第1話 異世界でキャリアアドバイザー、やってます。
国を代表するの冒険者ギルドの1部屋。
『キャリア相談室』という木の吊るし看板が扉の手前に吊られていた。
使い込まれたオーク材のデスクの上で、温かな湯気がふわりと揺れている。
窓からは中世ヨーロッパ風の街並みの、外の喧騒が囁いてくるように聞こえる。
陶器のカップから漂うのは、この街の市場で仕入れたカモミールに似た薬草のお茶。その穏やかな香りに満ちた小さな面談室は、冒険者ギルドの喧騒から薄い木の扉一枚で隔てられた、まるで別世界のような静けさに包まれていた。
「────ですから、ダグラスさんのその立派な体格と腕力は、前線で剣を振り回すよりも『重装歩兵専用の盾職人』として活かした方が、絶対に年収も生存率も上がりますよ。Dランク冒険者の平均月収は銀貨15枚ですが、一流の盾職人になれば金貨5枚+指名料が入ります」
私の言葉に、目の前の大男がピキリと凝固した。
ダグラス・マーナード。20代半ば。
彼がここに来るのは2回目。
身長は優に2メートルを超え、熊のような髭面に、丸太のような腕。いかにも「戦士」の型にはめたような強面だが、今の彼は、自分の太い指先を所在なげに弄びながら、すっかり迷子の子犬のような瞳で私を見つめている。額からは、緊張のあまり大粒の汗がだらだらと流れ落ちていた。
私は、サラサラと流れる黒髪をそっと耳にかけ、彼が緊張しすぎないように、彼に真正面から向き合うのをやめ、上半身を少し斜めに向かせた。
自分で言うのもなんだが、今の私はそこそこ美人な部類に入ると思う。前世の地味なオタク女子だった頃に比べれば、無駄に整った顔立ちと、少し理知的に見える目元をしている。
だけど、この世界で生きていくための特別なチート能力や、世界を滅ぼすような魔法の才能は、なーんにも持っていない。ステータス画面を開いても、表示されるのは至って平凡な────いやむしろ、平均以下のFレアリティみたいな数字だけ。
そんな私が持っている唯一の武器は、この世界に転生してから死に物狂いで溜め込んだ「ファンタジー世界の仕組みに関する膨大な知識」と、前世で培った「人の話を聞く技術」だけだった。
「た、盾職人……? 俺が、ですか、ミオさん……?」
「ええ、そうです」
私は、柔和な笑みを浮かべたまま、彼が初めてここに来た日の仕事終わりに自作した彼の『適正診断シート』へと視線を落とした。
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【異世界キャリア・適性診断シート】
◆ 相談者基本情報
氏名: ダグラス・マーナード(24)
現職: 冒険者ギルド所属・前衛戦士(D+ランク)
自己申告の悩み: 「不器用で剣をすぐ折ってしまう」「仲間の足を引っ張ってお荷物になっている」
◆ 現状分析およびミスマッチの検証
問題点: 過去3ヶ月における「鉄剣」の破損・刃こぼれ回数:計12回。
ギルド側の評価: 「剣技が荒い」「武器の扱いが不器用」
私の分析: 原因は不器用さではなく、ダグラス氏の「規格外の腕力・背筋力」にある。市販の初心者〜中級者用鉄剣の『限界耐久値』を、本人の通常スイングが大幅に上回っているため、物理的な「金属疲労」を強制的に引き起こしている。
※つまり、彼に合う武器が市場に存在しない状態。
◆ 潜在能力評価
腕力・耐久力: 規格外(Sランク相当)
※大型魔物の突撃を正面から受け止められる骨格と筋肉量を持つ。
金属に対する感覚: 優秀(Aランク)
※「剣が折れる瞬間」を誰よりも多く体感しているため、金属が耐えられる負荷の限界点を感覚的に理解している(=防具作成における最強の強み)。
メンタル特性: 協調型・守備型
※「自分が目立ちたい」ではなく「仲間を守りたい」という意識が強い。攻撃職(剣士)よりも支援・防御職に向いている。
※なお、この評価は絶対的では無いものとする。
◆ 推奨されるセカンドキャリア(適職)
【重装歩兵専用・盾職人(鍛冶師)】
理由: 自身の怪力を「金属を極限まで叩き鍛える」ことに転用可能。また、前線での恐怖を知っているからこそ、「絶対に使い手を死なせない盾」を作ることができる。
◆ 具体的なアクションプラン(今後のステップ)
1. 冒険者ギルドの一時休職(戦闘任務の凍結)
2. 鍛冶ギルド「鉄拳の庵」への紹介状発行
3. 1週間のインターンシップ(大物鍛造の見学・体験)への参加
4. 適性確認後、正式に転籍手続き
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我ながらしっかりした出来だ。
私はこういう作業が大好きだから。
前世では仕事内容をエクセルでグラフとか作ってた名残で、ついつい箇条書きになりがちなんだよね。
「ダグラスさん、Dランク戦士の月収15万って、一見暮らせるように見えますけど、折れた鉄剣の買い替え(1回3万円)を月に4回もしてたら、毎月12万円の赤字ですよね? 貯金どころか借金まみれになるのは当然です」
