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さよなら、オリーブビーチ  作者: 花守郁
第四章:旅立ちの汽笛
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13.

 卒業式が終わり、自由解散となった。

 僕たちはそれぞれ一度帰宅して荷物を置き、オリーブビーチで再集合した。

 オリーブビーチは、相変わらずの静けさだった。穏やかな波が、砂浜にしゅわしゅわと音を立てて染み込んだり、岩にぶつかってちゃぷちゃぷと跳ねていたり。

 最後に見た二月のころよりは、打ち上げられている白い貝殻が多いだろうか。

「早かったね、卒業…」

「…そうだね」

 心からの同意だった。中学に上がってからの三年間は、とてつもなくはやく過ぎていった。小学校のころは、季節がそれぞれ一年くらいの長さがあるように感じていた。時間の流れが、とても遅かった気がする。

 中学では季節ごとの行事が増え、集中しなくてはならないことが増え、毎日を充実して過ごせていたということだろうか。少しでも、自分の行動に責任を持つようになって、いろんなことを夢中でこなしていたのかもしれない。多少は、大人になったということだろうか。そうだといいなと思いながら、三人での思い出を、噛みしめた。

 楽しいことだけを考えて、無邪気に走り回っていた僕たちは、もう、いないのだから。


「あーあ、ついに島に残るのは俺だけかぁ」

「そうだね。でもちゃんと帰省はするから、待っててよ」

 僕が言うと、澪もうんうんと頷いていた。水斗はちぇっとすこし拗ねた顔を見せた。

「お土産はよろしくお願いします」

「まかせて」

 すでに候補は決めてあった。毎年なにかしら新商品が出ているし、ネタが尽きそうもないのが、都会のありがたみの一つだった。

 あちらで暮らし始めて、ひと月が経った。近所を散策したり、入学予定の高校の見学をしたり、それなりに見て回ってみた。環境としては、ずば抜けて良いと思った。本屋は選び放題だし、望めばハイテク機器すら体験できる。ただ便利すぎて、まだ慣れてはいなかった。田舎というか、島では物資の流通がゆるやかだった。それが本土だとすぐに手に入る。慣れたら物欲に支配されるのでは、と感動とかよりも恐怖の方が勝っていた。

 これに近い環境に、澪も行くのかとすこしハラハラしている。

「澪は、向こうで馴染めそうなの?」

「今のところ。近くにお姉ちゃんが居てくれるし、なんとかなると思うよ」

「澪は家事能力高いから。慣れるのはすぐだと思うよ」

「だといいな~」

 褒めると、えへへと嬉しそうにしてくれる澪。守りたいこの笑顔、である。

「航、俺の心配は?!」仲間外れにされたと感じたのか、むっとした顔をして、水斗。

「してない」

「なんで?!」

 ばっさり切り捨てると、本気で驚かれた。それにこちらも驚く。

「なんでが、なんで? 引っ越しもないし、お前なら友達もすぐ出来るだろ」

「それでもなんかぁー!」

「女の子との距離感には気をつけろよ。気を抜くと多分、すごく嫌われる」

「こわっ!!」

 助言すると、水斗が自分の肩を抱いて、顔を青くした。多分、一番必要な心配だと思う。


 それぞれの進学先ついて、思いを馳せた。

神戸や高松はどんなところで、なにがあるか。

島の高校には、本土からの通学生がいるらしく、どんな子が来ているのか。

そんな、お互いの未来に、お互いがいないことを確認し合うような作業。

これが僕たちの選んだ道なのだと分かっているけれど、とても、寂しかった。

いまはただ、切なかった。


 夕暮れ。そろそろ、親に帰って来いと言われている時間だった。

 このあとはもう、家族との時間にすると決まっていた。

「……もう、帰ろうか」

僕が切り出すと、二人は一瞬、沈んだ表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

「…そうだな」

「うん、もう時間だね」

 立ち上がって、浜から上がろうとするが、澪が立ち止まった。

 夕焼けを見つめて、ぼうっとしている。

「…どうしたの、澪」

「やっぱり、寂しいなぁ…」

 ぼそり。つぶやかれた言葉は、震えていた。

 くるりと澪が、僕と水斗をまっすぐと見つめた。

「航、水斗」

 すぅ。澪が息を深く吸って、満面の笑顔を見せた。


「今までありがとう!! 大好きだよ!」


 浜いっぱいに響き渡るような声で、澪が叫んだ。目の端からは涙が流れていて、僕は唖然とした。

 なんで、こんなタイミングで。

 最後の最後。別れを惜しみながら、これまでの感謝を伝えてくる澪に、僕の涙腺は壊れてしまった。ぽろぽろと涙がこぼれてくる。

「…澪のばかぁ!」

「ごめん! でもどうしても言いたかったの」

 夕暮れを背負う澪は、今にも消えてしまいそうな陽炎のようだった。

僕たちの三人の時間は、ここで終わってしまうけれど。それでも、無かったことにはならない。

澪は、それを体現してくれた。泣かずにはいられなかった。

怖かった。離れてしまったら、なにもなくなってしまうんじゃないかと。そんなことありはしないのにと分かっていながら、どうしてもぬぐいきれない恐怖があった。

なのに、とんでもなく大きな贈り物をもらって、心の底から安堵した。

この日、この光景を、知っているのは僕らだけだった。

「俺も大好きだー!」

 便乗して、水斗も叫んだ。ちょっと泣いているのが見えて、きっと誤魔化すために叫んだのだろうと思う。

 ならもう、いいんじゃないだろうか。誰よりも泣いてしまっている僕が叫ばないでどうするのだ。

「僕も大好きだー!!」

 腹の底から出した声に、澪も水斗も目を瞠って驚いていた。

 そして、泣きながら、嬉しそうに笑ってくれた。

 二人からの想いと、二人への想いを胸に刻みこむ。

 僕は、この思い出を、一生忘れないだろう。

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