第2話 転生者 神崎美桜の過去
ダグラスさんの相談が解決してから10日後。
冒険者ギルドのある通りを少し行った先にある、少し年季が入っているが、おしゃれなレンガ造りのアパート。その一室が、私のささやかな城であり、至高の癒やし空間だ。
「ふふ、ふふふふ……。やっぱり何度見ても素晴らしいわ……」
昼間の理知的なキャリアアドバイザーの面影はどこへやら、私はベッドの上でだらしなく身をよじりながら、壁に取り付けた特製の木製棚をうっとりと眺めていた。
棚の上には、いくつかの奇妙な、けれど美しいアイテムが並んでいる。
たとえば、淡く光る魔導石で作られた小さな砂時計。
たとえば、珍しい白銀のエルフの髪で編まれた、お守りのミサンガ。
これらはすべて、私がこれまでアドバイスを送り、第二の人生で大成功を収めた元クライアントたちが、「ミオさんのおかげです!」と涙を流して贈ってくれた感謝の印。私の命より大切な『コレクション』たちだった。
前世でアニメのグッズや限定フィギュアを棚に寸分の狂いもなく並べて悦に浸っていたオタクの血が、異世界に転生した今でも騒いでしまうのだ。
そして、私は仕事だけでキャリアアドバイザーをしてる訳では無い。
だから、クライアントのその後をたまに見に行ったりする。
その時に、少し悪いかもしれないけど、このコレクションの話をする。
『なんでもいいから、〇〇さんの事をいつでも思い出せるように、アイテムをプレゼントしてくれたら嬉しいです!本当になんでもいいですよ!』
と。
この世界に来てもう9年だけど、まだ私にとってはこの世界のオブジェクト1つ1つが特別で新鮮なんだ。
「あぁ、ダグラスさんも今頃、鍛冶ギルドの親方に揉まれてるのかな。彼が成功したら、一体どんなお礼を持ってきてくれるんだろう。あのごつい手で作ったミニチュアの防具とかだったら、棚のセンターに飾っちゃうな……」
冷めかけたハーブティーを飲みながら、私はふと思う。
そもそも、どうして私がこんなギルドの片隅で、キャリアアドバイザーなんて妙な仕事を始めることになったんだっけ、と。
時計の針を巻き戻すように、私の意識は、この世界に生を受け、自分の「現実」を知ったあの日に向かっていく。
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────転生先は、12歳の少女、神崎美桜。
目覚めた時、鏡の中にいたのは、黒髪の、前世よりはいくぶん整った顔立ちの少女だった。最初は
「まさかの異世界転生!? 美人枠だし、これは聖女か最強魔術師のチートが来たのでは!?」
とオタク脳が大はしゃぎした。
けれど、この世界に存在する『ステータスプレート』を役所で発行してもらった瞬間、私の儚い夢は音を立てて崩れ去った。
【名前】ミオ・カンザキ
【年齢】12歳
【職業】学生
【筋力】E 【魔力】G 【敏捷】F
【固有スキル】なし
「……いや、低すぎない!?」
魔力Gって何? 街灯の魔導具にすら明かりを灯せないレベルである。当然、異世界転生モノの定番である「実はこれは神様の手違いで……」なんてイベントも一切起きなかった。
少し美人なだけで、中身は戦闘力ゴミ以下のただの一般人。それが私に突きつけられた残酷な現実だった。
「この世界、一歩街の外に出たらゴブリンとか魔獣がウロウロしてるんだよね? こんなステータスで冒険者なんてやったら、命がいくつあっても足りないよ……!」
死にたくない。痛いのも絶対に嫌だ。
前世で週休1日のブラック企業で社畜をやり倒し、ようやく解放されたと思ったら今度は命の危機なんて冗談じゃない。
五体満足で、できれば働かずに、のんびりスローライフを送りたい。
目指すは、不労所得。
そのためにはどうするか。チートがないなら、この「異世界そのもの」を徹底的に勉強して、ハックして、戦わずに生き残るニッチなポジションを見つけるしかない。
こうして私の、12歳から始まる引きこもり猛勉強ライフが始まったのだ。
