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さよなら、オリーブビーチ  作者: 花守郁
第一章:夏の色彩
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02.

 学校が終わってからの、俺たちの行き先は決まっている。

 西村の海岸の最東端、生い茂る草木の向こう側にひっそりと佇む木造の古びた番屋。窓枠は茶色に錆び切って、はめ込まれたガラスにはヒビが入っていて、いつ割れても不思議じゃないくらいのボロボロぶり。屋根はところどころ穴が空いていて、風が強い日は隙間風がひどかった。

 放置されて何十年と経っているのだろう、誰が持ち主かさえちゃんと知っている人はいなかった。かつて地元の漁師たちが網を乾かしたり、時化の日に暖を取ったりするために使っていたとだけ聞いている。

 つまり、秘密基地にぴったりな場所である。使っているのは、幸いにも俺たち三人だけのようだけど。

バタン、と錆びついた木の扉を開けると、昼間の熱気がこもった独特の匂いが鼻をくすぐる。

 潮の香りと土ぼこりが混ざったような、そんな匂い。壁には俺の親父がどこかからもらってきた破れかけの大漁旗が飾ってあり、床の隅には航が持ち込んだ色褪せた文庫本の山と、澪がオリーブビーチで拾い集めた色とりどりのシーグラスが色別に瓶に詰められ、並んでいた。

「はい、二人とも座って。今日の『試作品』の発表会を始めまーす」

 澪がカバンから、丁寧にラッピング袋に詰められた小さな塊をいくつか取り出した。

 俺と航は、使い古された木箱を椅子代わりにして腰掛け、澪の手元を覗き込む。淡い緑色をしたゼリーのような物体に、興味がそそられた。

「澪。また家庭科室にこっそり居残ったのか? 太田先生に怒られても知らないぞ」

 呆れたようにぶつくさ言いながらも、航はノートを開いて手にはペンを構えた。

 航はいつだって、澪のこういう突拍子もない行動の記録係だった。もはや書記ともいえる。はたまた習性かもしれない。言っても聞かないわがまま娘相手にはまず記録を用意する悲しき習性である。俺は細かいことは記憶に残らないすっきりした頭の構造をしているので、凝り性な航だけの習性だった。

「大丈夫だよ、今回はちゃんと許可は取ったもの。それよりこれ、食べてみて。水斗の家のオリーブ果汁を、どうにかして日持ちするお菓子に使えないかって思って試行錯誤したんだから」

 澪の手のひらに乗っていたのは、不揃いな形をしたグミのようなものだった。知っているグミよりも、平べったくて四角だった。固めるのに使った容器の問題だろうか。なんか、変わった色のこんにゃくにも見えた。

 見た目は不思議だったけれど、小腹が空いていたのもあって俺は躊躇なく、その中の一つをつまんで口に放り込む。

「…ん、うまい!」

 咀嚼した瞬間、口の中に味が広がった。爽やかな甘みと、オリーブ独特の青っぽいけどフルーティーな味。

 香りも悪くない。少し、料理で使うオリーブオイルっぽさが強かったけれど。

「でしょ? ゼラチンの配合を変えて、弾力を市販のやつに近づけてみたんだよね」

 澪が嬉しそうに胸を張る。航も一つ口に入れ、目を閉じてゆっくりと味わうように噛んだ。

「確かに食感がいい。オリーブの風味も死んでない。…ただ、ちょっと甘すぎるかな。島の特産品として本土の人に受けるなら、もう少し塩気か酸味を足して、後味をすっきりさせた方がいい。例えば、レモンをほんの一滴隠し味にするとか」

「なるほど、レモンかぁ! オリーブとの相性よさそうだし、有りかも。航、やっぱりセンスあるね」

 澪は目を輝かせ、カバンからノートを取り出して図を書き込み始めた。レシピだろうか。浮かんできたひらめきを忘れないうちに書き留める姿は、いつもとても楽しそうだった。

 澪の夢は、島の食材を使った食品開発に携わる仕事に就くことだ。

 水斗の家のオリーブ、島中に広がる醤油蔵、職人たちが干す手延べ素麺。

 この島にある豊かな食を、もっとたくさんの人に、世界中に届けられるような新しい形に加工したいのだと、彼女は熱っぽく語っていた。家庭科室で一人、食材やら調味料やらを弄っている澪の姿を、俺はかっこいいなと純粋に尊敬していた。

 俺がこの島でオリーブを育て、澪がそれを新しい食品に変える。そんな楽しい日が来ればいいなと、にやにやと考えていた。

 夕方の斜光が番屋の隙間から差し込んで、床のシーグラスの瓶に反射する。きらきらとシーグラスが輝き、まるでシャボン玉のような色彩を放っていた。

 もうまもなく、手渡されようとしている未来の切符が、それぞれ全く違う色をしているなんて、俺たちはまだ気づきもしなかった。



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