恨みの連鎖
簡単に書きたかったけど無理でした。
監獄の、いやこの世界の朝は早い。
それは鶏の鳴き声から始まると言う、何ともべたなことではあるのだが、食料として飼われている鶏は遠慮なく鳴くのだ。それは最後の叫びかそれとも新しい日の出に対する感謝なのか分からないが鳴くのだ。
陽の光と爽やかな森の風が監獄の隙間を抜け、重要な――会議室前にいる二人の衛兵の頬と目を擽る。
「暇だな~」
「軍属である以上どうしようもないだろう?」
二人は捕虜だ。
とは言ってもそれは元が付く。
今まさに、会議室には重役たちが集まっているのであるが、彼らにとってそれは今日の朝食の次に大事なこと。
生きる世界が違うのだと達観するのかそれに仕える名誉を思うのかは人それぞれ。
いや、戦時中の今は生きることに精一杯なだけだ。
「それよりも聞いたか?」
「聞いたかって何をだよ?」
「この監獄を落した騎士団の話さ」
勤務態度としては如何なものかと疑問を持つ。
だが、彼らがそうまで安心するくらいにこの監獄が固いと言う事実でもあった。
暇つぶし、もとい世間話をするのは彼ら。
「なんでも、地竜やワイバーンを使う特殊な騎士団でハーフエルフを入れた混成部隊。そしてその指揮官をしている人物は空中で焔竜と一騎打ちをしたらしい」
「焔竜と一騎打ち?おいおい、さすがにそれは冗談だろ?焔竜って言うと建国紀に出てくる有名な魔物じゃねぇか。それを一人で倒すと言うのは流石に無理があるだろう」
衛兵たちもそれは一種のプロパガンダだと思っている。
それはそれほどまでに偉業であり、ありえないものだからだ。
士気を上げる為にこういった噂は酒と共に流れる。
「英雄姫だっけ?二つ名を持つってことはそれに相応しいだけの戦果は挙げたのは確かだろうけど、いくら何でも“盛りすぎ”だろう」
「うむ、確かに少し盛りすぎた気がするわ。だが、ワイバーンに乗って焔竜と戦ったと言うのは本当じゃよ?」
「「え?」」
自分のひざ元から聞こえる声に驚くのは衛兵たち。
それはその声が場違いな――いや、この監獄にいるはずがない者からの声だからだ。
慌てて、声の主を見る彼らはソプラノの声を奏でる少女を見る。
一人は扇を持ち、もう一人はその少女の後ろに立つように困惑しながら、今の状況を見守っていた。
「建国紀のように一対一で倒すことが出来ればよかったんじゃが、そう上手くはいかんわ。まあでも、その方が信憑性もあるし、結果よしと言ったところじゃろう」
衛兵たちはその言葉の意味を理解しきれなかった。いや、少女の言葉を信じることが出来なかっただけだが。
それにしてもこの焔竜を倒したかのような口ぶりは彼らに衝撃を与えた。
「チップの代わりじゃ。取りあえずその扉を開けてくれ」
コインのように弾くのは一枚の――真っ赤な鱗だ。
受け取った衛兵はそれを見て固まり、もう一人はその言葉に反応して扉を開ける。
固まる同僚を心配しながらも同僚の分まで仕事をこなすのは、貴族の言葉に反射的に従う半場、奴隷根性的なものが理由だ。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
それを加味しても彼女たちの言葉に従うカリスマを見たのも事実。
人形のように言葉に従う衛兵であったが――
「待ってください」
固まっていた一人が立ち直り、しっかりと言葉を紡ぐ。
それは先ほどの勤務態度とは違い、英雄に従う一人の従者のようであった。
その瞳はドレスを着た少女に向いており、真剣に見ているのが分かる。
「名前を――教えてはくれませんか?」
「メーテル・ラ・シュレインゴールと」
「メルの参謀兼懐刀のベガじゃよ」
会議室に集まるのは二人の少女と七人の大人たち。
少し遅れたベガとメルだが――
「おはようございます。メル様、ベガ様」
重役出勤を許された二人はそのまま席に着く。
とは言え、一応遅れた理由を話すのはメルだ。
「すいません。士気を上げるのに手間取りました……」
「いえ、それも立派な仕事ですので責める者はいませんよ」
