砦の管理者
遅くなってすいません。
そんなこんなで、舞台についての打ち合わせの終えたメルは丁度昼飯時の時間になる。
少しずれた時間帯になったが、囲んで食事をするのは劇団員であるフランシスたちだ。久しぶりの外での食事は彼らの心に潤いと安らぎを与え、平和を堪能するが――
「おっと!」
「っ!」
それはつかの間である。
お椀に注いでいた汁物が零れ、兵士に汁がかかる。
元王国軍である彼に非はない。だが、ケンカを売るのは兵士の三人。
「服が汚れちまっただろう?!どうしてくれるんだぁ」
「す、すいません」
監獄内では一種の上下関係があった。それは人が勝手に作ったものであるが、分けると三つ。メルたち反乱軍と助けられた元囚人である彼ら、そしてフランシスたちの元王国軍の囚人たちだ。
「囚人が何でこんなところにいるんだ?」
彼らの目的は憂さ晴らしであり、暇をつぶす遊びだ。普通であれば仲裁に来るものがいるが、それは一種の娯楽であったため止める者はいなかった。
「すいません、彼らが何かしましたか?」
「ああん、誰だ、お嬢ちゃん?」
仲裁するのは勿論メルだ。
庇う様に手を広げけん制する。身長は低く兵たちを見上げる形になるが、怯えている様子はない。ただ、やはりメルは小さなお嬢様であり彼女のことを知らないものが多くいた。
そして残念なことにメルの見た目は良いので――
「誰だか知らないが、えらく上玉だな……」
「へへ、丁度いい」
鬱憤の溜まった兵士たちは例え俗に言うロリコンでなくても見境がなかった。たじろぐメルはフランシスたちを庇いながら冷や汗を流す。
そして舌なめずりをする男が一歩メルに近づいた瞬間だった。
怨。
兵士の後ろからピタリと首元に扇子が添えられる。
それと同時に感じるのは圧倒的上位者から感じる殺気――だった。
「なんじゃ?お主はメルを犯したいのか?」
「う、ぐ、あ!……」
「返事をせい、返事を」
後ろに立つベガは暗闇に立っているようだった。
否、ギラリと光る瞳と三日月のように笑みを浮かべる口元だけしか確認できない。
周りの景色が暗闇に包み込まれたように錯覚する。
「ず、ずいまぜん……!」
「すいません。で、済む問題かのぅ」
誰も動くことが出来なかった。それは圧倒的恐怖と殺気によって。
たった一人の少女に支配される食堂は震える兵士たちの音と死者の怨嗟の声が木霊しているようだった。
「信賞必罰は世の常じゃ。上官に対して無礼は罪に値するぞ?」
「ひいいいいいいい!」
一番怯えているのは首元に扇子を添えられた兵士だ。
黒い霧を纏ったベガはその扇子を振り上げ、兵士の首を斬る所作をする。
だがそれは間違いなく死を予感させるもので、誰もが動けない中、ベガを止められるのはただ一人の少女。
「やりすぎだよ、ベガちゃん」
ピタリと止まる。
その言葉で静止する扇子は宝石によって飾られた綺麗で高価な物だった。
先ほどまでは凶悪な凶器に見えていたそれは変わって違う印象を受ける。
「怖がらせちゃだめだよ?」
「かかか、理解しておるよ」
死を纏った扇子はメルの瞳と言葉によって止まった。
それと同時に漂っていた死の気配と怨嗟の声もまるで、何もなかったかのように普通に戻る。
後に残るのは若干の緊張と汗を含めた空気だ。
「でも、そのおかげで事態は収まったじゃろう?」
「そういう問題じゃないよ……。ベガちゃんは怖がられているんだよ?」
「ならばこそじゃよ」
パシ。
そういって扇子を広げたベガは食堂の出入り口に立つ。
転移術によって一足でこの場を去るベガはメルたちに背を向けたままヒラヒラと手を振る。
苦笑するメルは何とか場を纏める。
「すいません、皆さん。私の参謀が失礼しました」
「さ、参謀?」
「はい、普段は優しくてよく笑う子なんですが……」
と言っても誰も信じる者はいない。ただ兵士たちに注目されるのはメルだ。
それはベガという恐ろしい少女を止めることができ、かつ彼女が上官であると言う言葉を受けての疑問。
「失礼ですが、あなたは?」
「メーテル・ラ・シュレインゴールです。一応この監獄の所有者となっています」
挨拶をするメルはドレスの裾を少し上げ、貴族然とした態度で彼らに接する。
臨
と鳴るような振る舞いをするメルの背後に白い背景が広がるような気がした。誰もがメルの美しさに見褒めると共にその清浄な振る舞いに神秘性を感じる。
「私は直接戦闘をするわけではありません。ですが、少しでも皆さんへの負担が無くなるように努力しています」
「は、はあ」
気圧されるのは彼らで一先ずの平和を堪能するのであった。
「ふう~」
仕事が終わりメルは執務室で体を伸ばす。
昼食の後も舞台についての準備や作業でてんやわんやしたメルは適度な疲労を感じながらも、午後には書類に目を通していた。
メルは砦の管理人であり、運営をするものだ。予算の申請や人員についての書類仕事はメルに回されるわけであるが――
バタン。
「……お疲れ様です。ヴァリエルさん」
「メル様もだいぶお疲れのようですね」
だらしない姿を見せてしまったメルは顔を赤くする。
伸びをしているところをうっかり見られてしまったメルはそのまま咳払いを一つし、用件を伺う。
「どうしましたか?」
「これが最後の書類となります。即急に目を通してほしい案件とのことで」
それは二枚の紙で企画書だ。
完結に内容を伝えるそれは読む人を考えた上で作られたもので、簡単に読み終えたメルは企画者に目を丸くする。
「これってベガちゃんの?」
「そのようですね」
内容は数人の商人を監獄に招くことと東方視察に関するものだった。
商人の勧誘は不足した物資を補う目的で、東方視察は次に攻める都市を見るためだ。それに伴い騎士団とシフォンに護衛の許可を求める内容。
「……普通ですね」
「メル様ほど突拍子もないことを考えるのですか?」
「そ、そんなに突拍子もないことですか?!」
自覚がないメルであるが、内戦の最中に劇団を作るというのはまともなことではない。その点ベガの企画書は何ら変なところはなく、普通の出来であった。
パンと印を押す。
「……いいのですか?」
「何がですか?」
迷いなく騎士団を貸すメルにヴァリエルは驚く。
確かに内容は納得できるものであったが、騎士団を貸すと言う内容にそれなりの躊躇があるものだ。
それは自分を守る剣と盾を失うのと同様のことで、ましてや家族のように接してきた彼らを危険にさらすと言うこと。
それでも許可を出したメルは単純で――
「ベガちゃんなら上手くやってくれますよ」
ただベガを信じているからであった。
だいたい固まりました。




