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さよなら、オリーブビーチ  作者: 花守郁
第三章:内海の残響
12/34

01.

 私は生まれたときから、オリーブビーチのそばに住んでいた。

 水斗は同じ地域で、唯一の同い年の子だった。物心つく前から、私たちはいつもほとんどの行動を共にしていた。幼稚園が一緒なのもあったけれど、それ以外も親同士で預けあったり、なにかと一緒くたにされた。

 水斗の家の農園で木に登ったり、オリーブビーチで水遊びをしたり砂をこね回したり。自然豊かな環境でのびのびと育っていっていたと思う。

 小さいころの水斗は、今よりもずっと活発でお調子者だった。だけどちょっとしたことで泣くビビりで、そんな水斗をよくなだめていた。まるで手のかかる弟みたいで、ちょっとめんどうくさかった。女の子の友達がいたら違うのかな、欲しいなと思いながらアニメを見ていた気がする。

 そんな私と水斗の二人の世界は、穏やかすぎてどこか退屈さを感じさせるオリーブビーチそのもののようで。どこまでも平坦で、どこまでも同じ色が続いていくような日々だった。


 そこに、航が合流したの、小学校の時だった。

 入学式のことを、十年近く経った今でも、よく覚えている。顔見知りしかいない中で、ひとりだけ見知らぬ男の子がいた。その子はしゃんとしていてとても姿勢が良く、なんだか髪の毛がさらさらしていて、肌も白くて。女の子みたいに綺麗な男の子に、皆が注目していた。

 一緒に来ていたお母さんも、島の人とは少し雰囲気が違っていた。手入れの行き届いた髪と肌。綺麗なお化粧をして、なんというか、とても上品だった。

 本土の都会からやってきたというその男の子とお母さんは、島の子たちの誰も持っていないような、洗練された雰囲気を漂わせていた。身につけている衣服の組み合わせや、時折口にする言葉の端々に、海の向こうの、まだ見ぬ広い世界の匂いがした。

 大西航。岡田澪。出席番号が前後の私たちは、すぐに話すようになった。

 偶然にも、航の家はオリーブビーチの近くだった。私と水斗の家はオリーブ公園をすこし超えた先にあるので、坂を下ればすぐの場所だった。家は両親が庭から見える海の景色がきれいだったので気に入って選んだとか。移住者用に売りに出されていた家だったからすぐに引っ越せたとか。彼からしたら、フナ虫が庭に大量にいることやカニが迷い込んでくることがまだ受け入れられないと、げんなりするとか。

 航の話すことは、とても面白かった。好奇心をくすぐられた。

 私がまだしたことがないこと。生まれてからずっと当たり前だと思っていた光景を、航が新鮮に受け止めていること。生まれた場所が違うだけで、こんなにも常識が違うのかと異文化交流のようで刺激的だった。


 出席番号が絶望的に後ろの吉田水斗は、航との交流が少なく、最初は少し警戒しているようだった。

だけど、航の温和な物腰と大人な言動ですぐに懐いていた。同性である分、私より遠慮がなかった。こいつ俺のダチ、みたいなことを言って、あちこち連れまわしてはご近所さんに自慢していた。今思うと引っ越ししたてで不安そうな航を気遣ってかもしれなかったが、そこまで考えていなさそうなのが水斗なのだ。天然でやってのけていそう。

 そんな感じに、航は私たちの生活にものすごい速度で馴染んでいった。

 水斗が野生の獣みたいに突っ走るのを、航は少し離れた場所から、大人のような涼しい目でいつも眺めていた。元気だなぁと親のような感想を述べながら、読んでいる本のページをぺらぺらめくるような不思議な貫禄があった。水斗が転んで膝をすりむいたりすると、ランドセルから綺麗なハンカチを取り出して手当てしてあげるといった、そういう優しさも持っていた。 

 まるで小さな保護者のようで、私たちの親からの信頼が厚かった。どこに遊びに行くにも、航が一緒だというと許可が下りやすくなったのは、ものすごく大きな変化だった。

 航が私たちの輪に加わったことで、私の視野は一気に、広くなった。見知らぬ世界へと向かっていったのだ。それまではただ退屈な海でしかなかった内海が、海の向こうへと繋がる道に見え始めた。

 航の口から語られる本土の乗り物の話。お母さんの帰省から戻ってくると同時に持ち込む文庫本。そして嗜好品の知識。彼は私に、この狭い島の外側にはもっとたくさんの選択肢に満ちた世界があるのだと。言葉にせずともその在り方で教えてくれていた。

 水斗と二人きりだったら、高校は島の高校を選んで、進路はどうしようと卒業ぎりぎりになって悩んで、姉と同じかそれに近しい専門学校を選んでいただろうなと想像できた。親世代とは時代が違うから、安定を求めてとかで公務員になりたいと思わなかったし、漠然と、やりたくないことはしないという未来を選んでいただろうと思う。

 もしも航と出会っていなければ、私は中学校の家庭科室を借りてお菓子作りを始めて、食品開発の道へ進みたいなんて、大それた夢を抱かなかったかもしれない。高松の高校へ行くのだと、自分で自分の未来の切符を買いに走るようなことはできなかったと確信している。そんな無鉄砲にも思える行動力は持てなかったはずだ。

 私の視野を島の外へと向かわせてくれたのは、間違いなく、違う世界を教えてくれた航だった。

 そして、いつでも安心して島を出ていけると思ったのは、島の子として支え続けてくれた水斗だ。

 そんな二人への親愛とも恋情とも違う、だけど固く結びついた想いを胸に、私は中学最後の秋を迎えていた。

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