第10話 ギルド改革 アクス編①
「はぁ……ミオちゃん、本当にこの予算配分の承認、私がサインしなきゃダメかい? 君が最高顧問としてパパッと判子を捺してくれれば、私は静かにコーヒーを淹れる仕事に戻れるんだがね」
ギルド本部の最上階、ギルドマスター室。
机の上にうずたかく積まれた書類の山を前に、ギルマスのバルドルさんが盛大な溜息をついていた。
私は新調した最高級のパーソナルチェアに腰掛けたまま、冷ややかな視線で彼を見下ろす。
「何を仰っているんですか、バルドルさん。私はあくまで『経営最高顧問』。組織の最終決定権と拒否権を持つ、一番美味しくて責任のないポジションです。泥臭い管理業務や予算の責任、面倒な政治交渉といった『コストとリスクの高い仕事』を引き受けるのは、ギルマスであるあなたの義務でしょう」
「本当に容赦がないね……。実務という重荷だけを綺麗に丸投げするなんて。まったく、最高に悪魔のようで、最高に魅力的なビジネスパートナーだよ」
バルドルさんはクククと肩を震わせて笑うと、諦めて万年筆を走らせ始めた。
よしよし、今日も有能なおじさんが完璧に機能しているわね。
どれだけ権力を持とうとも、自分が最前線に立って働いたら前世の社畜時代と変わらない。
面倒な政治や実務は全部押し付け、私は美味しい特権だけをハックする。
これこそが、私の目指す完全なる勝ち組ライフの第一歩なのだから。
「それでは、私は現場の視察に行ってまいりますわ。しっかり働いてくださいね、ギルマス」
「いってらっしゃい、我がギルドの影の支配者殿」
ひらひらと手を振るバルドルさんを残し、私は一階へと下りた。
あの人は「一線退きました」みたいなツラをしているが、本質は合理的な怪物だ。
私のミスは絶対に許さないだろうし、ここで私の手腕を観察して楽しんでいる節がある。
口で言うほどこの状況を嫌がっていないのが、つくづく食えない男だ。
(……まあ、監視されてるリスクはあるけど、実務の盾としてこれ以上ない人材だからね。キャリアアドバイザーの視点で見ても、彼にはこのままギルマスの席で馬車馬のように働いてもらうのが『適材適所』だわ)
一階の奥にある相談室『パルフェ』の扉を開けると、ちょうど豪奢な馬車から降り立った少女が駆け込んできた。
「ミオさん! ただいま戻りました!」
アインスワース公爵家との業務提携を終えたチサトちゃんが、少し上気した顔で入ってきた。彼女は愛用の回転椅子に飛び込むように座ると、ホッとしたように微笑む。
「お疲れ様、チサトちゃん。あちらの様子はどうだった?」
「はい! 特任厨房との契約書、ミオさんの指示通り『パルフェの事前予約枠を最優先で確保する』という文言をバッチリ盛り込んで魔法印を捺してもらいました。グラマー公爵も『あのプリンという特効薬が定期的に手に入るなら、我が家の魔導師たちの作業効率が跳ね上がる』って、満足そうでしたよ」
「素晴らしいわ。これで貴族社会との蜜月ルートも盤石ね」
使えるハコと人脈は最大限に搾り取るのがビジネスの鉄則だ。
相談室『パルフェ』の間取りを変え、受付カウンターからの最短ルートを確保したおかげで、手続きの渋滞は完全に解消された。今やここは、ギルドの中で最も「合理的で洗練された聖域」となっている。
「さて、チサトちゃん。現場の視察に行きましょうか。新体制になってからのデトックスが上手くいっているか、この目で確かめたいの」
「はい、行きましょう!」
私がチサトちゃんを連れてメインホールへと踏み出した、その瞬間。
さっきまでガヤガヤと騒がしかったホールに、スッとモーセの海割りのような静寂が走った。
昨日まで私を一介の個人窓口だと舐めていた荒くれ者たちが、一斉に恐怖の顔で道をあける。
「……おい、パルフェ様だぞ」
「あのブラック主任を数字だけで消し炭にして、ギルマスすらアゴで使う影の支配者だ……」
「絶対に粗相をするなよ、僻地のポーション整理係に飛ばされるぞ……」
「い、意外と美人……!」
強面の冒険者たちが、冷や汗をかきながら直立不動でこちらを見つめてくる。
チサトちゃんは「み、皆さん、そんなに畏まらなくても……っ!」と恐縮しているが、私は威圧を返して歩く。
(これよ! これこれ!! この『逆らったら人生終わる』っていう無言のプレッシャー! 現代の知識と人事権を握るだけで、物理的な暴力が私を避けていく快感……たまんないわ!!)
