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さよなら、オリーブビーチ  作者: 花守郁
第一章:夏の色彩
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01.

01.

「ねえ水斗(みなと)! また遅刻したら置いていくから!」

 前を走る自転車のペダルをがむしゃらに漕ぐ(みお)が、息を弾ませながら声をかけてくる。

 上半分を結った少し癖のあるセミロングの髪が、朝からきつい真夏の陽射しを浴びて茶色く透けていた。姉からのお下がりだと言っていたセーラー服の白い襟が、パタパタと風に跳ねている。

「ちょっと水斗?!」返事がないことに焦れたらしい澪。

「へいへーい」

 一応、聞いているよと相槌を打つ。

 今日も元気だなぁと感心しながら先陣を任せていた。

 澪は知らない。自転車に乗るうえで、向かい風を切ってくれる存在のありがたさを。ふんぬーと声を上げて気張る彼女の背中はなんとも頼もしかった。

 中学二年の夏。俺たちの世界は、この木々で潤った緑の島と、穏やかすぎて湖みたいな波しか立たない瀬戸内の海だけで成り立っていた。その他には、なにもない。入り込む隙間さえないように思えた。

小高い丘の上にあるオリーブ公園。その脇にある、白くそびえ立つギリシャ風車の大きな羽根が、生ぬるい南風を受けてゆっくりゆっくりと優雅に回っている。

 観光客がカメラを向けているのを横目に、俺たちは泥だらけの通学用自転車でその間をすり抜けていく。

 坂道を一気に下っていくとさすがにブレーキが軋む音がした。その頭上で、オリーブの葉がシャラシャラと乾いた音を立てて、通り過ぎていく。たまに実が落ちてくることもあるから要注意だった。

 坂の下には、朝日に照らされてきらきら輝く青く澄んだ海が、まるで俺たちを受け止めるように広がっていた。

「澪、待てって。(わたる)だってまだ来てないだろ」

「航ならもうとっくに下の交差点で待ってるよ!」小さな人影を指さしながら、澪が叫んだ。「ほら、早く!」

 立ち漕ぎで坂を駆け下りていく澪を追いかけながら、俺は思った。いつも俺たちを見つけるのは澪だな、と。

 どんな人混みの中にいても、なぜだかすぐに俺たちを見つけてかけよってくる。見つけるのが当たり前、見間違うことなんて有り得ないとでもいうかのように。視力というか、認識能力が高いのかもしれない。

 俺には遠くから見ても、同じ制服を着ている人の見分けなんてつかない。同じ服装、同じような髪型、同じような背格好。どこで差異が出るのだろうか。


 国道沿いの西村のバス停に、少年が一人立っていた。

「おはよう。二人とも」

 航は、汗ひとつかいていないような涼しい顔で、ママチャリのハンドルに肘を乗せていた。

手には、自販機で買ったばかりの冷たいペットボトルの緑茶。それを、坂を上りきって息を切らす俺の首筋に、不意に押し当ててくる。

「うっわ、冷たっ! やめろよ航」

 急激に冷やされた首筋に手を当て、驚いて早くなった脈を落ち着かせるように息を吐いた。いたずらっこか、と呆れた。

「水斗が待たせるから。どうせまた寝坊したんだろ。澪、今日も元気だね」

 航はフッと目を細めて、小ばかにするような笑みを浮かべた。お見通しだよ、と暗に態度で示していた。

 大正解。一瞬で待ち合わせに遅れた理由を、綺麗に正しく悟られた。寝ぐせのままの俺と、綺麗な身なりの澪。並ぶと一目瞭然だったけれども。さすが長い付き合いなだけあると感心する。

「ゲームもほどほどにしろよ」

「今日は漫画でございますー。めっちゃ面白くて止まらなかったんよ…」

「感想じゃなくて、まずは謝りなさいよ」

「ごめんなさい」

 きゃいきゃいと騒ぎながら俺たちは三人で、中学校の方向へと自転車を並べて、漕ぎだした。

 同じ制服を着た生徒たちが、まばらに脇道から出てくる。みんな顔見知り。名前は知らなくても、どこの家の子かはなんとなく知っている。ここはそんな距離感の田舎だった。


 この島の夏は、どこを切り取っても絵の具を塗ったように青と緑で満ちている。

 俺の家は、この西村でオリーブ園を営んでいる。親父の不器用な、泥と日焼けにまみれた背中を見て育った俺は、中学を卒業したらそのまま島の高校へ行って、家を継ぐのだと。そう当然のように進路を見据えていた。他に選択肢を考えたこともなかった。不満はないし、むしろ楽しくてバイト感覚で手伝っているほどだった。

 退屈なぐらい穏やかだけど、静かであたたかなこの島が大好きだし、明確な居場所がある。

 だから、澪も航も同じだと思っていた。来年も、高校へ上がってからのその先も、俺たちはこの島で、同じ風を追いかけていくのだと。ずっと、三人でこの島にいるのだと。

 その時の俺は、まだ何も知らなかった。


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