂らす隊長は兜を深々と被る。
門と門の連絡路で腕に巻いた赤い布が揺れ彼の動揺を示すがこの手しかないのは事実。
彼らの役目は足止めであるのだ。援軍が来るまで、戦局がこれ以上酷いものにならないように踏ん張るのが彼らの役目。
援軍が来るまでどれくらいの時間がかかるか分からないが、それでも信じるしか道は無い。
「隊長!!」
「狼狽えるな! ……分かっている!!」
兵を焼き払う炎が未だに熱を伝える中、こちらに向かってくるのは炎を背景とした一人の女性。
煌々と燃える炎により〈ジャンヌ〉は真っ暗な影と浮かぶ青の瞳だけの化け物に見えた。
残虐が繰り返されるこの場に無言で〈ジャンヌ〉は歩む。
堂々と、無機質な殺意を振りまき死神を幻視する。
「か、構え!」
隊長の証、腕に巻いてある赤い布が揺れた。
敵の登場は既に予見していたことで、ここを通るのも想定済みだ。
だからこそ、ここに銃と兵を集めさせたのである。
汗が滴る暑さの中、兵士たちは武器を構え〈ジャンヌ〉を睨む。
二段打ち。
前列が膝をつき、後列が立ったまま射撃する。
オーソドックスで火力の出る構えであるが――。
「撃て!!」
ババンと鉄の塊が飛び出る。
ロンドルの秘密兵器が――歴史を変えるそんな武器が一斉に〈ジャンヌ〉を襲う。
ただの一兵であれば死は確実。
だけど、〈ジャンヌ〉はただの一兵ではない。
「〈パリー〉」
白い闘気が彼女を包み、一切の銃弾が〈ジャンヌ〉に届くことなく打ち返された。
高速で返された銃弾によって彼らは死に絶える。
「げぶ!!」
「むぐうううううう!!」
「う……ゴフ!」
銃の脅威は彼らが一番に知っていた。
だがここで知ったのは銃の無意味さだ。
血を吹きだし、ゆっくりと倒れる部下を背景に憤慨した目を隠すのは隊長である彼だ。
「……なぜ私を狙わない!!」
「銃弾は八発しかありませんでしたから。それに無能な指揮官を残すのは戦時に置いて有効な手ですよ?」
隊長は歯を食いしばり、剣を手に掛けた。
散っていった仲間たちの為に、不甲斐ない自分を叱咤するために彼は武器を取り勝てない戦いを挑むが――。
「遅い」
価値のない沢山の感情を抱く隊長に、両手で旗を振り上げた〈ジャンヌ〉は既に射程内。
天使ように純白の鎧を着ながら、影のある無表情で振るう。
自分の無価値さに諦めを感じた隊長は――ガン!!
「……邪魔ですよ? 斬頭の戦鬼」
「……有能な部下をこれ以上、失うわけにはいかない」
ギリギリと拮抗するのはアガレスと〈ジャンヌ〉。
後ろで固まったままの隊長は遅すぎる抜刀の体制のままだ。
「……今までよく戦ってくれた。後は任せてくれ」
「は……はっ!!」
撤退を許された隊長は自分の役目が無駄ではなかったことを理解する。
逃げるように〈ジャンヌ〉から逃げる彼だが。
城壁から顔を出すのは兎耳の少女と赤竜。
「こ、怖いです!!〈赤竜〉」
「オオオ!!」
連絡路の側面から羽ばたく竜の瞳は炎を纏う。
いつの間にか戦場を変えた彼女たちは息で虫を払うような炎を隊長に――。
「笑え!!火刑の剣、アグニス!!」
オオオオオオオ!!
アッハッハッハ!!
