逃げるは恥だがキャリアになる②
※ 結納金とは、結婚の際に新郎側から新婦側に贈られるお金のことです。
俗称や口語表現で、バック、ということもあります。
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本編
「──その件、私がお引き受け(コンサル)しましょうか?」
ピリピリと張り詰めたギルド事務室の空気を切り裂いて、私は抱えた分厚い資料をコンコンと整えながら、優雅に歩み進み出た。
突然の乱入者に、恰幅のいい事務主任と、チサトちゃんの父が同時に眉をひそめて私を睨みつけてくる。
「なんだお前は。部外者はすっこんでいろ!」
「部外者? 心外ですね。私は《《ギルドマスター公認》》のキャリアアドバイザー、ミオと申します。そちらの主任さんがいつも使っているその帳簿のフォーマットを作ったのも、私ですよ?」
ふふん、と強気に微笑んで見せると、主任の顔がサッと青くなった。そう、ギルドの業務効率化資料を提供しているのはこの私だ。立場はこちらの方が上である。
「アインスワース伯爵への売名……いえ、ご結婚をお考えのようですが、お父様。今のまま彼女を送り込んでも、大損するだけですよ?」
「なんだと……?どういう意味だ」
「伯爵は大変な偏屈で有名です。ただの『出来損ないの娘』を押し付けたところで、機嫌を損ねて結納金どころか、あなたの商会ごと叩き潰されるのがオチです。ですが────私のコンサルティングを通し、伯爵の好みに完璧に調教……コホン、育成した『極上の花嫁』として送り込めば、我が家に入るバック(結納金)は今の3倍に跳ね上がりますが?」
人聞きの悪い嘘を、私はプロの詐欺師……ではなく、アドバイザーの顔で堂々と言い放った。
成金の実父は「3倍」という言葉に一瞬で目を眩ませ、主任も私のギルド内での立場を恐れて黙り込む。
「というわけで、彼女の身柄は一旦私が預かります。────さあ、行きましょうか、チサトちゃん」
「えっ、あ、はい……っ」
ぽかんとしているチサトちゃんの手を 優しく引き、私は足早に事務室を後にした。
コンサルタント専用の面談室に戻り、重い木の扉をバタンと閉めて鍵をかける。
室内には、お留守番をしていた楼太が「あ、お姉ちゃんおかえり」と迎えてくれた。私は微笑んで、「楼太、ただいま。お客さん来たから、静かにしててね」と返した。
そして、一呼吸置いてから、この世界では絶対に誰も使わない『日本語』で話しかけた。
「────いやー、大変だったね。週休1日の社畜さん。異世界にきてまでブラック労働とか、マジで前世の呪いか何かかな?」
完璧な日本語。
それを聞いた瞬間、チサトちゃんは雷に打たれたように目を見開き、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
「えっ……えええっ!? に、日本語……!?え、日本人!?ミオさん、転生者なんですかっ!?」
「シーッ、声が大きいよチサトちゃん。うん、私も同じ日本からの転生者。……まぁ、この言語は私たちしか分からないから、いいかな」
私がウインクすると、チサトちゃんはその場にへなへなと崩れ落ち、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「うわあああん! 本物の日本人だぁぁ! 嬉しいよぉぉ!」
「よしよし、辛かったね。とりあえずこれ、この世界で1番緑茶っぽいお茶だよ。結構高値のものだけど、これ飲むと日本を思い出せて落ち着けると思う。あなたのバックボーンを教えてくれる?」
チサトちゃんは温かいお茶をズズッと啜り、息を吐いて落ち着きを取り戻すと、ぽつりぽつりと前世の話を始めた。
彼女は前世、都内のIT企業で事務職として働いていた。絵に描いたようなブラック企業で、毎日終電近くまで残業させられ、週休1日。ついに過労で倒れて気づけばこの世界に転生していたという。
「今世こそは、定時に帰ってのんびりスローライフを送るんだ!」と意気込んでギルドの事務職に就いたものの、この異世界には労働基準法なんて概念は存在しない。結局、前世以上のブラック上司に捕まり、おまけに実家は借金まみれで、強制結婚の危機に瀕していた。
「最悪です……。逃げ出したいけど、行くあてもないし、あの偏屈で人間嫌いの伯爵のところに嫁いだら、今度は夜の相手までさせられて一生奴隷のように使い潰されるんだ……!」
頭を抱えて絶望するチサトちゃん。
分かる。不安ってどんどん悪い方に大きくなっちゃうよね。
