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華甲二年の再会  作者: 有嶺 哲史
第二章 秋から冬
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第32話 弓美子の逃亡

 一月中旬、初めて弓美子から比良野宛に手紙が来た。

外国の知らない街から送って来たものだった。

手書きの文字は昔OL時代の、見覚えがあったエキセントリックな感じのクセのある字であった。

 内容は、謝罪、怪しい連中との関係、彼女が今回のことに巻き込まれたのは不本意だったこと。

そして比良野に対して行った秘術の内容と影響、使用した薬物と暗示についてであった。

身内だった怪しい連中に今や追われるようになったので、遠い国に逃亡し二度と戻らない、ということだった。

 そして比良野への恨み言とともに古そうな手記が同封されていた。

若かったあの頃比良野も弓美子への想いを持っていた。

だが彼女の心の内を想像できなかったし彼女の性格も本当のところは知らない。

自分との相性も今となっては分からない。

それでも四十年前のことだが自分に想いを寄せてくれていた心を想像以上に深く傷つけていたのは間違いない。

どうすればいいのか。

気付いた時既に弓美子は遠くに去り比良野は既に長い人生の時間を失っていた。

どうしようもないことに思い至った時、突然重く深い悲しみが心の底から湧き出てたちまち心全体を覆ってしまった。

深い喪失感の中でこの四十年積み重ねた人生の重みは昔の心の傷をその思い出とともに再び閉じようとしていた。

だが心は整理できていない。

心の傷を何もせず再びそのまま閉じたくない。

しかし生き生きとした感情の風化は進み、今から解決する心的エネルギーもない。

あとには焦燥と虚しさばかりが残っていて、解決することなく固まりそれを死ぬまで持ち続けるしかないのだろうと思った。



 有嶺がしばらくして落ち着いた頃、疑問が浮かんできた。

オジキたちは大金を投じてコンピュータやビデオ編集機材を購入し苦労して偽動画を作った。

それは見事に作り上げられたが、しかしそもそもそんなことをする必要が有ったのだろうか。

記者会見場で、〝今日はスチール写真だけお見せするが裁判のときに証拠動画を提出する〟と言っておけばよかった。

どうせ裁判はしないのだから本当に作らなくてもいい。

記者会見では比良野がぶったおれている衝撃的写真、さらに比良野が裸の美人ナースにおっ被さっている写真があればよかった。

衝撃的情景があれば記事にならなくても噂が広まったはずだ。

一方反証すべき有嶺には全てを撮影した編集される前の動画が必要だった。

有嶺の動画撮影が妨害され病院のカメラの動画記録媒体も抜き盗られた時、彼らがスチール写真しか撮っていなかったとしたら有嶺は反証材料が無くなり万事休すだった。

彼らが面倒な動画編集にのめりこみ、時間を掛けてやっと完成したとき美矢子がこっそり未編集の動画ファイルをコピーして盗むことが出来た。

そもそも彼らは複雑なことをせず弓美子が体を見せた後美人ナースによる誘惑に全力を注ぐ、というのが最上策だったのではないか。


 思えば九月初めの美矢子との再会に始まり半年で決着した。

敵は敗北した。

対立候補の仲間の多くは遠くの私大病院に移っていった。

こども理事長を退任させたとき、餞別に大量のお菓子と漫画を渡せば少年は大喜びで帰っていった。

オジキは世間に正体を知られ、厳重警戒されている。有嶺の前に再び出て来ないと思った。

これから比良野が院長として本領発揮する時代が始まる。

挨拶回りに行った先では最後の逆転を知らず、布沢ではないことに驚く所が多かった。

比良野は病院内の不正をただし、最新の情報管理システムの構築に着手した。

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