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華甲二年の再会  作者: 有嶺 哲史
第二章 秋から冬
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第31話 山姥と銃弾

 一月上旬、冬なのに変に暖かい夜だった。

全てが片付いたと思われたので有嶺は若かったころのくわしい背景を話そうと篤子に持ち掛けた。

いつになく明るい女医は、今宵は気持ちいいから病院の庭を散歩しながらお話ししましょうと言った。

比良野に隠れて会うようで誤解される、というと彼女は比良野に電話した。

電話は長かったが結局了解が取れた。


 風のない月夜だった。

病院の広大な庭には誰もいなかった。


「さようでございますの。お二方の人生は波乱万丈でしたのね」


「そうじゃないけど照れちゃうなあ。いや、おれたちなんて殺し屋さえ狙わないんだから」


 二人で街の灯を眺められる所まで進んで行ったとき、ある建物を過ぎたところで突然数人の男達に行く手を塞がれた。

寒気(さむけ)がして体中の毛が逆立った。

真ん中に白作務衣(さむえ)の小柄な老人がいて、


「有嶺哲史」


と名を呼んだ。

こういう状況で相手を呼び捨てるのは怪しいと直感したので返事をしなかった。


「あのう、殿方様は殺し屋さんですの?」


と聞く篤子を黙って下がらせた。


その老人の顔は夢沢十志夫校長に似ていたので、美矢子から聞いていたオジキだとわかった。


「お前はようやってくれた。ワシらは大金掛けた編集機が無駄になって大損害や。自分が稼ぐ才は無いくせに他人に損をさせる才は天才や。お前を出世させんかった会社はそれで潰れずに済んだのや。世の中にこれ以上損をさせんために、もう仏になれ。仏あれば衆生(しゅじょう)あり。衆生あれば山姥もあり。髪にはおどろの雪をいただきまなこの光は星のごとし」


これがオジキか。

オジキは黙って差料(さしりょう)をスラリと抜いた。見かけは普通の白鞘だったが実戦にも使える特注品だろう。オジキは最後通牒のように言った。


「死んで貰います」


なんだ、昭和のあの映画のファンか。

こちらには闘うための得物(えもの)がない。

八相に構えた様は、剣道の心得があるのかもしれない。

眼の横からゆっくりと下段に回ってゆく白刃が冷たい月光にキラリと光った。


 オジキ達は次第に近づいてくる。

有嶺は動くことも声を出すことも出来なかった。

やがて踏み込めば刃が届きそうな距離になった。

そのとき俄かに心の中に、高校の時美矢子に言われた言葉〝あなたは神になる〟が甦ってきた。

同時に故郷の鎮守の森に居るような錯覚に陥った。

そこは十代のあるとき一人で夜中に入って神気を感じた森だった。

心は異常に平静になった。

いつの間にか有嶺は手を摺り合わせ産土(うぶすな)の森への祝詞(のりと)のようなものを上げていた。


 オジキは刀を下段から脇構えを経てついに上段に構えた。

ところが目前の丸腰の素人は平然と呪文のようなものを唱えている。

オジキは止まった。

突然


「な、なにぃ?」


オジキは自分がどこか異界の広い草原で変な兜を被っている若者と一対一で対峙している幻影を見た。

周りは大勢の兵隊が遠巻きに囲んで見ている。

このときオジキは自覚無く怯んでいた。


「面妖な。幻術使いか? キィエーイ!」


迷いを吹っ切ったつもりで猿叫とともに真っ向から斬り下した。


〝キーン〟


鋭い金属音が響き渡った。

オジキの刀は弾かれ飛んだ。

目の前に忍者部隊の姿をした男が見事な残身を見せていた。

そのとき間髪を入れずオジキの後ろから出てきた者が銃を取り出して有嶺に向けた。

その細めた眼には邪悪にどっぷり浸かった者らしい苦みがあった。

何の怯みも無く冷酷に撃とうとした瞬間銃は弾き飛ばされて、ほぼ同時に


〝パーン〟


乾いた甲高い銃声が聞こえた。

銃声の方向を見たオジキの一団に驚愕の色が走った。

振り返るとおびえる篤子の遠くに背の高い女の影が去るのが見えた。

再び振り返ると他に誰もいなかった。

二、三分のことだったのに長い時間が経ったような疲労感があった。

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