月下に轟く宣戦布告
宣戦布告です。
こういうシーンを一度でいいから書いてみたかった。
紫と赤を織り交ぜたワイン色の夕日が夜の気配を運んだ。
果てに光るは一等の星、重く照らされる雲は動けない白い家々を見下ろす。
人波は荒く、押し流されるように動く彼らと――。
「慌てるでないぞ? それはまだ始まらぬ」
屋敷から出た少女は流れに逆らわぬよう、ぶらりと歩いた。フードを被り目立たない彼女に目を向ける者はいない。例え向けたとしても突然消えた少女に興味を持つほどの余裕はないだろう。
荷物を纏め、都市から逃げる人々が散漫とする。
都市の外へ、戦乱から遠くへ。
小さな子供も荷を背負い、泣きじゃくる子は友との別れを惜しんだ。
恋人たちは再開を約束し家族の元で今後の道が分かれる。
思えば屋敷にいるメイドや執事が少なかったのは彼らが戦乱から逃れるために出ていっていたからだった。
微笑む和服の少女は何かをしようと扇子を振り上げ――。
パチン。
屋根の上で静かに立つベガは扇子を鳴らした。
「というわけで、宣戦布告も兼ねてここに残ったわけじゃが……一人か?」
「……一人で十分だろう。……息子を救ってもらった恩がある」
身だしなみを整えたアガレスは戦場に赴くような恰好だ。
黒い鎧に大きな斧。
彼の呼名を考えれば当然の装備であり。
豆腐のような白い家を夜が徐々に侵食する。
「気まぐれであったが楽しかったぞ?」
「……気まぐれにしては手際が良かったようだがな」
アガレスはベガを怪しんでいた。
それはベガの容姿と特徴ある外見、加えアレクが誘拐された事件。
「派手に動きすぎたな。〈歴史と歩むもの〉」
「かかか」
自分がまさかそこまで有名になっていたとは思わなかったベガ。
戦場に出た経験は少ないはずだが……。
とは言え、もはやどうでもいいことだ。
「別れは済んだかのか? あ奴もやっとわかってきたことじゃし……」
「いや、まだだ。約束も宣言することもできないダメな父親のままだ。……そして、今も思うよ。――死ぬのは怖いと」
ベガは笑った。
将であるアガレスが臆したと聞いて。
凡庸にただ平凡に死を恐れる将を侮り汚すように嘲る。
笑う。
笑う。
扇子で口元を隠し、それでもなお嘲るベガであったが――。
「フフ。だからこそ、俺はやらなければならない。この戦争を終わらせるということを」
ピクリとベガの眉が動いた。
大言壮語、分不相応の言葉にベガは扇子を閉じる。
ゾクリとアガレスの背中を撫でたのは夜風か、それとも。
「随分とまあ、軽くメルの夢を言うておるのぅ……」
冷たい目は片目が闇に覆われている。
数m離れた場所にいるはずであるのに、今のベガは目と鼻の先にいるくらい大きく感じた。
互いの戦意は十分。
「そう言えば、先ほど宣戦布告と言ったが……」
「かかか、実につまらぬことじゃよ。この都市にアンデットを数体暴れさせる。ただそれだけ――それだけじゃよ」
「……」
ベガはつまらなく言い放ち眼下の風景を笑う。
ならば、なおさら――。
「逃がすわけにはいかなくなったな」
武器を構えたアガレスはそのままベガと対決する。
ベガは懐から何かを取り出そうとした。
けれどもそれは余りにも遅すぎる対応。ベガが武器を取り出す前にアガレスは接近し。
振りかぶった斧はそのままベガを捉えようとした時だった。
「!」
ベガの瞳はこちらを向きながら笑っていた。
動きを急停止させ、その場から大きく下がる。
二本の矢がアガレスのいた場所に刺さった。
「惜しい、実に惜しかった……」
くつくつと扇子で隠して笑う。
宵の明星がベガと側面にいる〈スケルトン〉を暗く照らす。
「……〈召喚術〉か」
「おうとも、さすればこの者と遊んではくれぬか?」
パチンと扇子を閉じたベガの背後の影から二十体の死者。
フードを被る〈ウォーキングデッド〉の武器は様々でよろめくように襲い掛かる。
鈍い攻撃。
だが、疲れを知らない。また筋力値や耐久力も並の人間よりも強い。
しかし、それは並の話し。
アガレスの一閃はそのもろもろの有象無象を蹴散らす。
血肉は夜空とも夕暮れとも言える空に散る。
死臭がアガレスの鼻腔を擽るよりも早くそれらは消えるが、時間稼ぎ。
「かかか、やりおる。そうでなくては楽しくない」
パチンとベガは扇子を鳴らした。
徐々にベガの輪郭がぼやける。
「宣戦布告は以上とさせてもらおう。我の主催する祭りじゃ。存分に楽しむとよい」
かかか、と笑い少女は闇夜に解けるように消えていった。
転移した月下の美女は眼前に広がる平野と都市ソルムードを見る。
ここは森の入り口。
不気味に立つベガとそれに従うフランシスとオリエスタ。
森林に身を隠し、闇夜に目を光らせるのは兵士たち。
「民は逃がしてよかったのでしょうか?」
「本来であればあの場に残ってもらった方が好都合。とは言え、それをメルは好かん」
ベガはメルの部下であるのだ。
メルに添い作戦を立てるのがベガの役である。
それは甘さであるといえるのだが、ベガはチーターだ。
メルの願いなど造作もなく、大した理由もなく叶える。
「よけいな問答でしたね」
「何、オリエスタよ。気にすることは無いぞ? そちらの方が面白いという理由もある」
くひひ。
星々が照らす空は明るいが、森の近くに布陣する彼らはまるで、爛々と輝く瞳と三日月の口だけが浮いているように見えた。
まだ書き終わっていません……。




