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勇者と兎

イナバのキャラが腐りそうで怖いです。

「ならばこそ!私が焔竜を倒して見せましょう!」


 白銀の――よく磨かれた鎧を身に着け、腰にある剣を抜く少女は金髪で整った顔をした少女であった。

 スポットライトやマイクなどの舞台器具が存在しないこの世界でもその少女の声は遠くまで届き、太陽の光がまるで証明のように少女を照らしそれはまるで舞台の上に立っているかのような錯覚を起こさせる。

 観客席らしき場所で一人の騎士、スコットが許可を出す。


「これで第一場面は終わりです。お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした」」」

「ありがとうございます。では休憩を挟んでから次の場面に移りましょうか」


 恰好を付けていた少女はその恰好を解き、一先ずの休息を求める。

 早朝の――現代でいうサラリーマンが出勤して働くころの時間帯。

 爽やかな風と照り付ける、と言うよりも肌を温める日の光が心地よくなる今日この頃の天気は兜をぬぐ少女に解放感を与える。

 長い金髪は汗――滴を纏った綺麗なもので青春の汗という一番きれいな汗を流していた。


「ふぅ~」

「お疲れ様です。メル監督」


 ガチャガチャと鎧の音を立てるメルに水を持ってくるのはイナバ。

 コップに注がれたそれはただの水であるが、それでも軽い運動の後の水は至福の一杯となり――


「ぷはああ」


 体の隅々に水はいきわたる。


「それで、次の場面ですが――」

「待って」


 そういってイナバの言葉を止めるメルは何かを確認するように言葉を紡ぐ。


「これってどこかで聞いたことがある物語じゃない?」

「そうですか?内容は「内乱に巻き込まれた英雄姫ルーメンが困っているハーフエルフたちのため、焔竜を倒すと言う物語」……」


 はぁと大きなため息をついたメル。

 諦めたように達観するように。


「私ですよね?」

「そうですよ」


 答えるイナバは今さら気づいたメルに肯定する。

 台本にはちゃんと“脚本家ベガ”と書いてあった。

 慌てるのはメル。


「ど、どうしてこんなことに――」

「仕方ないですよ。げんに誰も聞いたことない英雄譚であり、物語としての面白みもあります。それに本人が演じるわけですしね」

「で、ですが……」

「それにもう、宣伝はしてありますよ」


 突然現れ、メルとイナバの話に入るのはシュタイヤ。

 エルフの伝統服――衣装に着替えているシュタイヤは普段服とさして変わりないものであるがそれでも似合っており、ハーフエルフのイメージと合致していた。


「宣伝はしてあるって、まさか!」

「焔竜の鱗を配っていましたよね?どこまで仕組まれたことか知りませんが、兵士たちは興味を持っていましたよ?」


 真偽はともかくとして、鱗のお陰で認知度や興味がわいたのは確かだった。

 そして――


「くそ、どうしてこんなことを……」

「疲れたぞ……」

「普段の勤務よりきつい……」


 彼らはフランシスたちと衝突していた兵士たちだ。

 メルは罰という理由で招集し馬車馬のようにこき使っていた。




 (なぜベガ様はあの者を評価しているのでしょうか?)


 それは心の中で呟かれた一言で、白い和服を身にまとうイナバが思うことだ。

 今日の練習は終わり、舞台の小道具などはほぼ完成。

 とは言ってもそれは鎧や防具などを貸してもらうだけであるので、そんなに時間のかからないものだ。


「お疲れ様です。イナバさん」

「お疲れ様です。メル様」


 イナバも劇で役をもらっている。

 それはイナバが最も尊敬し謙遜するベガの役だ。

 当初はイナバも断ろうとしていたのだが、それでも主人の命令である“可能な限りメルを助けよ”という命令により今も畏れ多くこの役をやっている。


「それではまた明日ね!」


 そう言ってこの場を去るメルに黒い嫉妬の瞳を向けようとしたイナバは――


「どうしたの?」

「ひいいいいいいいい」


 向ける暇もなく、怯えた。

 足を震わせ、瞳のうるんだ姿は怯える兎。

 それに対してメルは普通に接しようとしただけであったのだが、今のイナバにとってメルは肉食獣に見えた。

 それはただの幻覚に過ぎないものだが、思い込みの激しいイナバにとってその幻は現実のように恐ろしく感じ結果。


「うわあああああ」

「ええ~?」


 イナバは逃げる様にメルのもとを去っていった。




 普段イナバは視線を下げ、できるだけ剣を見ないように生活をしていた。

 それは極度な刃物恐怖症に耐えるための知恵であり、それをしなければ日常生活に支障をきたすから。ベガが近くにいればその症状は抑え込まれるが今は違う。


「きゃあああああああ!」

「な、なんだ?」


 走るイナバは脱兎のごとく。

 視界の端に映る衛兵を見ながらイナバは一目散に逃げていった。

 そして――


 バタン。


「どうしたのじゃ?」

「ベ、ベガ様~!」


 無意識の内に執務室へとたどり着いたイナバはベガに飛び込むように抱擁を求めた。

ここは執務室であり、今も仕事中であったベガ。

 だが、イナバの姿を一目見た時にその瞳から涙を流れていたのが見えていたので椅子を引きイナバの抱擁を受け止める準備はしていた。


 むぎゅ~。


「うわああああん」

「よし、よし。よく頑張ったぞ」


 それはまるで子供をあやす母と子のようであった。



イナバはメルのすごさに気付いておりません。

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