アガレスごと焼き殺そうとしていた息は笑う炎によって相殺される。
轟々と響く炎は照り付ける太陽よりも熱く、白い雲を焦がした。
見上げる隊長はロンドルの側近である赤色の髪を見た。
「ひいい、怖い! 怖いです〈赤竜〉!!」
「グルルルル……」
「アハハ、お嬢さん。中々燃やしがいのある生き物を飼っているね? どちらの火が強いか勝負しないかい?」
肩に〈魔剣〉を乗せ呟くカルマ。
それと同時に増援の兵士たちが武器や旗を掲げる。
物量的に圧倒するその光景は戦場で暴れるイナバをビビらせるには十分であった。
その数、五百。
「ジャ、〈ジャンヌ〉さん!! て、撤退です! 撤退しましょうよ?!」
「はあ……動揺が過ぎますよ、イナバ。こちらとて、攻城兵器を持っていないわけではないのですから」
ドン!!
と旗を突き刺した〈ジャンヌ〉の背後からほぼ同数の〈スケルトン〉が現れる。
原始的で簡単な攻城兵器である梯子を使ったのだ。あっという間に集まる死者たちと兵士たち。
中心で〈ジャンヌ〉とアガレスは睨み合う。
「御旗の元に、進行させてもらいます」
「悪いがこちらから先には行かせんよ!!」
戦場は南門に繋がる連絡路。
その先にいるのは今も火消しをしているロンドルとマルカ。
防衛し侵攻を止めるのはアガレスとカルマである。
対してそれらの妨害をするイナバと〈ジャンヌ〉だ。
幅の広い連絡路で森に上がる炎よりも激しく火花を散らすのは兵士たちの直剣と〈スケルトン〉の直剣。
銃や矢などの攻撃にあまり効果がない彼らに白兵戦を挑むのは納得できることだった。
骨の身だけである〈スケルトン〉たちは筋力的に不利であるのも理由として上げられる。
だが。
「〈青熊の御旗〉」
現在もアガレスと交戦中の〈ジャンヌ〉は一旦下がり、蒼い旗を刺す。
石畳の上に堂々と刺さるそれは青のオーラを〈スケルトン〉たちに付与する。
効果が分からないアガレスは無謀に突撃してきたスケルトン〉を斬って意味を知る。
一撃で粉砕するアガレスであるが。
「エンチャント……防御系か?」
若干の違和感が〈スケルトン〉を強化されたことを知らせた。
再び旗を刺すのは〈ジャンヌ〉。
「〈猛火の御旗〉」
輝く炎が〈スケルトン〉の持つ剣に付与された。
青のオーラと赤の炎が重複しないのを見てアガレスは苦く眉を顰める。
「これで〈スケルトン〉と兵士たちの差は無くなりましたね」
無用心に〈スケルトン〉と兵士は交戦する。
剣を交えた兵士たちは一様に驚き、斬り捨てられないことを知る。
「こ、こいつ! さっきまでとは――ぐわああ!!」
「カタカタカタ」
骨が鳴る〈スケルトン〉は笑っていた。
炎を纏うそれは鎧を簡単に切り裂いたのだ。
一変する戦場は一人の活躍によるもの。あっという間に、劇的に変化するわけであるのだが。
「なるほど、やはり将は君か」
「……」
逆に言うなれば〈ジャンヌ〉を討てばこの戦は終わると言うこと。
最大の功労者は最大の弱点であるのだ。
「……それを言うならば、あなただってそれに該当するでしょう? ネームドクラスであるあなたが討たれれば士気の低下は著しいもの」
「……そうでもないさ、ロンドル様が討たれない限り私たちに敗北は無い」
会話していた二人は再び己の間合いに捉え、獲物を振る。
轟音が重なり、衝撃波がパラパラと石畳を震わせる。
数度轟音を響かせ刃を交え、結論を出した彼らは更なる激しさを増す。
「〈旋風〉!」
距離を取ったアガレスが大きく斧を振る。
斬撃を纏う小さな竜巻はそれでも通路を塞ぐほど。
薙ぎ払われるのは突貫した〈スケルトン〉たちで、例外の〈ジャンヌ〉はそれをスキルで打ち破る。
「ハハ、〈赤一灯〉」
紅い一閃。
砂を纏う茶色の風は紅く燃える旗によってかき消される。
視界が風によって塞がれる〈ジャンヌ〉にヌッと大きな斧が顔を出し、惨殺しようとするが彼女は並ではない。
受け止める。
重圧で陥没した石畳の上で立つ〈ジャンヌ〉は笑う。
「……押しきれない」