そんなホールの片隅、事務ブースの奥で、青白い顔をしてガタガタと震えている男がいた。元チサトちゃんの上司、ブラック事務主任だ。
彼は夜会での大失態と不正を私に数字で暴かれ、本来なら即パージ(クビ)されるところだった。
私の視線が向いた瞬間、主任は飛び上がるようにして書類に顔を埋めた。ペンを握る手が激しく震えている。
(ふふ、下手にクビにするより、こうして生殺しの状態で置いておいた方が、事務方の老害派閥を牽制する政治的盾になるのよね。私の不労所得を邪魔する職員への見せしめとしても最高だわ)
「ミオさん、依頼書の掲示板をランク別に色分けしたおかげで、冒険者の滞留が四割減りました! でも、ポーションの在庫管理がまだ先入れ先出しになっていない場所があります。マニュアルの再徹底が必要ですね」
チサトちゃんが天才的な事務処理能力を発揮し、現場の非効率を次々とメスで切り裂いていく。見ていて本当に気持ちがいい。
そのまま私たちは、ギルド併設の広大な「酒場エリア」へと足を運んだ。
「お、パルフェ様御一行。いらっしゃい」
カウンターの奥から爽やかに声をかけてきたのは、酒場の若き店主、アクスだ。
なかなかの男前で、荒くれ者を捌く腕も立ち、何より下心や無礼さがないデリカシーの塊のような良い奴である。
彼の持ち味は、若くして従業員をまとめあげる統率力と、会話……言語化能力と、他人の話を聞く力だ。
……本人は、俺の持ち味は筋肉と顔だとバカ笑いしながら言っていたが。
「アクス、業務提携後の食材の発注導線はどうかしら?」
「最高だよ、ミオさん。事務方が機能し始めたおかげで仕入れの滞りもなくなった。感謝するよ」
アクスがスマートに一礼した、その時。
ドガァン! と酒場の裏口が豪快に開き、自身の3倍以上はある魔獣の肉を担いだ男が入ってきた。
「アクス。今日の分の肉を置いておくぞ。最高に活きのいいやつだ」
地響きのようなイケボと共に肉を降ろしたのは、この本部に籍を置く数少ないSランク冒険者──ストーク・ボウリング。
上半身は完全に裸で、彫刻のように美しく鍛え上げられた筋骨隆々の体躯。顔立ちは文句なしの国宝級ワイルドイケメン……なのだが。
なぜか頭には、赤いプテラノドンの頭部を模した被り物を深くかぶっている。さらに、ズボンのウエストには『4』と書かれたタグ。
ストークはプテラノドンの頭を揺らしながら、鋭い視線をアクスに向け、何故かキメ顔で白い歯を見せると、そのまま無言で去っていった。本人はクールな大人のつもりらしいが、完全にただの天然野生児である。
(……服を着なさい服を。あとその赤いプテラノドンはなんなのよ。まあ、彼は有益なトップレア食材調達源だから泳がせておくけど!)