レオジーナは笑みを浮かべながら答える。
メルとベガは散歩、もとい焔竜の鱗を配っていたのだ。
それは先ほど話していた噂の信憑性を上げると同時に焔竜の鱗を給金として、ボーナスとして出すと言う意味もあった。
カリスマ性を上げるためのちょっとした小細工だが、その効果はてきめんだ。
安心して立ち上がるのはメル。
「今日皆さんに集まっていただいたのは最後の確認の為です」
「照らし合わせじゃ。商人の護衛に対して冒険者の人数は足りておるか?」
「はい、荷馬車一台に対して冒険者のパーティーを一つ着けています」
「監獄の修理に関して必要な材料はそろっているのでしょうか?」
「メル様、それに関しては貴族と商人の内で夜に話し合っております」
監獄を出て、グッテンバルグに向かうのはヴァリエルとクゼン。
監獄に残るオリエスタは雑事と倉庫内の整理に従事することとなった。
レオジーナやスレイン、シフォンも次の作戦に向けてこの監獄に残る。
それともう一人、元王国軍のフランシスもだ。
「私たちの仕事は何でしょうか?」
「……」
監獄にいる元王国兵は現在、約五百人。
勿論彼らの武器は取り上げられているが、それでも数の脅威はある。
しばらく考え、答える。
「元王国の皆様には貴族の皆様と共に倉庫内の整理を手伝ってもらいます。主な仕事は力仕事と言ったところです」
沈黙が続く。
そこに一石投じるのは代弁するベガである。
「……メルよ。軋轢はどうする」
それは監獄に捕らわれた者、元捕虜を考慮して尋ねたベガの一言だ。
私情的には反対したいクゼンやヴァリエルたち。
「仲良くしましょうね。では無理ですか?」
「無理ですね。メル様」
心情を代弁するように答えるのはオリエスタだった。
メルたちは監獄でどういった仕打ちをされていたのか分からない故に、彼らの心情を理解することが出来なかった。
それに――
「捕虜を取るのであれば、食費などの生きる上での費用というものがかかります。そう言った費用削減のためにも彼らは殺すべきだと思います」
「冒険者代表、クゼンもその意見に賛成です」
賛同するものも多数いる。
戦時中において捕虜の扱いは困難を極めることものだ。それは怨念の連鎖を断ち切るに等しい行為であり、相手を許す余裕がないと出来ないことだ。
「で、ですが、人手不足の問題もあります。それに簡単に捕虜を殺すとなると投降の呼びかけに答える確率が低くなります」
「メル様、確かにそう言った面での利点と言うものがあります。しかしことはそう単純なものではなく――「パシン」」
轟く音は扇子を閉じる音。
発信源に注目するのは動物的本能と彼らが冷静さを失っていたため。
異音に驚く彼らに意見を言うのはベガだ。
「熱くなりすぎじゃよ。期間を設けて、取りあえず百人ほど働かせてみてはどうじゃ?」
「働かせるとはつまり、彼らを許すと言うことですか?」
答えるオリエスタの目には剣吞な雰囲気を感じる。
いやいやと首を振るベガはおどける様に口元を扇子で隠す。
「あくまで代案に過ぎぬ提案じゃよ。双方の意見をくみ取った上での案、食料も10日か程であればそこまで深刻に考えることもないじゃろう?」
「ですが――」
「ならば命令しよう。『私情を捨てよ』と」
彼らが反対する理由の大半は心情的なものだ。
王国軍によって家族を奪われたものが多くいる中、そう言った感情を抱く理由は納得できる話し。
それでも軍属である彼らは上官の命令に従わなくてはならなかった。
「……フランシスさんもこの提案について異論はないですか?」
「私たちの方も……異論はありません」
人権のないこの世界で捕虜の待遇というのは過酷を極めるもので彼らの言った皆殺しなどよくあることだ。
そのことを知っているフランシスはこういった待遇でも温情的な判断であるのは理解できた。そしてそれ以上を望めないこともよく知っていた。
「すいません。私たちの方もあまり時間はありません。なので、これにて会議は終わりとさせてもらいます」
その言葉で会議は締めくくられた。
解決策はあるのですが、メルたちが忙しすぎる。




