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華甲二年の再会  作者: 有嶺 哲史
第二章 秋から冬
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第20話 ロビー

 弓美子は休んだ後に帰宅するが、後の説明は紹介医が行う。

恐らくもうこちらには来ない。

彼女は帰り際に吹き抜けロビーで比良野を呼び止めた。

黒髪で洋装の彼女は華やかだった。

辺りを圧する華やかな容貌とは対照的に臆病な女鹿のように控えめな雰囲気は社員時代と同じだった。

自分は弓美子と繋がったのだ、なぜかそういう思いが込み上げてきて幸せを感じた。

いっしょに座ってかつての同僚達の噂話などを話していると若い時の記憶、空気感が甦った。

比良野は有嶺の名を出してみた。

彼女は当時の有嶺を全く憶えていないと言った。

 彼女が機嫌よく笑っていたので思い切って彼女が退職の挨拶をした時に比良野の前で泣いた理由を聞いた。

急に彼女は無言で無表情になった。

退職後何をしていたかもしゃべらなかった。

 最後に言ったのは、現在小料理屋と旅館をやっているがカニの季節になったので招待するからぜひ来てくれということだった。

比良野も喜んで承諾した。


 有嶺と美矢子はロビー全体が見える二階廊下のベンチにいた。

弓美子と比良野の会話を見ながら話していた。


「パンツは有ったか?」


「それが……探したけど無いのよ」


美矢子のパンツは有嶺がむしり取って放り投げた。

巨大パンツは部屋の中に無かった。

不思議だった。


「無くしたパンツの代金を払うよ」


「要らないわよ。涼しくて気持ちいいからこれからノーパンで過ごすわ」


といって美矢子はニヤッと笑った。

有嶺はさっきの大失敗が頭から離れなかった。


「済まなかった。録画機まで購入してあんなヘマをした。自分のバカさ加減が腹立たしい。おれはもうだめだ」


 いつの間にか後ろにまたあの少女がいた。

有嶺と眼が合うと目を丸くして少女は一目散に走って逃げた。

美矢子は女の子をちらっと見ただけだった。


 比良野と弓美子の会話の様子を壁の陰から動かない布のように小松女医が見ていた。

さらにその女医を後ろからじっと見ている古参のナースがいた。

比良野が弓美子と別れるとすぐ小松女医が比良野の後を追っていった。

古参ナースも女医を追った。


 有嶺はここで美矢子と別れた。

病院スタッフに、あの古そうなナースは誰かと聞いた。

看護師長であること、名前などを聞きだして帰った。


 ドン、と何かが副院長室のドアにぶつかる音がした。比良野は見廻した。


「私はここですわよ」


入ってきたのは陰気な顔の鼻をさすっている小松女医だった。

比良野はやっと普段の気分に戻った。


「先生、さっきロビーで話をされていた御老婦人、お知合いですか?」


「CF(大腸内視鏡検査)の患者でね、昔勤めていた会社の人だった。四十年振りの再会だよ」


「あれで六十歳? まあ。話をなさっていた先生をうらやましそうに見ていた人たちがいましたよ」


「十一月でズワイ漁とタラバ漁が解禁になって、いい蟹が手に入るそうだ。うちのお店に来て欲しい、と言っていた。なぜかぜひお二人で、だって。君、一緒に行こうよ。明日は君も休みだね?」


「行きます!」


めずらしく明るく女医は答え、勢いよくドアを開けて出て行った。


 美矢子は弓美子を介添えして連れて帰った。

帰る直前、二人だけになった時弓美子は声を潜めていった。


「私はきっと疑われている。早くあの家から逃げ出して彼らの手の届かない所に行きたいわ」


「わかった。もう少し待ってね。その時が来たら一緒に逃げるからね。帰ったら逃げる準備を始めるわ」

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