閑話 百合はこうして生まれる 下
強引でした。
広くない部屋の中、陽の光が室内を大いに照らし疲れ果てた少女を照らす。
「……もうダメです……。おしまいです」
「諦めてはいけませんよメル様!」
励ますように大きな声を出すスコットは他の者たちの同意を得ようとするが。
「わ、私のせいで……」
「これでいいじゃないの?」
鞭を渡したイナバは落ち込み、作戦が成功したと思っているレオジーナは問題を理解していない。
「もうダメです!!」
諦めるメルは自分の状況が悪化しているのを感じ取ると暗く海の底に沈んでいく感覚に陥った。
このまま、海の藻屑に……。
そう諦めていたメルであったが。
「ああ、なるほど。彼らの原動力が分かったよ」
「原動力?」
それはこの中で一番頭が良い人物。
身長の低い彼は足の届かない椅子に座りながら顎に手を添えている。
「……シフォンさん、今さら彼らの原動力が分かったところで――」
「いや、解決なら出来る」
ガタン!
椅子を引き、立ち上がるメル。
けれども冷静なスコットは意見を言う。
「考えを聞かせてくれませんか?一応、この前の事もあるので……」
「別に構わないよ」
鋭い視線のスコットとヘラヘラしているシフォン。
その間を行き来する視線はイナバとメル。
レオジーナは寝ていた。
ゴホンと咳をするシフォンに皆の注目が集まる。
「考えてみるにメーテル教は――
――宗教じゃないんだよ」
「……どういうことでしょうか?」
メルの言葉に同意しる様に互いに顔を見合わせる。
「例えばの話だけど彼らが宗教に入るのはどんな理由?」
「どんなって?」
「……救いを求めてでしょうか?」
「いえいえ、教えを求めてではないでしょうか?」
理由が異なるが入信する理由としておおむね合っていると言えるだろう。
コクリと頷くシフォンは言葉を続ける。
「どの理由も正しい。正しいからこそメーテル教が異質であると気づけるんだ」
「「「……あ!」」」
これを基に考えると彼らがメーテル教に入信した理由が分からなかった。
救いを求めるにしてもそれはメルに。
教えを乞うにもそれはメルから。
つまりそれらの理由として弱いのだ。
「彼らがメーテル教に入る理由は一つ。だからこそ、この手を打つことが出来る」
それは信者とオタクの違いを見極めたからこそできる作戦であった。
それはとある日常の一幕で朝の時間。
石の廊下を歩く赤と黒の和服がなびくように揺れる。
それと同時に袖に描かれている二匹の鯉も優雅に泳ぐわけだが――。
「ん?」
パシンと扇子を閉じる。
長い石廊下の外から風と音が聞こえ、朝の太陽がそれらを照らす。
「きょ、教会じゃと!!」
驚くベガは二つ目の教会に対してそれしか言えなかった。
「ど、どいうことじゃ!」
一夜にして出来たその教会は異様な賑わいを見せる。
メーテル教と比べ黒色が多く配色されたその教会は正しくベガの教会だった。
キラリとベガの像が笑う。
「――というわけでベガ様は素晴らしい人なのです!」
「「「おおおおおおお!」」」
そして今も布教を続けるのは防寒服を着たイナバ。
瞳はキラキラと輝き、そこに悪意の欠片など無く。ただ己の使命を全うする信者がいた。
「おはようベガちゃん」
「そ、その声は!」
大げさに振り返るベガにメルはドヤ顔を見せる。
その後に続く様にシフォン、レオジーナ、スコットも顔を出す。
「一体どういうつもりじゃ?!」
「ベガちゃんのやったことをそのままやっただけだよ」
「?!」
先ほども言ったようにメーテル教は宗教ではないのだ。
正しくするならばそれはアイドル活動。
宗教は人の救いを目的にするのに対して、メーテル教は“メルの応援”を目的としている。
「スレインさんたちの行動を見て思いました。彼らはただ単に私を応援しているだけなのだと、つまりその応援する対象をベガちゃんに変えただけなのです!」
「我を応援しているだと?」
チラリと横目でその様子を見るが――。
「どう見ても応援しているようには見えぬではないか!!」
「……」
いささかメルもやり過ぎたと思っている。
だが、信者を募集するにはこの方法しかなかったのも事実であるしメルとしても押し付けたかった。
ベガに対してのイメージは冷酷な指導者。
故に。
「ハアハア!罵ってください!ベガ様!」
こう言う輩しかいなかったのである。
近づく男にパシンと扇で頬を叩くベガだが男には効いていない。
それどころかゾンビの様に集まってくる始末。
「こ、こうなったら……」
冷や汗をかくベガは逃げる様に〈転移召喚〉をして演説台へと登る。
一見にして立場は逆転した。けれども未だに諦めないベガは――。
「メルは寝るときにお気に入りの人形を持って寝る!」
「「「?!」」」
「は?」
意味が分からないメルは呆然とする。
意味のない言葉であり、それはこの場で言わなくてもいいこと。
しかし。
「え?メル様かわいい……」
「これこそ俺たちが思い描いたメル様だ……」
男たちの好感度は急上昇する。
その結果。
「えっと、どういうことでしょうか?」
「信者の押し付け合いだよ。可愛い方に応援したくなるのは男の性、だからベガちゃんはメルちゃんの可愛いところを言っているんだよ」
「ええ……」
遠くで見守るシフォンとスコット。
それでベガはメルの可愛らしいところを民衆に広める。
事実アイドルというのは可愛いが正義である。
だからベガのこの対処法は間違いではない。
けれども。
「ベ、ベガちゃんだって!パジャマじゃないと寝むれないでしょ!」
「「「?!」」」
「むっ」
簡単真似されるのは必然だった。
そして、普段和服しか着ないベガがパジャマを着ている。
ざわざわ。
「や、やってくれる!」
「ベガちゃんだって!」
互いににらみ合い、指をさしながら――
互いをほめる。
白熱するバトルは互いのいいところをどれくらい言えるかという勝負。
だがそれは異様な物。
「メルは我のことをお母さんと言っておったぞ!」
「ベ、ベガちゃんだって酒に酔った時、ふ、服がはだけていましたよ!」
「一人で眠れないときなど、枕を持って潤んだ瞳で我を見ていただろう!」
「そう言いつつも大丈夫だよって慰めてくれたベガちゃんは大人の女性でしたよ?!」
お互いを罵っているわけではない。
どちらかというと仲良く喧嘩しているように見えた。
ベガとメルは本気でお互いのいいところ、可愛いところを言い合っているのだ。
目的は信者の押し付け合いであるのだが、傍から見た彼らは――。
(((女の子同士がイチャイチャしている――
――なんて素晴らしいのだ!)))
と考える。
「えっと……」
「まあ、このままでいいんじゃないかかな?」
困惑するスコットに対してシフォンは百合が生まれる瞬間を見た。
しばらく投稿できません。
ある程度溜まったら投稿するつもりです。