私は、街の巨大な中央図書館に文字通り監禁状態(自主的)で引きこもった。
前世で、好きなアニメの設定資料集を隅から隅まで暗記し、ファンによる考察サイトを徹夜で読み漁っていたあのド根性とオタク気質が、ここへ来て爆発したのだ。
文字の読み書きを急いで1年でマスターし、この世界の常識から、歴史、地理、魔力の発生原理、ギルドの運営法律、果ては過去100年分の人口の動きや職業の年収推移にいたるまで、手当たり次第に脳内に叩き込んだ。
ファンタジー世界の知識に浸れて、それが役に立つ。楽しくて有意義な時間だった。
何年も毎日、開館から閉館まで本を読み漁る私の姿は、いつしか図書館の職員たちから「本の魔女(物理的に戦えないけど)」と恐れられるようになっていた。
そうして約5年が経ち、世界の仕組みをほぼ完璧に頭に入れたとき、私はある強烈な「違和感」に気づいた。
「この世界の人たち……効率悪すぎじゃない?」
そう、この世界には、現代日本なら当たり前にある『適性検査』や『キャリアカウンセリング』という概念が致命的に欠落していたのだ。
人々はみんな、「親が農家だから農家」「体が大きいから冒険者」「ちょっと魔力があるから魔法使い」という、あまりにも雑な理論で人生を決めていた。
その結果、魔力のコントロールは天才的だけど体力がなくて前線で死にかける魔術師や、ダグラスさんのように規格外の腕力があるのに不器用という理由で「お荷物」扱いされる戦士が大量発生している。
ギルドは常に人材不足だと嘆き、当の住人たちはミスマッチなブラック環境で使い潰されて病んでいく。
「これ、私の現代の就職活動のノウハウと、この世界の法律や経済の知識を組み合わせれば……誰も競争相手がいない、唯一無二のポジションを作れるんじゃ?」
私は確信した。
戦う才能がなくても、戦う人たちを「適材適所」に配置するブレインになればいい。彼らが大出世して、そのおこぼれ(と、素敵なお礼のコレクション)をもらいながら、私は安全なギルドの奥でのんびりお茶を飲んで暮らす。これぞ完璧なライフプランだ。
そうして19歳の時に私はギルドマスターを丸め込み、隅っこの物置同然だった部屋を借り受け、『異世界キャリア相談窓口』を立ち上げたのだった────。
それが、2年前の出来事だ。
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「──はぁ、懐かしいな。あの頃はとにかく必死だったっけ」
過去の回想から意識が戻る。
カップのハーブティーはすっかり冷めていたけれど、私の心はどこか温かい。
ちなみに私が最近1番お金をかけてるのは、お茶だ。
この世界、魔茶と呼ばれるハーブティーが結構ある。
魔物の素材を使ったお茶だ。
初めはムリムリと思ってたが、イケる。
今は毎日飲んでいる。
ベッドから起き上がり、まだ少し寂しいコレクション棚を愛おしく撫でる。これからここが、私の手掛けた「天才たち」からの贈り物でいっぱいになるのだ。
────なんて、思い出に浸りながら出勤した翌日のこと。
今日は、弟の楼太が、お仕事見学のノリで来てくれていた。宿題見てあげるから、邪魔はしないでねと言ってある。楼太は素晴らしい弟で、15歳の子なのに性格が純粋で可愛いし、お行儀がいい。
ギルドの面談室でいつものようにお茶を淹れて、楼太の宿題をみてあげていると、
バンッ!!! と、木の扉がミシミシと悲鳴を上げるほどの勢いで叩き開けられた。
楼太はお茶をこぼしそうになった。
「み、ミオさん……っ!! 居ますか、ミオさんっ!!」
息を荒くして飛び込んできたのは、煤で顔を真っ黒に汚したダグラスさんだった。
10日前までのあのオドオドした雰囲気はどこへやら、その瞳はギラギラとした凄まじい達成感で満ち溢れている。
そして彼の丸太のような両腕には、何やら高級そうな布に包まれた、ずっしりと重そうな「塊」が大事そうに抱えられていて────。
《次回彼女の兄弟と、ダグラス編》




