アレクの恐れ
上手く畳めなかった。
シンと静まり返る執務室に四人の男と一人の女性がいるのを少年は見た。
騎士然とした態度と裏腹に豪華な服に身を包むのは男たち。
思案に耽るのはその内二人、アガレスとロンドル。
そのロンドルの後ろで手を組み、護衛をするカルマ、マルカだ。
カチャリと。
ソリティが紅茶を置いた。
「……それで、王のご様子は?」
「悪化する一方だよ。そのたびに出てくるのは先も話した“あの女”だ」
紅茶の匂いを嗅ぎ、一口含むロンドルは優雅に答える。
俯いたままのアガレスは苦い表情だ。
閉めてある扉の奥から少年、少女の声が部屋には聞こえなかった。
「では、戦争は未だ続くと言うことですね……」
「そうですよ。ソリティ様」
「だからこそ、クロルセンから援軍に来た四千の兵をこの都市に招きたいのです」
カルマ、マルカの順でソリティの問いに答える。
お盆を持ったまま立ち尽くすソリティは小さくため息をついた後、アガレスに視線を向ける。
決断はアガレスがするところ。
都市の運営に関わるソリティであるが、全権は勿論アガレスが持っている。
「無論、許可します。それと、敵についてですが……」
「遠目で見たところ、数は六千。だが一番重要な情報は――」
アガレスは敵についての情報を欲した。
今の王国軍はある作戦に向けて兵力を集中させている。だからこそ、この四千の兵は過分であると判断できる。
金将ロンドルと紅蓮のカルマ、冷氷のマルカで守るこの都市に本来であれば援軍など必要ないのであるが。
ロンドルは空になったマグカップを置く。
「〈シュレインゴールの英雄姫〉」
ゾクリと外にいる少年に悪寒が走った。
静まり返る執務室。
ピクリと動きを止め、険しい顔でアガレスは話しを聞く。
動揺に空気が重くなる中、ポツリと言葉は紡がれる。
「王道を歩む乙女、竜殺しの戦姫、語られる数ほど名は持つ者だが……。名は〈英雄姫〉でよいだろう」
ネームドクラスの人物はいくつも名を持つ者だ。
名の統一は戦が始まる前に決めること。
そうでも、しないと戦場で混乱が生じる。
重くのしかかるのは敵に対する畏怖。
戦況を一変させた難敵がこの都市に迫っていると言う事実が暗く沈んだ気配を漂わせる。
「……では、必然的に〈緑千の魔術師〉と〈赤髪の斬姫〉、〈千刃の戦鬼〉が出ると考えていいわけで――」
バタン。
そうやって聞き耳を立てていた少年は少女が開けた不意に開くドアにより倒れる。
前のめりに、無様に倒れる少年は自分が注目されていることを知る。
ため息をつき呆れる大人が大半であった。
だが、その中で一番近くで見下ろすのは白髪で蒼い瞳のソリティ。
「……何をしているのですか? アレク」
「え、えっと……」
アレクは助けを求めてベガを呼ぼうとするが、肝心のベガがいない。
しばらく首を振り、助けがないことを理解したアレク。
ギリギリと歯車のようにアレクが顔を向けた先には静かに激怒するソリティがいた。
雪のように冷たく、されど憤怒の青い炎を瞳に宿す。
「すいませんが、これで失礼させてもらいます」
「あ、ああ」
ロンドルでさえも恐れる。
涙目で父にすがるアレクだが、無表情のアガレスは首を振るだけだった。
砕ける空気はバタンとソリティが扉を閉める音で軽くなる。
軽くため息を吐き、再びロンドルに尋ねるアガレス。
「はあ、仕切り直させてもらいますが、他に注意する者は?」
「…………自称であり、それ以外の情報は無いが……〈歴史と歩むもの〉その称号を持つ者には、彼ら以上に十分注意してほしい」
沈黙が拗ねているアレクとそれを叱るソリティに覆う。
響く音はメイドが静かに歩く音と巡回する騎士たちの音。
誰も目を合わせないのはいつも通りであり、大抵はアレクが悪いと分かっているから。
廊下の一角で豪華なシャンデリアが二人を照らす。
「アレク……」
「……」
座っているアレクにソリティは腕を組み見つめる。
呆れの感情を存分に含む瞳でそれに対してアレクはどうも反応しない。
沈黙を未だ保つアレクであるが、母であるソリティにはお見通しだ。
「戦場に……行きたいなんて言うんじゃないでしょうね?」
「!」
ガバっと顔を上げるアレクは驚く。
簡単に見破るソリティ
「どうしてなの……どうしてあなたはそこまで――」
「俺も父上の様になりたいかだ!武勲を立てて父上ように強く、ただ強くなりたい!!」
「あなたは……あなたは!!」
まだそんなことを言うの?その言葉同時に。
ソリティは腕を振り上げる。ビンタをするように叱るソリティは未だに理解していない息子に向かって怒りを――。
「まあ、そのくらいにしておいたらどうじゃ?」
パシンとその扇子がソリティのビンタを防ぐ。
目をつぶっていたアレクであったが、ベガの背中を見て安堵する。
庇うように、立ち向かうようにベガはソリティを見る。
だが。
「アレクよ、お主はまだ――死なないと思っておるのか?」
「え?」
「認めたくないのか?それとも、気づかなかったのか?」
「……っ」
口を開こうとするアレクだが、無言の時間はしばらく続く。
その答えに答えられない。
答えるとは即ち、現実に目を向けることになるから。
戦場に行く父に不安を抱かなかったことなどない。でも、その不安から逃れる為にアレクは父を絶対としたのだった。
クスリと笑うベガは潮時と判断する。
「すまんが、今日限りでメイドをやめさせてもらう」
「え?……」
なぜ?と聞こうとしたアレクであったが、ソリティが首を振ったことで理解した。
これから戦が始まるのだ。
戦火から逃れたいのは誰もが願うことで、それに加えベガは戦うことが出来ない女の子だ。できるだけ安全な場所に逃げてもらった方がいいだろう。
それはアレクが己のそばにいてほしいと願うことよりも優先することだった。
力強くこぶしを握る。
「かかか、安心せい。我はお主が思っているよりも弱くない」
「ああ」
「それと……次に会う時はまた”別の立場”で会うことになるじゃろう。その時はこの現実を受け止めろよ?」
意味が分からない言葉であった。
だが、アレクはベガの言葉を忘れることは無かった。
そして同日……。
死者が街に現れたと言う報告が入った。
世界観が少しでも醜く、汚く見えて下されば幸いです。




