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閑話 戦うと言うこと

閑話ですので物語の進行に関係はありません。

 他愛もない日常というのは一人の登場人物によってあっという間に変わるものだ。

 かくいうアレクもベガの登場によってその一日は劇的に変わった。


「次はマナーの授業じゃな」

「ああ、分かった」


 秘書官のように予定を伝えるベガは勿論、黒と白のメイド服を着こなしている。

 残念ながら似合っているとは言いにくい恰好であるが、それは文化的に違うと言うだけのものだった。

 大和撫子な美人はやはり、和服が似合う……という趣味的なことだ。


「そういえば、ベガ」

「なんじゃ?」

「マナーの授業が終わったら、執務室に来るように呼ばれたんだが……」

「ほお、そうか。分かったのじゃ」




 授業が終わり、執務室に向かうアレクの足は重かった。

 なぜならば、執務室に行って叱られた経験しかないからだ。

 両親の仕事場であるそこにアレクは苦手意識を持ちながら扉を開ける。


「失礼します……」

「……入れ」


 寡黙な父であるアガレスはいつものように書類仕事をしていた。

 その横で母のソリティが補佐をする。

 いつも通りの光景。

 だからこそ、何時ものように叱られると思ったアレクは――。


「どうしたのです? 強張って」

「え?」


 拍子抜けした。

 そそくさと準備したソリティはいつの間にかアレクとベガに紙を配る。

 “ギルド”の掲示板に貼ってある紙で依頼用紙だ。

 ポカンと思考が停止しているアレクと、はぁと溜息を吐くソリティ。

 説明したのはアガレスだ。


「……今回は領主として、お前に命令をする。坑道に出没したゴブリンを討伐せよ」




 鉱山都市ソルムードは王国軍に属する都市である。

 重税を課し、反国民的な行動をする王国であったがソルムードではそう言った雰囲気はなかった。

 強いて言うのなら税が少し重くなったくらい。善政と言っても過言ではないくらいの好待遇を許したアガレスであったが、冒険者には関係なかった。


「所詮、根なし草の冒険者……。戦争に巻き込まれないために都市を出ていくことは容易に想像できることだよ。民と違って彼らは自由に生きることが出来るからね」

「なるほどのぅ、というわけで我らに仕事が廻ったのか」


 それに加えて反乱軍を指揮するソサエクスは最高ランク冒険者だ。

 同業者であればある程度の信頼が出来るし、無下に扱わないだろうと簡単に予想できる。

 どちらの味方をするかは明白であった。


「確かこの離れの坑道だったはずだけど……」


 大きな岩が点々と転がるそこは、自然の匂いと鉄分を含んだ鉱石の匂いが漂う。

 山に吹きつける風がヒュオオオと山肌を撫でた。


「不気味な場所だな……」

「ゴブリンの特性上、暗がりを好むのは当然じゃろ? 生き物を引きずった跡を見るにここにいるのは間違えないと思うぞ」


 何かの血が洞窟の中へと続く。

 ポッカリと開いたその入り口は真っ暗でオークの口を連想させた。

 血を含む異臭が中から微かに流れる。


「うっ!」

「そんなに、匂うのか?」

「腐った肉や血の匂いが……て、ベガは匂わないのか?」

「“数値的”には確かに匂うのぅ……」


 意味が分からないアレクは頭に?マークを浮かべる。

 が、ベガが先に進んだことで彼も少し遅れながら洞窟に入る。

 石の冷たさと滴る水滴は肌寒さを伝え、光が薄く闇が濃くなる。


 しばらく歩き、大きな空間に出た二人。


「明かりを付けよう」


 ヒンヤリとした洞窟を温めるように、照らすように、アレクはランプに明かりをともす。

 旅の必需品として多く売られているそれであるが――。


「中途半端な明かりは不要じゃよ」

「え?」

「坑道の大きさを確認しようとしたことは理解できるが……相手はこの闇でも我らを視認出来る者たち。閃光の様に光量を大きくした方が攻撃にもなって一石二鳥じゃ。中途半端な光にすると――」


 闇夜に浮かぶ猫のように鋭い瞳が二つずつベガとアレクを見る。

 子どもくらいの身長で浮かぶそれらは数を増やしていき、数十を超える。

 静寂の空間は既に荒い息遣いに支配され、滴る滴はゴブリンの唾に代わった。


「天井に張り付くように部屋全体に沸きおるのぅ。はてさて、どうするアレク?」




 上も前も視界全てにゴブリンが写り込む。

 ジリリと汗をかくアレクは一旦、手に持ったランプを――。


「おりゃ!!」

「ゲゲ!!」


 ゴブリンに投げつける。

 それと同時にアレクとベガは一対一が出来る細道まで下がろうとする。

 対多戦闘で包囲されないようにするのは定石である。

 よってアレクの判断に間違えが無かったのだが。


「グゲ!!」

「っ!」


 明かりを捨てたのは早計と言わざるを得ない。

 逃げるうえで明かりは自らの位置を知らせる余計なものだが、戦闘に置いては必需なものだ。


(手の出どころが分からない!)


