無策と最善手
ソルムード戦一日目です。
夜が明け、混乱が終わる。
閑散とした都市ソルムードは逃げられない老人や行く当てのない子供。
独り身の男、女が残った。
静かな朝は曇天と少しの肌寒さを伝えた。
「敵が包囲している?」
「はい。現在、敵六千余りがソルムードを包囲しています。姿を見せないように森の中で息をひそめていますが……」
執務室で報告する一般兵は鉄の兜と鎧を身に纏っていた。
鈍く光る槍を天に掲げ、油断なくぴしりと報告する。
対してアガレスは椅子に座ったまま、しばし思案し手で退出の許可を出した。
――視線を大きな机を囲むように座る彼らに戻す。
「どう思う? ヴァルカ」
「う~ん、敵もこっちの武器を知ってのことだ。俺だったら兵糧を攻める」
〈アガレスの副椀〉ヴァルカが呟いた言葉が響いた。
それは銃とロンドルが守る鉄壁の守りを崩す唯一の戦略だから。
残念であるが、籠城する彼らに力での対抗は愚策に帰す可能性が高いと言えるだろう。
同意と肯定の空気が流れるが、首を振り早計だと考えるのはロンドル。
「ならば、敵が民を逃がす理由がない」
「……」
「兵糧攻めであれば尚更だ。敵が“甘かった”と考えるのもいいが、それだけではないような気もする……」
早々に思考を放棄するのはカルマとマルカ。
ソリティとヴァルカは必死に何かを考えるが、戦略に対して学がない。
となると必然的に答えが出せるものはロンドルとアガレスに限られてくる。
「……答えが出ない以上、動くのは得策でないと考えます。それにこちらは守勢です。後手からでも十分に対処できると考えています」
「ふむ……とにかく今は情報が足りぬか……兵站の節約と警戒を指示する」
結論が出た彼らはそのまま、厳重警戒を指示し敵が打って出るのを待つことだった。
だが、それだけではこの状況を打開できる手ではなかったので彼らは一つシンプルなことをした。
「かかか、敵は打って出ぬか」
「そ、そのようですね」
イナバとソルムードの様子を見るベガは上手くいっていることに笑う。
震えるイナバは敵の様子を話す。
敵の籠城はベガたちにとって確かに効果的で“最善手”と言えるものだ。
崩すのは容易ではなく、敵指揮官も歴戦の兵である金将ロンドル。
ベガの策も――。
「あの、フランシスさんを呼んだのはこのためですか?」
「劇団員として小物づくりや、劇場作りをしたのじゃ。手先は器用で工兵としてもってこいじゃろう?」
「オ、オリエスタさんは……」
「指揮能力が高い人物がもう一人必要であったからよ。ともあれ、こちらは先の先をとった。後の後をとるあちらは――もはや一手損」
ゴクリと唾をのむイナバは嬉しそうに戦略を立てるベガを恐ろしく思う。
ざわりと森から吹いた風に冷や汗を流しながら、改めてベガに尋ねる。
「……敵は何故、攻めないのでしょうか?」
「未だにこちらの狙いに気付けぬからよ。守勢であり、最善手であるのも理由の一つとして考えられるが……この人数差じゃ。一日は確実に様子を見るじゃろう?」
かかかと、愉悦に残酷にベガは六千という数字を笑う。
対して向こうは二千であるのだ。不利な場所で戦うことは避けたい。
木の葉が舞い、それはソルムードに届けられる。
「楽しそうですね……」
「くひひ、楽しいぞ?」
昼の活動は森での準備で終わる。
今夜は補給を断たせるように広く展開した布陣を指示した。
それは正しく兵糧攻めの陣。
補給を断ち、彼らが飢えるのを待つ陣であった。
「チラホラと敵の明かりが目立つようになりました……。明かりの数から見るに敵兵は六千で間違えないようです」
「……そうか」
未だに考えが纏まらないアガレスはアレクと稽古をしていた。
今は休憩の時間で、夜の星々が二人の努力を照らす。
白くて優しい光が広場のような訓練場と並木を飾った。
「今日を振り返ると、父上たちは兵站の節約と警戒注意。敵は森の中で待機……」
「確実に最善手を指したと思うのだが……な」
木剣でアレクが一方的に攻め、アガレスが受けると言った稽古だ。
カンカンと木がぶつかる音が響く。
そしてアレクは剣を片手で緩く構える。
「……なるほど、手を見えにくくしたか」
「力では勝てないので」
搦手に近い戦法を取るのは正しい。
自由に剣を振れる体制のアレクと上段に構えるアガレスだ。
ジグザグといくつかフェイントをかけて接近するアレクにアガレスは――。
スコンっと木剣をシンプルに振り下ろした。
当然、フェイントをかけていたアレクの剣は遅く最短距離で攻撃されるその剣を防ぐことが出来なかった。
「いっ!!てーーーーー!!」
「覚えておくといい、アレク。相手の意表をつく攻撃はシンプルな攻撃に弱い。守りに対しては効果的であるがな」
この一刀で今日の稽古は終わった。
「三千の世界を羽ばたく烏よ。八咫の姫の名の下にその姿を表せ――〈ヤタガラス〉」
濡れ羽色のそれは黒い羽を散らしながら、枝木のように腕を上げているベガの元へ停まる。
三つ足がしっかりとベガの腕を捉え、黄金の瞳がベガを見る。
神々しくもある黒色は月明かりに照らされながら、夜空よりも黒い。
「〈同調 三千世界の瞳〉」
〈ヤタガラス〉が一鳴きした後、瞬きしたベガの瞳は空の星々よりも栄える黄金色へと変わる。ジリリと電子音が小さく鳴った。
誰もいない平原でポツリと立つベガは人間の目では見えない何かを見つけ。
「見えた……」
夜に羽ばたく烏は一つ鳴いた。
佳境に入りました。
私的にベガのチートを書けていたと思います。




