英雄たる資格
英雄になるにはどうすればよいのでしょうか?
そのことを今回は書きました。
結局メルは倉庫の手伝いをした後、商人のたち……ヴァリエルたちの手伝いやクゼン……冒険者たちの手伝いをしていた。
商人たちの手伝いは帳簿の記入や荷物運び、事務的な報告と品物の注文などなど。
冒険者たちに対しては魔物の剥ぎ取りや怪我の治療、防具の点検や武器の手入れなどを手伝った。
つまるところメルは今日一日、砦での雑務をずっとこなしてきたのだ。
これも全てベガ手配したことであるのだが、目的はメルの強さを見つけることである。
一日を無駄にした気分でメルは寝室に――個室に戻った。
「お疲れ様です。メル様」
「あ、ありがとうございます」
イナバがメルの前に立つ。
一従者としての立場でメルに接しており、イナバの態度から感じられるのは敬いとメルを労わる気持ちのみ。
逆に疲れたメルにそう言った気持は無く、疲れて茫然とイナバに答えていた。
四肢を投げだし、横になるメルにイナバは注意することも無く立ったまま疑問を聞く。
「……英雄の資格って……何でしょうか?」
「……」
イナバは答えない。それは答えることが簡単に出来ない問いだからだ。
今まで担がれてメルは英雄姫になった。
偶然、焔竜を倒せたから。
偶然にも砦を防衛することが出来、クロルセンを陥落させたから。
偶然に――ベガの暴走を止めることが出来たのだから。
「偶然が積み重なって英雄と呼ばれるのでしたら、それこそ英雄とは――ただの運が良い人……です」
確かに英雄たり得る者には運という要素が必要である。
しかし、それだけで英雄と呼ばれることはない。
そこには必ず奇跡を起こせる“力”があるのだ。
「英雄であれば奇跡を起こせと、ベガちゃんに言われました。自分の英雄像が見えたからこそ私に英雄たる資格があるのか――」
メルの英雄像は皆と共に歩み夢を実現する者だ。
この英雄像に関して否定も肯定もしないが事実、夢を実現させるための力が必要なのは言うまでもないこと。
夢であるからこそ、人々が簡単に手に入らないものであり困難なものなのだから求めなければならない。
「だから、力が……必要なんです。奇跡を必然に出来るほどの力が」
「……」
イナバもメルの気持ちは痛いほど理解している。
イナバとて力に渇望したことがあるからだ。
力を求めた理由は違うが、強くなりたいと願ったのは間違いない。
剣を振ったりもした。魔法を覚えようとした。
けれどもそれは、イナバにとって。
いや、メルにとっても圧倒的に不得意なことだ。
「メル様は……人を殺せることが“強さ”だと思っていませんか?」
「……」
「殺すだけでしたら、この砦にいる兵士ならば誰だってできます。ならば人を沢山殺すことが真の強さでしょうか?」
否である。
「もう一度考え直してみて下さい。メル様にとって強さとは? 英雄たる資格とは何なのか?」
踵を返して部屋を後にしようとしていたイナバ。
ゆっくりとした動きでドアに手をかけ――。
「どうして……ベガ様は英雄ではないのか」
「……」
ベガは自分のことを英雄だと思ったことも言ったこともない。
正しく英雄に相応しくないことを成れないことを知っているからだった。
「お休み下さい」
イナバはメルの寝室を後にした。
建付け悪い扉がゆっくりと静かに瞼を閉じるように――眠った。
記憶の奥にあった風景。
それは彼女にとっては数ヶ月前のことで、彼らにとっては数百年も昔の話だ。
珍妙な――それこそ場違いな少女に誰も彼もが困惑をする。
ここは今も戦場であり一瞬の油断すらも死を招く場所である。血が川を作り動かなくなった体は土へと変える。
無常を映すは銀に光る剣、愛を唱えるのは胸の奥にしまったペンダント。
突き刺さったままの旗は揺るがぬ意志のごとくそびえ立つ。
「ここは何処じゃ?」
少女は何故呼ばれたかも、何故ここにいるのかも分からない。
偶然にも割って入るように立っている少女に背後の青年――リニエスタ王が尋ねた。
あ、あなたは?
「うん? なんだ? 言葉が分からぬ」
それは丁度、電波の悪い電話で話している状態に近い。
声は聞こえるが何を言っているのか分からない。
戦場の沈黙が少女を注目していると伝えた。
異形を前に……悪魔の王をしても動じぬ少女は。
「分からぬ。お主たちが何者でここが何時なのかも分からぬ。が、ともあれ――」
運がなかったと言えばそれまで、少女の立ち位置は丁度、悪魔の王とリニエスタの間であったのだ。
膝をつくリニエスタと止めを刺そうとしていた悪魔の王。
割って入った少女はリニエスタを庇ったように見えた。
それは宿敵との戦いを邪魔する無礼者。対して少年は名も知らぬ少女に助けられたもの。
ただそこにいただけなのに、ただそこに意志も無くいただけなのに。
少女は巻き込まれるわけだが。
悪魔の王が剣を振り下ろす――。
ガキン!!
少女の影――旗を持つ女騎士の影が間に入りギロリと睨む。
「くひひひ、お主らの選択はなった訳じゃな?」
ベガは影から笑いパチンと扇子が閉じられた。
その音を合図に一方的な虐殺が始まった。
彼女は夢を見ていた。
遥か祖先が戦った絶望の事。たった一人戦場を変えた彼女のことを。
言い聞かされた。記憶にへばりつくように、屈辱を晴らすようにその力、絶望までも鮮明に言い聞かされた。
俯瞰して戦場を見る彼女、夢の中でありここは幻想の中だと知っているがそこにあるのは現実と錯覚してしまうほどの夢幻。
想像に想像を重ねた夢の主役は今や鮮明に映り少女を描く。
パチリと目が開く。
「ふふ……ふふふ」
子どものころは曖昧と想像するしかなかった。
事実百聞でしかないので、結局のところは想像に頼るしかなかったからだ。
屈強な男であったのだろうか。
それとも鋭い瞳を持つ女騎士であったのだろうか。
いや――異国の服を着た幼い少女であった。
「どうなるのでしょうか? わたくしは?」
言い伝えでは旗を持つ女騎士を召喚すると。
別の話では異国の戦士――侍を召喚すると。
死者と精霊を操るとも言われ、その力は――奇跡と例えられるほどであった。
「奇跡や絶望なんて……うふふ、立場によって変わると言うのに」
建国紀では奇跡、別の話では絶望。
彼女……アイネは正しく絶望と受け取っているのだが。
「絶望無くして、奇跡は起きない。奇跡無くして英雄は起たない」
……つまり絶望無くして英雄、生まれず。
アイネが絶望を羨望するのは単に彼女が……自身が英雄だと疑わないから。
加えてその絶望に打ち勝てると言う圧倒的――根拠もない自信があるからだ。
「どんなに大きな絶望も奇跡の前では無意味。絶望が深ければ深いほど奇跡は――英雄は輝くのです」
パサリと毛布を巻き、裸体を隠す。
朝の光がシンシンとアイネを照らす。いつもと変わらぬ朝に感謝を抱いて、貧しくなった王都の街を見た。
「この力――奇跡を持って、英雄譚を歩みましょう」
アイネの背中には天使の羽……それに似たものが生えていた。
アイネは自分に忠実な女性です。
お気に入りのキャラです。




