閑話 戦うこ言うことⅡ
本編とあまり関係ないので読まなくてもいいです。
「なんで反乱軍がこんなところに……!」
「ここの近くに私たちの住処がありましてね。いつかゴブリンを掃除しようとしていた矢先に貴方たちがいたと言うわけです」
ゆっくりとアレクはうつ伏せに倒れる。
冷たい洞窟の石は火照った体のアレクに丁度良く。
それに相まって麻痺毒も体の自由と瞼を重くする。
ピチョンピチョンと鍾乳石から落ちる滴は子守歌の様に心地よく響き、薄暗い洞窟内でアレクは知らず知らずのうちに瞼を閉じたのであった。
混濁する意識の中、アレクがまず初めに見たものは机に置いてある揺らめく蝋燭であった。
頼りなく今にも消えそうなほどか細く燃える蝋燭に照らされるのは湿った室内。
椅子に縛られ不自由な体に今更気づくアレクは徐々に思い出す。
アガレスにゴブリン討伐を依頼されたこと。
見事依頼を達成し、その後に訪れた反乱軍の男のこと。
そして最後に思うのはベガの事。
「ベガ!!」
それがトリガーであった。
白濁とした意識が覚醒し、現状を理解する。
そして男たちがアレクを冷たく見る。
「起きたようだな。ガルナークさんを呼んでくる」
「……分かった」
壁際に座らされているアレクと反対の隅に机と椅子があった。
小さくて汚れた木製の机と、ギシギシと軋む椅子が二つ。
机に置いてあるカードらしきもので暇をつぶしていたのが分かる。
「さて、ガルナークさんと話す前に俺から簡単に現状を説明しよう」
何日も体を洗っていないのかキツイ体臭が漂う。
近寄った男はそのままアレクの顔色を窺う。
黄ばんだ歯が見え、そこから汚い笑顔を見せる。
アレクは落ち着きながら、冷静に腕を縛る紐を解こうとする。
「ここは何処かということだが、森の外れにある洞穴だ。ソルムードに隣接する森に俺たちがいるわけだが、灯台下暗し。意外とまだ見つかっていない」
チラリとアレクは男の胸ポケットを見る。
護身用の小さなナイフがあった。
「お前が眠ってからの時間は半日程度……か? だいたいそれくらいだ。結構強力な毒なんだが半日で回復するのは見事なもんだよ。んで、俺たちが何者かという質問はまあ、見ての通りだ。それと最後に伝えたいことは――」
頭をガシガシとふけを飛ばしながらかく男にアレクはいつの間にか自由になった右手を伸ばす。
一瞬の隙をついた見事なもので、その狙いは男の胸にあるナイフだ。
最短距離を全力で伸ばす右手は確かにそのナイフの柄を握り――。
「――人の目をしっかりと見て話しを聞けと言うことだ。ガキ」
伸びた右手をしっかりと男は捕まえていた。
男が右手を強く握るだけで、アレクは持っていたナイフを離す。
全て見透かされたうえで男はアレクと話していたのだ。
顔を歪めるアレク。
圧倒的な実力差を絶望と共に理解したアレクはそのまま、力なく椅子に座る。
「いい子だ。あまり大人をなめない方がいい」
そうやったやり取りをしているうちに三人の男が部屋へと入る。
石壁に囲まれた窮屈な部屋は一気に人口密度が高まった。
「……名を聞こうか」
「アレク……ソルムード」
ガルナークの言葉に従ったのは、抵抗しても無駄だと知ったから。
自分が従順であればあるほど、ベガの安全が確認できる。
気分よくガルナークは片膝をつき、目線をアレクに合わせて話す。
「そうと分かれば、早速こちらの話を聞いてもらおう」
「……」
「返事は?」
ガルナークの後ろにいる男がおもむろにアレクの腹を殴る。
「っ!!」
吐き気がこみ上げ、唾が唇を濡らす。
瞳の色が白くなりかけるが、なんとか意識を保った。
「顔は止めておくよ。人質に取った時に誰か分からなかったら意味がないからな」
「へい」
手を後ろに組み、立ち上がるガルナークはアレクを見下ろす。
ギリギリと歯を食いしばるアレクは痛みと悔しさに耐えた。
「さて、私が君に話したいことは私たちの目的についてだよ。君に話すことに関して理由は無いけど……強いて言うのなら絶望を感じてもらいたいからだな」
