第27話 告発さわぎ
十二月上旬、突然比良野を告発するという記者会見が行われた。
準備の手間も金もケチったような会見だった。
訴訟書類の作成は後回しで、急いでいたようだった。
既に終わった選挙が訴訟と関連するとは思わなかったが比良野にとって告発されるのはまずい。
感じが悪くなるように厳選された比良野の写真、検査中の動画、立ち会っていたおっぱいナースの証言が公開された。
動画には下司な比良野が副院長の権力をカサに着て強要し、泣きながら犯されるおっぱいナースとの性交場面も収録されているそうだ。
しかしそれはこの場で言葉で説明することも不適切なので、裁判で提出すると言った。
眼鏡を掛けた利口そうな小男の発表者はカメラの動画を使って説明した。
もちろん巧みに切り取られ編集されたもの、とは言わない。
比良野の状態がいかにも悪そうで、そのまま治療を止めてしまったように見えるビデオ映像が流された。
にもかかわらず比良野はちゃんと処置をしたように虚偽を書いたと主張した。
証拠だという処置記録と検査室のカメラ映像の他、補助をしたおっぱいナースが後で証言する映像もあった。
このあたりの記者達は医療に不慣れでつっこんだ質問もなかったが
「今の動画は途中で終わりましたが、このあと副院長がナースに襲い掛かるほど体調が回復したのならその前に検査を再開して完了していた可能性が無いと言えますか?」
「もちろんです。本日の動画にすぐ続いてナースの露骨な映像が出てきますのでここでは公開はいたしません。仮にもしこのあと彼が内視鏡検査を実行していたら、医師が自らの体調不良の原因も調べず患者を検査したことになりますがそれは許されますか」
「内規はともあれ、中止した方がよかったのですか? ということは中止したことを訴えるというのと矛盾しませんか?」
「……処置記録にウソを書いたのは問題でしょう」
「では医療訴訟ではなくて……ただの虚偽公文書作成の告発じゃないですか」
記者達は退屈し始めた。
そのとき若い冴えない記者がタイミングを心得ず質問した。
「あの……撮影に使われたのは病院の術場カメラですか?」
「いいえ。高解像度カメラを持ち込んで撮影しました。既設の術場カメラは解像度がひどく悪いので……?」
発表者は言いかけて質問者に向かってぽかんと口を開けた。
こいつ何でこんな用語を知ってるんだ! それよりも……あっ! 途中で質問の狙いに気づいた。
急に声が途切れたので半分寝ていた他の記者達も眼が覚めた。
発表者は質問を無視していきなり退席した。
会場がざわついたとき一人のぼんやりした男がある物を机上に置いた。
それに気付いた誰かが叫んだ。
「パイナップルやんけ」
「ちゃう、レモンや」
「アップルちゃうか」
「爆発物ナントカ法違反だ。何法だったかな」
「どうでもいいから早く逃げろ」
記者達は大混乱、大慌てで会場から飛び出した。
言われてみればなぜ事件を予知したように高性能カメラを設置したのだろう。
どの記者も不自然さを覚えた。
これには裏が有りそうだ、もう少し判ってから記事にしようと報道を控えた社が多かった。
おかげで比良野の悪い印象は市民の間に拡がらなかった。
報道されていたら比良野は市民の怒りの声に押されてこの病院から出て行かざるを得なかったかもしれない。
比良野はずさんな告発に救われた。
そのころ院内でも同様の会見がありこちらは大騒ぎになった。
人々は比良野が検査したときの証拠だという動画を見せられた。
こちらの動画にはおっぱいナースの胸の肉まん、梅干も映っていたが明太子までは映っていなかった。
ナースが蛇に気づく直前までの悩ましい芝居だった。
院内は大騒ぎになった。
補助したおっぱいナースは敵側で証言しており他に現場証人の居ない比良野の反論は説得力がなかった。
経営母体の市にも伝わり騒ぎになった。
市は比良野の当選を無効として布沢を次期院長にするらしいという噂が広まった。
市政を裏で撹乱しているオジキの影響力によるのだろう。
比良野自身は敵側の作った証拠動画と称するものを見ていないが心は揺れた。
あの弓美子がおれを陥れるように訴えるなんて。
なぜだ? さっぱり合点がいかなかった。
何ものにも染まっていなかった若いころの内気で清楚な弓美子を知っている比良野には残念な変貌だった。
選挙で比良野の当選が決まっていたにもかかわらずこのような事態では具合が悪い、辞退せよ、と市の方からとうとう圧力がかけられた。
これは選挙結果という民意だ、と比良野はねばっていた。
十二月上旬、篤子と高岡医師は美矢子から有嶺に渡された敵の映像のオリジナルノーカットコピーを見た。
これは有力な反証になると皆は確信した。
病み上がりの篤子は震えた。
有嶺は弓美子のうごめく映像を見ているうちにまた思った。
弓美子は不可思議な術を掛けるふりをして比良野への思いを遂げているだけじゃないか、と。
しばらく休んで出勤してきたおっぱいナースが高岡医師らに見つかり、廊下を走って逃げだしたがその先にいたひょろ高い男にぶつかった。
有嶺だった。
おっぱいナースは驚いて縋りつくように崩れた。
床から見上げたおっぱいナースは
「あっ、えっ、あなたは……」
「紙をちぎっては投げちぎっては投げ」
「いたの?! 見てたのね」
「君の全てをね。しかもその後君にあんなことまでやらせようなんてひどい奴らだ」
思い出したおっぱいナースはその場で泣き出した。
そして彼らが編集する前のビデオを一部見せるとおっぱいナースは観念して洗いざらいゲロ吐きした。
布沢の指示を認めた。
少しして落ち着いた彼女は目をまん丸にして有嶺に言った。
「あなたが……背は高いけどめっちゃ影が薄いあなたが……そういうことだったの」
有嶺には〝そういうこと〟の意味が解らなかった。
あの証言は嘘だったとゲロを吐く様子を証言ビデオに撮り、検査時の無編集ビデオを併用して高岡医師と白衣の忍者部隊が大いに動いて院内に本当の話を広めた。
比良野が不可解な不調のあとに検査を再開したことへの非難は聞こえなかった。
人手が常に逼迫している所だったので大きな声では言えないが皆多少なりとも同じような経験はあった。
昭和の時代には八十を超えたよぼよぼ院長がメスを握るのを止められなかったこともあったくらいだから。
「何だと? 忍者集団だと?」
比良野支援グループの元締めの篤子が療養中なので比良野側が新たな材料を手に入れても何もできない、と布沢は思っていたのだが、忍者部隊は計算外だった。
病院内では雰囲気が変わったが、市の方に動きはなかった。