「エンチャント済みですよ。とは言え、そろそろ“差”が出てきますね」
数度相対する二人は互いに強化を行っている状態。
アガレスは勿論、〈鉄壁〉や〈筋力強化〉を行っているのは確かである。
これだけ見ると二人の間にさしたる差は無いが――。
「〈大鷲の御旗〉」
今も火花を散らす〈ジャンヌ〉とアガレス。
スキをついて三度旗を刺す。
致命的な差は〈ジャンヌ〉が領域系エンチャントであると言うこと。
「し、しつこいですよ……」
「悪いが放っておけないな」
空を飛び、戦場から離れたイナバは追走するカルマを煩わしく思う。
対してカルマも彼女たちを野放しにしておくわけにはいかず付いてくる。
場所は開けた平野。
侵略された南門の下でにらみ合う。
互いの攻撃はどれも範囲型の攻撃。
〈スケルトン〉が炎に弱いことを考慮して、場所を選んだイナバは確かに正しく。
そして、カルマもまた自身の攻撃で味方が傷つくのは考えれば妥当なところ。
つまりは互いに妥協しての場所であるのだ。
ホバリングしながら傲慢に〈赤竜〉はカルマを見下ろす。
その目つきが機にくわなかったのか先に攻撃するカルマは炎を纏う。
「切り裂き笑え! 〈嘲りの爆炎〉」
嘲笑する炎の女が〈赤竜〉に抱き着く様に舞う。
ゆったりと踊るように〈赤竜〉に向かうそれを巨椀とその爪を持って切り裂く。
つまらなく、酷く退屈な攻撃だったと評価した〈赤竜〉は次の瞬間。
ドオオオオオオン!!
爆発に巻き込まれる。
「アハハ、燃えろ燃えろ!!」
〈魔剣〉の笑い声とカルマの笑いが重なり、大きく響く。
とは言え、それはあいさつ程度の攻撃である。
しばし笑うカルマは予想通り健在する敵に対して、油断なく身構える。
「ゴホゴホ、あ、熱いですよ!!」
「グロロ……」
鱗が焦げる〈赤竜〉と煤が服を汚したイナバ。
共にその程度の攻撃で殺せない。
「アハハ! ほとんど無傷! だったら次は君たちの「ゴオオオ!!」」
優絶にしゃべっていたカルマに空気を読まないブレスが放たれる。
それはまるで炎の壁だ。
家を丸ごと全焼させることが出来る圧倒的な量の炎は一人の人間に放つには明らかに過分。
手加減という言葉を知らない〈赤竜〉は天地を焦がす炎を存分にカルマに浴びせる。
震えるイナバはその暴力にどうしたらいいのか分からない。
しばし、地面を燃やし燃やすものが無くなった炎は徐々に消える。
過剰に放出された熱は黒煙を纏いながら熱さを伝える。
が、健在する影が一つ。
「はぁ……魔物だから言葉が通じないのも無理ないけど……トカゲの分際で無礼が過ぎるなぁ?」
斬と晴れた煙からカルマが声をかける。
何かが通り抜けたように露散した。
「ま、まさか……炎を斬ったのですか?!」
「ググル……」
イナバの動揺に肯定する〈赤竜〉は冷静であった。
そして評価を変えた〈赤竜〉は油断なく彼を見つめるのだった。
――〈赤竜〉はドロノアーズを通して学んでいた。
それはこの世界にも自分を傷つける存在がいると言うこと。
そこから垣間見える人の可能性についても。
だから、〈赤竜〉は飛んだ。
「おいおい、逃げるのかよ……トカゲ!」
「ガアアア!!」
意味は伝わらないが、態度がそれを語る。
同時にカルマは炎を纏った〈魔剣〉を一振りして、炎を飛ばす。
対して〈赤竜〉は冷静に彼の周りを飛びながら、攻撃を避けたり、その攻撃を見極めたりしていた。
様子見ではない。
〈赤竜〉は距離を測っていたのだ。
そこから有効な攻撃手段がないと判断した〈赤竜〉はすぐに攻撃へと移る。
ボっと吐き出される大きな火の玉は的確にカルマを狙う。
天地を焦がす程の破壊力は無いが、人一人分くらいの大きさの火の玉は簡単に人を殺せる。
とは言え、炎を切り裂く剣の前で無力に見える攻撃は――。
「ちいいい!!」
視界を埋めんばかりに発射された。
威力を絞ることで、弾丸のように発射されたそれを一々迎撃するカルマは攻撃を無効化できても、数の暴力によって攻め立てられる。
「っ! 〈嗤い(わらい)の焔撃〉!!」
アハハハハハ!