「絶望?」
「私はマルゼン様を失った……。大切な人失う痛みを他の人に知ってほしい。ただそれだけ、この不幸を知ってほしいのだよ」
ゾクリとアレクは背筋を震わせた。
暗い瞳がアレクを引きずり込むように覗いたからだ。
死者を思わせる濁った瞳は熱も無ければ冷たさもない。
ただ、抜け殻の様に虚無であった。
「私と同じになるのが怖いのかい?」
「っ!」
「大丈夫だよ。その時は君を私たちの仲間として迎えよう」
理解した。
理解してしまった。
この場にいる彼らにまともな者は一人もいない。
死ぬことも恐れない騎士たちは全員が絶望に呑まれている。
何をしでかすのか分からない恐怖がアレクを怯えさせる。
暗い部屋の中、彼らの目は黒かった。
輪郭や服装はハッキリとしているのに、まるで目玉が無いように見えたのは正しく彼らが絶望を抱き振りまくからであった。
「ぐ……!」
アレクは再び結ばれた縄を解こうともがいていた。
計画はいたって単純なもので、アレクを人質にロンドルとアガレスを戦わせると言ったものだった。
そんな計画が上手くいくのか?という疑問もあったが、ガルナークは成功することを確信しているようだった。
曰く。
『君の命は君が思っている以上に重い』
その言葉をアレクは必死に否定しようとした。
しようとしたのだが、出来なかった。
否定するとはつまり自分の命はこれまでであることを意味し、父としてもその程度の認識でしかなかったこと言うこと。
故に今のアレクは必死に脱出しようとしている。
「無駄なことを……」
そう評価するのは足を引きずる負傷兵。
びっこをひくその男は今も剣を杖代わりに立っている状態だ。
たかが子どもと侮ったガルナークの人選で彼は選ばれたわけだが――。
「俺はお前を見ている」
負傷した彼だからこそ、アレクをしっかりと見ていた。
油断をしない彼に半分諦めかけていたアレクであったが。
「あ……」
「あん?」
入り口に背を向け、ラインを監視している男は気付かなかった。
大きく振りかぶる異形の化け物が命を狙っていると言うことに。
ザクっと男の背中を切り裂く。
「アガ……て、てめえ!!」
パックリと背中から血を流す男であるが、死んでいない。
力なく振った鞘付きの剣で砕く。
今も出血が激しい男は朦朧とする意識の中それを見た。
「ス、〈スケルトン〉!!」
悲鳴に似た声でアレクは叫ぶ。
頭部を砕かれ、動く気配のない〈スケルトン〉を含め計五体の骸が押し寄せる。
錆びた剣が鈍く光り命を狙う。
「あ! この! く、くそが!!」
足を悪くした男は上半身だけで剣を振る。
そのたびに揺れるのは心もとなく部屋を明るくする蝋燭。
〈スケルトン〉は男を嬲るように壁の隅に追いやる。
対して男は恐怖を払うように剣を振るが、当たらない。
だから。
「ふ、ふざけん――ゴフ……!!」
背が壁に着いた瞬間、〈スケルトン〉たちは一斉に刺突する。
次々と刺さる剣により男は壁に縫われるように事切れた。
死んだ男の開いた目は驚愕に彩られ、真っ赤な血はアレクの足元を濡らす。
「くっ!!」
隙をついて逃げようとしていたアレクだが、紐はまだほどけない。
カラカラとなる〈スケルトン〉はその標的をアレクへと変える。
もがくアレク、徐々に迫る〈スケルトン〉は血塗られた体と剣で――。
ザク。
「?」
縛っていた紐がパサリと落ちる。
自由になった手を確かめるアレクは顔を引きつらせながら感謝する。
そして安堵するのだ。
「……ベガ、そろそろ出て来てくれないか?」
パシンと扇子が鳴り響き、階段を下りるベガはアレクの前に出た。
優雅に傷なく現れるベガはアレクの慌てようを外から見て笑っていたのだ。
「かかか、すまんのぅ。お主の慌てぶりが余りにも可笑しゅうて――」
そう語りかけているベガにアレクは静かに腕を回した。
日常回にしようとしたのですが、無理でした。