しかし、私は手元の資料────アインスワース伯爵の極秘データをトントンと叩きながら、ニヤリと不敵に笑った。
「ねえ、チサトちゃん。そのアインスワース伯爵なんだけど……世間では偏屈って言われてるけど、私のデータによると、彼は『極めて合理的で生真面目な、プロの独身』よ」
「プロの、独身……?」
「そう。感情論が何より苦手で、全てを数値と効率で考えたいタイプ。周りの貴族から『早く結婚しろ』って迫られるのが鬱陶しくてたまらないの。そして何より、彼が今一番困っているのは、屋敷の管理や食事、帳簿の整理を完璧にこなしてくれる『信頼できるハウスキーパー』の不在よ」
私は資料をチサトちゃんに見せる。そこには伯爵の几帳面すぎる性格や、家事に求める高い要求水準が並んでいた。
チサトちゃんはそれを見て、元事務職としての血が騒いだのか、涙目を丸くした。
「これ……要求スキルは高いけど、マニュアルさえ作れば完全にシステム化できます。前世のブラック企業のワンマン社長に比べたら、業務内容が明確なだけマシというか、むしろやりがいが……」
「でしょ? 彼は『愛の奴隷』なんて求めてないの。彼が求めているのは、自分の完璧な生活リズムを崩さない、プロのビジネスパートナー。……だったらさ」
私はデスクに身を乗り出し、悪魔的な、それでいて最高に魅力的な提案を口にした。
「愛のない強制結婚(奴隷契約)が嫌なら──こっちから伯爵に、『主婦という名の雇用契約』を申し込みに行きましょ!」
「雇用契約としての、結婚……!?」
「そう。住み込み、家賃タダ、定時退社、業務内容に応じた明確な給与(生活費)の支給。お互いの利害が完全に一致する、完璧なホワイト職場(家庭)をハックするのよ!」
チサトちゃんの瞳に、絶望の代わりに「元社畜のプロ事務員」としての鋭い光が宿る。
「……やります。コンサル、お願いします、ミオさん! 私、全力でホワイトな結婚(就職)を勝ち取ってみせます!」
「いい返事ね! よーし、そうと決まれば作戦会議よ!」
同じ転生者の妹分を救うため、そして『プロの独身伯爵』という最高に面白そうな物件をハックするため、私のオタク脳とアドバイザー魂が最高潮に燃え上がっていた。
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【異世界キャリア・適性診断シート】
◆ 相談者基本情報
氏名: チサト・イチノセ(本名:一ノ瀬 千里 / 16)
現職: 冒険者ギルド所属・一般事務(見習い)
自己申告の悩み: 「帳簿の計算ミスが多いと怒られる」「この世界でもブラック労働で使い潰される」「実家の借金のために偏屈な伯爵と強制結婚させられそう」
◆ 現状分析およびミスマッチの検証
問題点: 現状のギルド帳簿の非効率さと、上司の度重なるパワハラによる精神的消耗。
ギルド側の評価: 「現代的な効率化だかなんだか知らないが、余計なことをする出来損ない」
私の分析: 原因は彼女の能力不足ではなく、むしろ前世のIT事務知識による「時代を先取りしすぎた効率化」が、頭の硬い異世界の上司に理解されずバグ扱いされているだけ。
※適材適所さえ整えば、前世の経験を活かして若くして超優秀な事務スペックを発動するだろう。
◆ 潜在能力評価
事務・計算処理: 達人(A+ランク)
※前世のブラック企業で鍛え上げられた、エクセル並みの高速処理能力と帳簿管理スキル。
危機管理・耐性: 優秀(Bランク)
週休1日の社畜環境を生き抜いたため。
※なおこの評価は必ずしも絶対的なものではないとする。
◆ 推奨されるセカンドキャリア(適職)
【アインスワース伯爵家・契約結婚型『最高財務責任者 兼 筆頭家政婦』】
理由: 感情論を嫌う超合理的なアインスワース伯爵に対し、「愛」ではなく「業務内容と報酬」を明確にした『主婦という名の雇用契約』を持ち込むことで、お互いにストレスのない完璧なホワイト職場(家庭)を構築できるため。
◆ 具体的なアクションプラン
1. ギルド事務職の即時退職(美桜の特権で引き抜き処理)
2. 実父の借金および婚姻関係の法的ステータス調査
3. アインスワース伯爵の「求める人材(ハウスキーパー像)」に合わせた面接想定問答集の作成
4. 伯爵邸への突撃面接(雇用契約書の締結交渉)
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《次回、アインスワース伯爵家への突撃面接編へ続く》




