先生の話
三年一組担当、太田剛。生徒からはオータとかツヨシとか、呼び捨てにされることが多い、友達のような先生のポジションにいる教師だ。
俺の担当クラスの子たちはとてもいい子たちばかりで、こんなに手のかからないクラスは初めてだとくらいだった。もうずっと卒業しないでほしいと思った。三年生を過ぎたら、また新入生として入ってきてくれないかなと思うくらい、大好きな子たちだった。
特に、幼なじみ三人組がとても聞き分けのいい子だった。
品行方正、みんなのお手本の大西航。たまに飛び出す毒舌が心を抉ってくる辛辣優等生。
天真爛漫、まっすぐいい子の岡田澪。少しでもズレたことをすると雑に扱ってくる強気女子。
純情無垢、ザ中学生男子の吉田水斗。常識人に囲まれながら、デリカシーのない一言で不躾風雲児。
三人組を表現するとしたら、こんな感じだと思う。ちなみに俺の担当教科は理科だ。
大西航について。
彼との思い出は、やはり、生徒指導室での件だろうか。
普段、提出物の納期を破ったことがない大西にしては、重要な書類を半年近く放置しているから、先生とってもハラハラでした。
これは深刻な精神的な問題を抱えているんじゃないかと、心配になって呼び出してみたらさぁ大変☆
「離婚」なんてド直球センシティブワードが飛び出してきて、肝が冷えた。独身の俺からしたら、もう関わりたくなくて仕方ない。結婚すらできてない俺に、関われる領域の話じゃない。全力で避けたかった。
とりあえず、本人の意向を聞いて、生徒指導としての成果をあげて乗り切った。一応、事情はお伺いさせていただきましたので、息子さんのメンタルのサポートというか、フォローはこちらでもさせていただきますので、あとは家庭の問題としてご夫婦でどうにかしてくださいというのが本音だった。強烈に無理。
しばらく距離を取って見守っていたら、どうも卒業間近になっても苗字の変更などの報告はあがってこなかったので、うまくまとまったのだろうとほっとしたものだ。
複雑というか、人付き合いをうまくこなしてしまう人間ほど、抱えている悩みを隠すのもうまかったりするから、大西はそれの典型例なのだろうなと思う。
だから周りにあの正直者ふたりがいて、バランスが取れているのだろうと勝手に妄想したりしてた。男女三人組の幼なじみなんてエモすぎだろ。俺だってそんな青春したかった。男子校なんて選ばなきゃよかった。予後が悪すぎて吐き気がしてくる。
大西は、あの二人のおかげで、自分の感情の分散がうまいこと出来ている様子だった。彼だけだとSOSの出し方も分からずに、ぜんぶ抱え込んで自滅してしまっていそうだった。
二年の頃、大西のことをあまり知らず、勉強が出来て人望もある素直な生徒だと思っていたころ、生徒会長にスカウトしたことがあった。他に適任な生徒もおらず、立候補してくれる子もいなくて教師一同困っていたので、真っ先に白羽の矢が立った。部活にも入っていなかったので、教師から頼まれたのなら断らないだろうと高をくくっていた、若き日の俺。
「ということで、生徒会長になってほしいんだけど」
「……。どうして僕なんでしょうか?」
「成績もいいし、みんな大西の言うことなら聞いてくれるみたいだし。来年受験だろ? 進学にもプラスになるし、今頑張っておいてくれたらすごくいいことだらけだと思うん」
バァン!! 大西が、笑顔のまま、机を叩いていた。いや、殴っているといった方が正しかったかもしれない。
「え…えっ…?」
俺は状況が呑み込めず、笑顔を張り付けたままの大西を見つめた。
怖い。なんだか、どす黒いもやを背負っているように見えた。
「そういうお話は一年のときにも頂いて、お断りしているはずです。進学に関しても、そんな役職を全うしなくても問題ないくらいの成績を維持していますので、僕にはメリットがないと言えますね」
「…そう、ですか…」
鬱陶しい。言葉にはしていないけれど、そう思っているのが如実に伝わってくる怒り方だった。
「僕は学校に勉強しに来ているだけなので、授業以外の時間を消費する気はありません」
続けて言われたことは、もう完全なる拒否。拒絶。授業以外では学校の人間と関わりたくないから搾取してこようとしてるんじゃねぇコロスゾみたいな脅され方をしている気がした。
「は、はぁい…」やだ、この子下手なヤンキーより怖いじゃないの。
「それでは失礼します」
話はこれで終わりだ。と、ドアを不機嫌そうに閉め、大西がぶち切れながら退室していった。
最近の若人怖い。沸点が低いのか、むしろどこにあるのか分からなくて怖くなった思い出。