ダグラスが下を向いた。私は唇を舐めて湿らせる。
「ダグラスさん、そんなに落ち込む必要はありません。剣のギルドで『お荷物』だとか『不器用』なんて酷い評価をされたからって、あなたの価値が下がるわけじゃないんです。彼らは単に、あなたの本当の才能を見抜けていないだけなんですから」
私は羽ペンをインク瓶に浸し、羊皮紙に書かれた彼の戦闘データをとっとっ、と指先で叩いた。
「これまでの過去三ヶ月の討伐記録を、ギルドの資料室から借りて分析させてもらいました。……ダグラスさんが実戦で剣を折った、あるいは刃こぼれさせて使い物にならなくした回数は、通算で十二回。これ、何を意味するか分かりますか?」
「……俺が、剣の扱いが下手くそだから、じゃないんですか?」
「違います。あなたの腕力が、一般的な市販の剣の耐久度を遥かに超越しているんです。要するに、力が強すぎるんですよ。いくら上質な剣を買い直したところで、ダグラスさんが本気で振り下ろせば、遠からず金属疲労でへし折れるのは物理的な必然です」
ダグラスさんは自分の分厚い手のひらを見つめた。
「でも、防具──それも、前線を支える重装歩兵のための『大盾』ならどうでしょう。相手の攻撃を受け止めるための盾には、剣とは比較にならないほどの質量と、職人の頑固な叩き込みが必要です。もしダグラスさんが、自分の規格外の腕力を100%込めて金属を鍛え、自分が納得する強度の盾を作ったら……?」
「俺の力に、耐えられる盾……」
「ええ。この街の職人たちはみんな、平均的な兵士の筋力に合わせて防具を作ります。だから、あなたのような本物の怪力を活かせる防具が存在しない。だったら、あなたが作る側になればいいんです。鍛冶ギルドの『盾職人』なら、材料費はギルドや依頼主が持ってくれます。あなたの腕力なら、普通なら3日かかる重装盾の『叩き』を1日で終わらせられる。つまり、普通の職人の3倍のペースで出来高を稼げるんですよ」
私の言葉が、ダグラスさんの硬直した心を少しずつ、しかし確実に溶かしていく。
彼の瞳の奥に、諦めかけていた男の「熱」がじんわりと灯るのが分かった。
異世界の住人は、あまりにも固定観念に縛られすぎている。
「ガタイが良いから前衛の剣士」「魔力があるから魔法使い」────そんな単純な理論で、多くの才能がミスマッチを起こし、ブラックな環境で使い潰されているのだ。現代の就職活動や、適材適所のノウハウを知っている私から見れば、この世界は磨けば光るダイヤモンドの原石だらけだった。
「……ミオさん。俺、正直、戦うのが怖かったんです。剣が折れるたび、仲間の足引っ張るのが情けなくて。でも、俺の手で仲間を守る盾が作れるなら、それって……最高にかっこいいです」
「はい、最高に素敵だと思います。冒険者としていつ死ぬか分からない恐怖に怯えるより、職人として大金持ちになって、夕方にはお気に入りの酒場で美味しいエールをのんびり飲む生活。そちらの方が、ずっとダグラスさんに向いていますよ」
私はデスクの引き出しから、あらかじめ用意しておいた一通の手紙を取り出し、彼へと差し出した。
「これ、街一番の腕利きが集まる鍛冶ギルドの親方への紹介状です。私の紹介って言えば、まずは一週間の『インターンシップ(体験入社)』をさせてくれますから。合わなければまた別の道を考えましょう。まずは、お試しです」
「み、ミオさん……ッ! ありがとうございます、俺、やってみます! 今すぐ行ってきます!」
ダグラスさんは丸太のような腕で涙をぐっと拭うと、勢いよく椅子から立ち上がった。巨体が動いた風圧で、部屋の書類がパタパタと揺れる。彼は何度も頭を下げながら、まるで生まれ変わったかのような軽い足取りで、面談室を飛び出していった。
バタン、と静かに閉まった木の扉。
途端に、部屋は元の静寂を取り戻す。
私は椅子の背もたれに深く体を預け、大きく背伸びをした。緊張させていた肩の力を抜き、冷めかけの薬草茶を口に運ぶ。口の中に広がる優しい甘みが、脳の疲れをじんわりと癒してくれた。
「うん、今日もいい仕事したなぁ……」
チート能力で魔王を倒したり、世界の危機を救ったりするなんて、インドア派の私には絶対に無理だ。そんな命懸けのイベントは、他の選ばれし勇者様たちに任せておけばいい。
私はただ、大好きなこの世界の仕組みを特等席で勉強して、趣味のキャリアアドバイザーをのんびり続けながら、みんなが笑顔で夢を叶えていく姿を、こうして眺めていたいだけなのだから。
……そして、あわよくばこのギルドを乗っ取り、不労所得を目指したい。
私には、その手立てがあった。
「さて……次はどんな悩める迷子ちゃんが来るのかな」
トントン、と遠慮がちなノックの音が、再び静かな部屋に響いた。
次回 彼女の過去編
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