と女が笑う声と焔が〈赤竜〉を襲う。
女の顔がへばりついた様におぞましい形の空飛ぶ炎であったが、〈赤竜〉は空を飛びよける。
そして再び、竜にしては小さな攻撃を繰り出す。
「小賢しい小賢しい小賢しい小賢しいーーー!!」
さながら、ジャブを放つボクサーのように細かく隙なく攻め立てる。
圧倒的に優位に立つ〈赤竜〉であった。
キリがない攻撃にカルマの剣戟も追いつかない。
ドンドンドン!!
と砲撃を連想させる爆音が響く。
手ごたえを覚えたイナバであるが、〈赤竜〉は更なる追撃をする。
「え……えーーー!!」
ため込む。
太陽の熱も大地に蔓延る炎も全てを飲み込むように息を大きく吸う。
深呼吸をするように下を向いていた〈赤竜〉は息を吸うごとに頭を天高く上げる。
頭を天に掲げるように吸い込み終わった竜は――。
「ゴアアア!!」
止めを刺すように。
特大の火の玉〈ドラゴンブレス〉を吐き出すのであった。
「私のスキルは領域系に属する能力。つまりは兵士全体の強化が可能な能力でありますので」
再び〈ジャンヌ〉は旗を空間から取り出す。
豪華に彩られたその旗には竜の文様が描かれており魔力の籠ったものだ。
ズンと重さを感じさせる旗が地面に刺さった瞬間、竜の咆哮が地面から響く。
「〈猛き竜の御身旗〉」
ゴアアアアアアア!!
空気が響くと同時に領域内に入った〈スケルトン〉の目が光る。
凡そ〈スケルトン〉に目と言うものは無いが、空虚な髑髏の中に明かりが灯る。
燃え盛る剣と青く光る骨の体。
最後に強い意志を与えられた瞳は正しく狂戦士。
「轟け、竜の叫びよ。広がれ、その畏れと絶望よ」
〈ジャンヌ〉は指を指し進軍を指示する。
おどろおどろしいその軍は兵士たちと激突すると――。
「へ?」
「あ、あが?」
兵士は腕を無くしたこと。
顎から下が無くなっていることに今、気づいた。
今、気づかされた。
「ヒイイイイ!」
「カラカラ」
紅い瞳が殺戮の色を映す。
怯え惑う兵士に追撃する骨の戦士は楽しそうであった。
エンチャントにより羊が狼に化け、兵士たちを追い立てる。
「ぐ! スキル「おっと、あなたの相手は私ですが?」」
アガレスが薙ぎ払おうとした斧を〈ジャンヌ〉は受け止める。
火花を散らし、苦悶の表情のアガレスと無表情の〈ジャンヌ〉は見つめ合う。
完全に足止めが目的である〈ジャンヌ〉にいら立ちを隠せないアガレスは再び乱暴に斧を振る。
数度、重低音が響き渡る。
けれども戦況は変わらない。
「さて、どうしますか?」
「ぐ!」
切りのいいところまで連日投降したいと思います。