 ゴブリンの武器は主に槍とこん棒。

 黒曜石で作った原始的な刺突武器であるが、闇に解けたその武器は人間の目では視認することが難しい。

 アレクの背中を攻撃するゴブリンに直感で攻撃する。

 振り向きざまに一刀で葬り、続く二匹のゴブリンもギリギリのところで斬る。


「こっちじゃ!」


 声のする方向にアレクは逃げる。

 ピタピタと裸足のゴブリンは追い、うめき声を上げる。


「外に出るか?」

「いや、ここで迎え撃つ」


 チャキとアレクは直剣を構えなおす。

 初陣であるにも関わらず、アレクが落ち着いているのはそういう才能があったから。

 人を殺すことを想定して鍛錬していたアレクに今更、ゴブリンごときで躊躇することなどない。


「それよりもベガ。持っているんだろ?」

「勿論じゃよ」


 先ほどベガがアレクの間違いを言ったときの言葉が本当ならベガは持っているはずだ。中途半端な光でなく、攻撃に転じられる強力な光を――。


「ベガ!!」


 湿った洞窟内を走る音が大きく近くなった瞬間。

 煌々と爛々とそれは爆発した。




 ベガに指示を出したアレクは目をつぶっていた。

 ヒタヒタと走り寄るゴブリンの足音に恐怖しながら、この一瞬の隙に全てを賭ける。

 強く剣が握られる。


「ゲゲ?」


 目がいいゴブリンは転がって来た玉を見る。

 それは所謂爆弾のようなもので。

 殺傷性のないものだけど――。


「ガ―――っ!!」


 声にならない悲鳴を上げ、目を押さえた。

 眩む閃光がゴブリンたちの目を機能不全に陥れたからだ。

 持っていた武器を落とし必死に敵を探すゴブリンたちだが、勝敗は決した。


「うおおおおお!!」


 力任せで雑な太刀筋であるが、ゴブリンは防具を付けておらず子どもの様に小さな体躯だ。

簡単に両断し、死体へと変わる。


「グゲ!!」


 列を成すように進んでいたゴブリンは突然の反撃に武器を構える暇もなく斬り捨てられる。例えアレクを視認することが出来たとしても前ゴブリンが邪魔で槍などを構えられない。

 いや、構えたとしても遅い。


 最後の一匹が上段から振り上げた剣を防ぐように小さな槍を横に構える。

 防いだつもりなのだろう。

 安全であると思っているのだろう。


 ゴブリンの弱点を言うのであれば、その小さな体形と非力なことを加えてもう一つ弱点がある。

 それは頭の悪さだ。

 細い木の棒に黒曜石をくくりつけただけの槍はアレクの剣を抵抗することなく折れる。

 笑うゴブリンは現実を見ることなく笑顔のまま袈裟に切り裂かれた。


 ズシャリと倒れるゴブリンの死を確認したアレクは――。


「はあ、はあ」


 最後の一匹を殺すまで、アレクは全力で剣を振り続けた。

 疲労困憊で玉のような汗がぼたぼたと落ちる。

 むせる血の匂いに慣れたアレクは振り返り、ベガの安全を確認しようとした矢先だった。


「が!」


 矢が深々と肩に刺さる。

 暗がりから油断しているアレクに向けて一直線。

 痛みに膝をつき、矢を抜こうとするが――。


「無駄ですよ。この矢には毒が塗ってあります」

「お、お前は……!」


 泥に汚れた装備であったが、それは間違えなく騎士の装備であった。

 矢を射た男と別に偉そうに登場する。

 マルゼンと共に戦った男。

 つまりは。


「今度こそ、我らの野望を叶えましょう」


 マルゼンの副官こと、ガルナークであった。



次も閑話です。

思えばベガとメルが戦闘したシーンがあまりない……。

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