酒場を後にし、クエスト掲示板が並ぶメインホールへ戻ると────前方に見覚えのある金髪の長身男が見えた。私は音速でUターンする。
「えっ、ミオさん?」チサトちゃんが戸惑う。
「あっちのルートから戻るわよ」私は早歩きになる。
「よう、ミオー」
妙に間の抜けた、明るい声。
「チッ」
私が盛大に舌打ちしたせいで、周囲の冒険者たちが「ひぇっ」と怯え上がった。
「そんな逃げられたらむしろ話しかけたくなっちゃうじゃん〜。俺も話すつもりはなかったのにさぁ」
「え、えっと……どなたですか?」チサトちゃんが私と彼の顔を見比べる。
「私の兄です」
そう、私達は三兄弟。長男ロウスケ、長女ミオ、次男ロウタ。
「おめでと、ミオ。本当に計画通りとはなー。……じゃまた」
「あー、うん。ありがと」
ロウスケがひらひらと手を振って去っていくのを見送り、私はホッと胸を撫でおろした。
「なんで避けようとしたんですか?」
「重度のシスコンなのよ、あれで。……まあ、今日は忙しかったみたいね。あの人、このギルドで一番の実力者だから」
「……えぇ!?(あのムキムキプテラノドンより強いの!?)」
チサトちゃんが愕然とする。
一通りの視察を終え、私たちは相談室へと戻る廊下を歩いていた。私は広大な天井を見上げ、ふと不満げに眉をひそめる。
「ねえ、チサトちゃん。このギルド本部って、広い割に空間の使い方が致命的に非効率的だと思わない?」
「広いのは良いことだと思いますけど……何か問題があるんですか?」
「大問題よ。ただ広いだけで無駄なデッドスペースが多すぎるわ。もっと商業的な導線を敷き詰めて、私たちの利益になるテナントを入れたり、機能ごとに階層を完全に分断すべきよ。……ねえ、チサトちゃん。私、ゆくゆくはギルドを『この国のビジネスの中心』にしたいのよね」
「こ、このギルドを……!?」
チサトちゃんが驚きのあまり足を止めた。私は振り返り、彼女に向かって、一ミリも隠すことなく「真実の野望」を告げる。
「そうよ。この世界、魔物もいれば理不尽な戦争もある。私みたいに魔法も剣も使えないノーチートの人間が、前世みたいに理不尽に痛い目を引き受けたり死なないためにはね、私の周りを完璧なホワイト環境(楽園)にするしかないの。そのためには、古い仕組みを直すだけじゃ足りない。私の利権と安全が120%保証された、新しいギルドそのものを創設しちゃうのが一番手っ取り早いのよ」
私は指を一本ずつ立てながら、完璧なロジックを並べ立てる。
「いい? 優秀な人材を適材適所に配置するには職場が必要でしょ? 他所のブラックな職場にいい人材を送るより、この新しいギルドに優良人材を囲い込む。さらに、冒険者が拾ってきた市場に出回らないレア食材や魔導具も、私たちギルド側が最優先で、しかも原価で手に入れられる。文化的な最高峰の暮らしも、安全も、毎月ウハウハの不労所得も、面倒な人間関係のシャットアウトも、すべて新しいギルドを作れば完璧にシステム化できるわ。だから今から、そのための準備をここで仕込むのよ」
チサトちゃんは一瞬、呆れたように沈黙したが、すぐに「ふふっ」と吹き出した。
「……ミオさん、やっぱり最高に"強欲なホワイト"ですね。普通、ギルドを作るなんて言ったら、世界平和とか大義名分を掲げるものですけど……自分のウハウハな生活と安全のためだなんて。でも、そのミオさんの強欲さのおかげで、世界がどんどんハッピーになっていくんですから、私はどこまでもついていきますよ!」
「当然よ。私の快適な人生のためには、周りの環境も世界最高峰でなきゃ困るもの。さあ、布石の一歩目として、まずはこの本部の歪んだ人事構造から徹底的にハックしていくわよ」
私たちが相談室『パルフェ』に戻り、ソファに腰掛けた、その時。
ババババン! と激しい音を立てて、アクスが切羽詰まった顔で入ってきた。
「えーと、アクス。その激しい2回ノックはトイレの緊急事態の合図よ? そんな切羽詰まった顔して……トイレなら一階の────」
「治療所に来た、路頭に迷ってる奴がいる。明日のメシも食えねぇかもしれねぇやつだ」
私のふざけたツッコミを遮る、アクスの重い声。
「……そいつを、ここで従業員にさせてくれねぇか」
私とアクスの視線が、室内の冷たい空気の中で、真っ向から交差した。
私は冷たい息を吐いた。




