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華甲二年の再会  作者: 有嶺 哲史
第二章 秋から冬
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第28話 代打満塁逆転サヨナラ……

 十二月上旬後半、比良野は布沢に呼びつけられた。

院長室に来いという。

行ってみると院長の椅子に若い布沢が勝手にふんぞり返っていたのを見て衝撃を受けた。

布沢に辞令はまだ正式に降りていない。

しかし市は布沢に院長辞令を出しそうな雰囲気だった。


「よくいらっしゃいました。比良野先生には退任していただきます。今、私立医大の教授のポストが一つ空いています。ご紹介いたします」


私立医大の教授へ異動させるなんてこんな若造ひとりに出来る事ではないが、たまたま空いたところに背後で有力者が動いたのだろう。

不正がある、と退職後に比良野が騒ぎ立てるのを止めるための篭絡ろうらくだ。


「君はまだ副院長だ。なんのつもりか知らないが全て断る」


 帰る比良野と入れ替えに外部の業者らしい者が数人入っていった。

以前ストップされていた彼発案の巨大な計画を議論もなしで動かし始めていた。

彼は権力を握ると豹変するタイプかもしれない。

若い布沢が就任すると長期にわたる独裁政権になり、正義が歪められるだろう。


 十二月中旬に入った頃、とうとう市は布沢を新院長に発令した。

このことは選挙に関わる一連の騒ぎの中で最も大きく報道された。

選挙の結果は押し切られた。

比良野が辞退していないのに。

こうなったら周辺に多少怪しい噂があったくらいでは覆らない。

布沢は


「あの記者会見は選挙の後だったから選挙と関係ない。自分は訴訟と全く無関係だ。ナースの新しいゲロ吐き証言動画だって金でどうにでもなる」


と主張していた。

それでも結局訴訟騒ぎで一番得をしたのは誰か明らかだ。

するとやっぱり陰謀だろうという噂が流れ、院内に疑心暗鬼が拡がり誰もが口をつぐんだ。

それでも高岡たち白衣の忍者による噂のバラマキと説得が功を奏し始め、やがて薬剤部と事務部門から本物の内部通報が出るようになった。

比良野が選挙の討論会で言っていたことは正しかったことがわかった。

次々入って来る報告は布沢を驚かせたがまだ高をくくっていて自信たっぷりに公言した。


「比良野派の新たな動画は比良野の名誉を回復させたかもしれないが、院長の発令とは無関係だ。辞令の撤回はない」


比良野が有力市議に会って相談したところ


「確かにすっきりはしないが、一度出た辞令の撤回はよっぽどのことが無い限り無理だ」


誰も動いてくれなかった。


 院長室のドアの隙間から九回裏で勝利目前のような彼の笑い声が聞こえた。


「ははは。ここはおれの病院だ。ははは」


比良野の心に怒りが渦巻いた。

もうこんな所にいられるか、転職の準備を始めた。

病院を変わる時退職届は今まで何度も書き、円満に退職していたがこれほど不本意な退職は四十年ぶりだった。

若かったころIT会社を辞める決断をした時と同じようだった。

そう思うと有嶺の顔が浮かんだ。

最近連絡していない有嶺に電話した。


「逆転のメは無さそうだ。残念無念だが」


このとき有嶺はテレビの季節外れの野球中継に夢中で、比良野の電話にも寝ぼけたように言った。


「まだ終わっていない。今三点差を付けられて九回裏二死だが満塁だ。代打も走者も足が速い。


      代打満塁逆転釣銭無しサヨナラランニングホームラン


のチャンスだ。これは誰もやったことがない。振り逃げホームランでもいい」


比良野はそんなものに全く興味がなかった。


「退職届を出そうと思う」


騒音で聞こえなかったのだろうか。代打を別の太った選手に替えようとする監督に向かって有嶺はわめいていた。


「それだけは絶対やめろ」


その言葉に比良野は我に返った。

退職届を出すのはもうちょっと先にしようと思い直した。

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