表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよなら、オリーブビーチ  作者: 花守郁
第一章:夏の色彩
5/34

05.

「…意味がわからない」

 気づけば、俺の声は刺々しく尖っていた。

「水斗…?」

 学校を出て、オリーブビーチまで帰ってきていた。調査票を手渡されて、いやでも将来のことを考えさせられた俺たちは、なんとなくまだ家には帰りたくなかった。家族と話をしなければならないのはよく分かっている。

 まだ十四年しか生きていない俺たちには、初めての、今後の人生に関わる大きな選択になる機会だ。まだ消化しきれていない思考や感情で、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

「澪。なんで高松なんだよ…。食品開発なんて、この島にいたって出来てるだろ。うちのオリーブだって、醤油蔵だってここにあるじゃないか。わざわざ島を出ていく必要があるのかよ」

 俺は、自分の信じていた三人の未来を否定されたような気がして、頑なになっていた。

 当たり前に来ると思っていた未来を、澪が考えていなかったという現実が受け入れがたかった。小学校の延長で中学校。そして、中学校の延長で高校。その先は、違うかもとは思っていたけど、あまりにも早かった。早ければ来年にはもう、今と同じように過ごすことすら出来なくなるじゃないか。

 俺の家は代々この西村で土を耕してきた。俺は当たり前のように島に残って、この景色のなかで生きていく。そこに、二人がいないかもしれないのがまだ、想像できなかった。

「勝手なことばかり言わないでよ!!」

 澪がバン、と地面を叩いて立ち上がった。声ぶは怒りと悲しみが滲んでいた。

「水斗はいいよ! 継ぐものがあって、島に最初から居場所があって!」

「なっ…」

「私はね、このままだと、この狭い島の中で何ひとつ新しいことに挑戦できずに、ただ歳をとっていくだけのような気がして怖いんだよ! 外の世界で自分の夢に挑戦したいと思うのは、そんなにいけないことなの?!」

 澪の怒りが予想外につよく、胸が苦しくなった。俺が考えているよりも、彼女はすでに自分の将来をよくよく考えているのが伝わってくる。親に用意された未来がある自分と、それが無い澪のものの考え方なんて一緒なはずがなかったのだ。

 澪の両親は公務員だったはずだ。俺と違って、継げるものではない。彼女は自分の将来を切り開いていかないといけない、決めていかないといけない。自分とは違って、取り返しがつかない。保険がない。進路は、より慎重に、大切に考えなければいけないのだ。

 その第一歩が、今なのだ。これまでの生活から離れ、新しい場所で知らない人に揉まれながら、生きていく。気が遠くなるようだった。家事なんて、家族の補助がないと満足にできないような歳なのに。知識も経験もない、足りない。全部、ひとりでやっていかないといけない。しかも、勉強もできないといけない。もはや超人ではないか。

 想像するだけでも、俺は早々に音を上げてしまう。成人してからでいいやと首を振る。

 澪の希望は、理解できた。けど、彼女がここからいなくなることを、まだ受け入れられない。あまりにも唐突に感じる。じわじわと悲しくなってくる。

「…いけないことでは、ないけど…」

「じゃあ、なによ?」

 澪からの追及に、俺は黙るしかなかった。火に油を注ぐのが目に見えていた。彼女との間に、ヒリヒリとした沈黙が流れる。泣きたくなった。こんなに怒らせるつもりはなかった。

 ここでいつもなら、航がまあまあと宥めるために間に入るはずだった。

 だけど、今日は違っていた。航は小さく、そして長く、疲れたような思いため息をつく。こちらを見ずに低い声で言った。

「…二人とも、贅沢だよ」

「え…?」

 航の聞いたこともないような冷たい声音に、澪が声を詰まらせる。

「自分で島を出るか残るか選べるなんて、贅沢だよ…」

 航の横顔は、西日に照らされながらも信じられないくらい、冷たい無表情で。

 目は景色を受け入れず、うつろに開かれている。なんだか今にも、壊れてしまいそうな人形のようだった。

「僕には、選ぶ権利すらないのに…」か細く、今にも消えそう声で、航。

 こんな航を見るのは初めてで、俺も澪も混乱してかける言葉が見つからなかった。

 いつも大人びた態度で俺たちを誘導してくれる、頭が良くて頼りになる航。そんな彼が、初めて見せる投げやりな様子に、なにかあったのかと声をかけることも出来なかった。

 うまく、彼を傷つけずに聞き出すことが出来なかったら、そのほんの小さな傷で航が壊れてしまいそうで、恐怖を感じた。

 誰も声を発しない重い空気のなか、遠くで、港に向かうフェリーの長い汽笛が響いているのが耳に届く。

 それは、俺たちの完璧だった三人だけの世界が静かに、だが確実に崩壊に向かっている合図のようだった。

(第一章・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