勇気ある者たち
遅くなりました……固まっているのですが盛り上がりがないです。
わんわんと泣いていたイナバは一先ずの落ち着きを取り戻した。
それはベガがそばにいる安心感がそうさせ、冷静になれたから。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
ハンカチを貸すベガはイナバの涙を拭く。
泣き止むまで時間が数刻とすぎ、抱き着いたままの姿勢から部下と上司の距離へと離れる。
扇子を広げ、部下の報告を待つベガと緊張しながらも上司の前に立つイナバ。
「それで?わかったかのぅ」
何とか泣き止んだイナバは赤く充血した目をしっかりとベガに向けていた。
彼女らの関係は母と子のようであるが、今のこの状況だと部下とその上司なのだ。
ベガが聞いた“分かった”とはつまり――
「メル様を……そこまで重要視する理由が分かりません」
「かかか」
以前から疑問に思っていたことを素直に話すイナバ。
それは嫉妬の混ざった感情的なものであった。
笑いながら答えるベガは――
「じゃがな、メルは砦の管理者じゃ。まして騎士団に対しての直接命令権も――」
「そ、そういうことではなくて……」
「なに、ちょっとした意地悪じゃよ」
クスクスと笑うベガは机に頬杖をつき、イナバをからかう。
対してイナバは緊張した趣で聞いていたのだが、ベガに肯定されることで安堵の表情を見せる。
「確かにじゃ。メルでなくても砦の管理はできるし騎士団に対して効果的に指揮する人物がおる」
具体例を挙げるなら、ヴァリエルとシフォン。
この二人以外にもメルよりも適任なものは多くいるだろう。
それはメルがただの小娘であり、政治と戦争に無関係であった、ただの経験不足からくる理由。
確かにメルに対してイナバの評価は理解できる。
それは正しく、メルは代価の効く存在だとイナバが認識しているからであり、ベガの作戦により運よく焔竜を倒した存在だと思っているからだ。
それに肯定するイナバは首を縦に振り納得しようとしたが――
パシン。
「だがな、やはり砦の管理者はメルでなくてはならないんじゃよ」
「え?」
笑うベガは扇子を閉じた。
それは意地悪が成功した子供のような笑みで驚くイナバを面白がる笑みだ。
イナバにとってメルを否定する理由はこれだけであり、それで十分だと思っていた。
だがそれは明確に否定される。
どんなに素晴らしい作戦や砦の管理が出来てもやはり、メルでなくてはならない。
そうベガは考えているのだ。
「ときにイナバよ。勇者と勇気ある者は同じか?」
「え?同じだと思いますけど……」
「その違いが分からぬのであれば、分からんじゃろうな」
「……」
言っている意味が分からないのはイナバ。
沈黙がイナバを思考させる。
それは一生懸命ベガの言っていることを理解しようとしている証であり、それだけイナバが真面目である証だ。
イナバは確かにその言葉を理解できていない。だが馬鹿ではないイナバは未だにメルのことを分かっていないだけだ。
しばらく考えるイナバに対して答えが出ないと思ったベガは――。
「結果が伴い勇者となる。それも考え方の一つじゃが――「ベガ様」」
そして運悪く休憩の時間が終わる。
書類を持ってきたのは書記官をしている貴族で時間を守る厳格主義な男だ。
真面目に整えられた髪と手に持っている書類は休息の終了を暗に伝えた。
手をひらひらと振るベガはイナバに退出を促す。
「明日我らが出るのは知っておるな?」
「は、はい」
「ならば、帰ってきたときにその答えを聞くとしようかのぅ」
「……分かりました」
そそくさと退出するイナバは一礼する。
バタン。
執務室の大きな扉が重く締まる音がイナバに別れを告げていた。
「集まったようだな」
暗がりに集まるのは複数体の影。
月光が遮られた森の影で密談するように、何かを企む彼らは隠密の特殊部隊と言えばいいだろうか。
草むらに沈黙を保つ体が一つ、転がっていた。
「……できるだけ騒ぎは起こしてほしくないのだがな」
「何、明日には実行されること。見つけたとしても意味はないだろう?」
肩を竦める影に対してもう一つの影がため息をつく様に反応する。
「これは重大な作戦なのだぞ。少しでも失敗する確率を上げるのは――「はいはい、分かっていますよ」……」
不真面目な返答はここにいる彼らの神経を逆なでるに等しい行為であった。
それはこれから始まる任務がこの戦争の行く末を決めるに等しいからであり、彼らの名誉と尊厳にかけ て失敗は許されない――そんな重要な任務だからだ。
だが。
「……分かっているならそれでいい」
リーダーの彼はそんな一言を残し、影たちは散っていった。
魔王を倒したから勇者と呼ばれる人もいますけど、メルはそれとは違う形の勇者です。