今思えば、殺伐とした家庭に身を置くしかない中で、幼なじみたちとの時間を学校ごときに奪われてたまるか、といった具合だったのだろう。そう考えると、自分の居場所を必死に守ろうとしている、ある意味、不器用な年相応の少年だった。
岡田澪について。
彼女に関しては、特に困った話もなく。気さくに話せる性格から男女ともに友達は多かった。顔も可愛いほうなので、狙う男子がたまに現れていたのだが、ガーディアンによって人知れず駆逐されていた。
あの子の身辺が一番平和な夢の国だと思う。知力と武力をそれぞれつかさどるガーディアンに守られているお姫様なのだから。
俺も岡田は気さくに話してくれるのが楽しくて、返しも面白いのでついつい話しかけにいっていたが、ガーディアン1には睨みつけられ、ガーディアン2には保護者を介してクレームを入れられる始末だった。経歴に傷がついたことがあるから、もうなんもしないと決めていた。
でも友達みたいに下の名前で呼んだだけで、クレーム入れるのはひどくないだろうか。しかも教師なら生徒との適切な距離感を維持してくださいとか、独身男性が女子生徒にそういった態度を取ること自体がセクハラや特別な関係であるとみなされても仕方ないことなのではないでしょうかとか、つらつらと昨今厳しくなっているコンプライアンス方向でねちねち刺された。教頭から呼び出されてクレームの報告書を見せられたときは、もう怖くてガタガタ震えちゃいましたね。
最後の一文は、「岡田澪さん本人は気にしていないようですが、未成年でハラスメントに関して知識が不足している被害者が、将来そういったことの知識を得たとき、自分の被害に気付くケースもあるので、慎重に接してあげてください」と丁寧に善処を強制する内容で締めくくられていて、本当に怖かった。
なんなのあの子。本当に保護者じゃないの。自分たちの社会的な立場を把握して、脅しかけてくる手法に長けすぎでしょ。
まあ大人な俺は、クレームの内容を真摯に受け止め、改善して今に至ります。よって岡田とはほとんど会話したことがないというより、させてもらえたことがありません。ガーディアンの信用を得てからでないと、踏み込めない領域というものがあったそうです。ここまで来ると、純粋に人として嫌われているだけな気もするんだけれど。それを受け止めるのはあまりにも悲しいので、深く考えないことにしています。
吉田水斗について。
はい、正直気に食わない生徒です。先生とっても吉田くんは気に食わないのです。
なぜかって? 女子にモテるからですよ!!!!!
学校でいつも幼なじみ二人といるから本人も自覚ないだろうと思うけれど、吉田がもし運動部に入っていたら見学者が毎日来るくらいにはモテている。
身長は平均よりも高く、家業の手伝いをしているの体格はがっちり。顔はワイルド系で、畑仕事で焼けた肌は一見サーファー。しかし喋ると温和でちょっと抜けているかわいい弟系と来た。
閉塞感のある田舎にあんなのがいたら、たいていの女の子の初恋泥棒でしょう。俺は吉田の太鼓持ちなのだろうか。褒めてしかいないじゃないか。だってあいつかっこいいじゃん。
岡田は完全に手のかかる弟的存在として白けた目を向けているから、まったくそういう対象じゃなさそうだけれど。
というより、岡田のガーディアンが発生したのは、吉田が遠因だった。
吉田のことを好きな女子がいて、どうにかお近づきになりたかったけど、吉田はいつも幼なじみ優先で動いているせいで、会話はできてもなにかを一緒にするとか、そういうところまではいけなかった。そこで、怒りの矛先が岡田に向いた。同性ゆえの嫉妬だったのだろう。直接手を下したりするわけではなかったけれど、私物を隠したり、壊したり姑息なことをしていたわけだ。
それをいちはやく察知したのが大西だった。すぐに犯人を突き止め、警告して、秘密裏に片付けていた。
しかし、その一件以来、岡田に対して過保護になったふたりはガーディアンとなってしまったわけである。めぐりめぐって大迷惑であるのだが、三人の世界を守るために仕方のないことだったのかもしれない。
ということで、先生は吉田がとっても気に食わないのです。いい子なんだけどね。
モテる男は罪だねって話ですね。
あの幼なじみ三人組に対しては、そんな感じだった。どこにいくにも三人一緒で、共依存なのかと心配した時期もあったが、とても健全な共生関係だったので、遠くから見守っていた。
十五の春を迎えるまでの数年、彼らはどんな結末を迎えるのかなと、見守っていた俺でした。




