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さよなら、オリーブビーチ  作者: 花守郁
第四章:旅立ちの汽笛
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05.

 澪の出発当日、池田港。澪のお母さんの車に乗せてもらって、俺と航も見送りに来た。

 平日の夕刻の待合室は、まばらに人がいた。地元の人。観光客らしき集団。本土から高校へ通学しているらしき学生。そして、澪と同じように受験に向かうのであろう中学生。

 澪は同じ理由で、同じフェリーに乗る子たちを見て、きゅっと胸の上で手を握りしめた。

 それを見て航が心配そうに声をかける。

「…緊張してきた?」

「……。うん、ちょっとだけ」

 えへへと照れくさそうに笑って見せる、澪。一人で本土に行くのは初めてだ。そして、当然一人での外泊も初めてだった。そのすべてをひっくるめて、不安になってきたのだろう。

「澪なら大丈夫だよ」

 航が本当に優しい声音で、澪に囁いた。俺がどきっとしてしまうくらい、かっこよかった。頼りになる男感がすごかった。

「澪、俺もそう思うよ」航にどきどきしながら、心からの同意を示した。

 澪は目をぱちぱちと瞬かせ、ふふっとやわらかく笑った。

「なに、いきなり。でもありがとう」

 不安そうだった澪はいつの間にかいなくなっていた。すっかりリラックスして、自然体で笑っていた。

「そうだ澪、これ持って行って」

 航がポケットから小さな瓶を取り出した。澪が両手で包み込むようにして受け取る。

「化粧用のオリーブオイルだって。母さんが売店で買ってきてくれた」

「え、いいの?」

「もちろん。今の季節、乾燥するらしいから気を付けてねって」

「ありがとう!」

 すげえ、航。感動した。澪がめちゃくちゃ嬉しそうに小瓶を眺めている。女の子へのプレゼントを、お母さんからの差し入れ的なポジションでさらっと渡している。関係性も必要な高等テクすぎた。

「澪。一応、俺からも…」

「え? わ、ありがとう!」

 すっと、俺も用意していたプレゼントを渡す。といっても、澪が好きな地元銘菓だったのだが。一応、それなりに喜んでくれたようでよかった。どうしようと数日悩みすぎて、確実に喜ぶものといえばこれだろと結論付けて選んだものだったので、徒労に終わらなくてよかったと安堵する。

「こうしてると、本当に明日本番なんだなって思っちゃうよね…」

 プレゼントを手に持ったまま、澪が不安そうにぼそっとつぶやく。

「そうだね。でもいつも通りにしてれば、澪なら受かるよ」再度、優しい航が到来した。

 めっちゃいいなと思って、おねだりした。

「航、それ俺にもちょうだい」

「え」航が驚いていたが、仕方ないなとこちらを向く。「航なら、受かるよ」

「ありがと~~!」

 澪の時よりもおちゃめな感じに、決め顔で言ってくれた。完全にファンサだった。きゃーと黄色く叫んでおく。

 横で見ていた澪は、吹き出していた。

「なにしてんの、二人とも」

「俺も受験控えてるし、応援してほしいじゃん」

「もっと普通にしなよ~」

 けらけらと笑う澪は、いつも通りだった。

 澪の笑顔が落ち着いたころ、澪のお母さんが切符を片手に戻ってきた。いよいよ、出港の時間になろうとしていた。


どんよりとした灰色の空の下、冷たい北風が吹き付け、海面を小さく揺らしていた。

フェリーは、時間通りに岸壁へと停留していた。船のトラブルもなく、いつでも出港可能という万全な状態だった。俺たちがこのフェリーに乗るときは、ほとんどが楽しいことのためだった。遠足だったり、旅行だったり、買い物だったり。

今日だけが、違った。そして今日から、変わっていくのだ。澪が島を出る第一歩として、存在していた。

 船に乗り込む列が出来て、澪はその最後尾に並んだ。俺たちは少し離れたところから、それを眺める。

 切符を握りしめて、そわそわしている澪。あの調子で高松に行くの大丈夫かなと心配になる。

「…お母さんはついて行かないんですか?」

 素朴に疑問に思って、隣で娘を見守る澪のお母さんに声をかけた。

「行かないよ。向こうにお姉ちゃんが待っててくれるし。澪もいつまでも子どもじゃないからね」

 社会経験よと笑っている姿に、かっこいいと思った。心配だからと手厚く守るのではなく、信じて送り出すということかと。

「それに、明日も仕事なのよ」

 あ、これが本音かと察した。


 ヴォー。汽笛が響き渡る。澪が乗り込んだフェリーが動き出した。

 窓の向こうに澪の姿が、すこしだけ見えた。大きく手を振ってくれている。こちらも大きく振り返した。

 俺たちは届かないと分かっているけれど、声を張り上げていた。

「澪ー! いってらっしゃい!!」

「頑張って来いよ!!」

 見えなくなるまで、ずっと。手を振って、大声を上げていた。見送りを終えると、澪のお母さんから帰ろうと声をかけられる。俺たちは車に乗り込み、西村へ帰るのだった。

「二人ともありがとうね」

「いえ。こちらこそ同乗させてくださってありがとうございます」

 話しかけられるけれど、大人とのやり取りは航に任せておこうと、俺は相槌だけすることにした。

「航くんは向こうに行くんだっけ?」

「はい、神戸に。明後日出発です」

「そっか。高松からじゃ距離あると思うけど、向こうでも澪と仲良くしてやってね」

「俺も向こうには友達いないんで、そのつもりです」

 ははは、とお母さんが笑った。

「澪はね、君たち二人…。特に航くんに影響受けてたみたいでね。本土に行くって言ったときはてっきり神戸に行くのかと思っちゃったくらいなの。でも全然違ってた。行きたい高校があるから行くって、いつの間にかすごい自立しちゃってて」

「そうだったんですか…」

「親としては感謝してるの。島の環境だとどうしても進路とか限られるから、早い段階で目標が出来たならやれることは増えるし。あの子のこの先を考えると、早くから本土に行くのはいいことではあるしね」

 親目線からの話を聞いて、俺たちは言葉が出てこなかった。まだまだ幼い本人よりも、はるかに先を見据えて見守ってくれている存在から、出てくる言葉の重みだろうか。

 澪の選択は、この人たちを納得させたうえで、叶えられようとしているのか。俺たちの中で、一番、未来について行動を起こしていたのは、澪だったのかと。

 窓の外を流れていく景色を見ながら、俺たちは知ったのだった。

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