05.
オリーブビーチには僕と澪の二人だけが残された。
泣き腫らした目で、澪が少し話したいと僕を誘い、水斗は帰らせた。水斗は不満そうにぶうぶう言っていたが、「島を出る者同士で話がしたいから邪魔」と鋭く言われると、寂しそうにしぶしぶ帰っていった。
日が暮れたオリーブビーチは、濃い群青色の星空の下、静まり返った。波が寄せて、砂に染み込むしゃりしゃりという低い音が、冬の冷たい空気の中に響いていた。
僕らは並んで、波打ち際に沿ってゆっくりと歩いた。革靴が砂を踏むたびにサクと軽い音を奏で、夜の海に吸い込まれていく。
「……航」澪が、マフラーに顔を埋めたまま、夜空を見上げてぽつりと言った。
「私ね、高松に行くの、ほんとはずっと怖かったんだ。自分で決めたことなのに、知ってる人が誰もいない街で一人で暮らしていくなんて、本当にできるのかなって」
澪の吐いた白い息が、ふわりと星空に向かってのぼり、空に優しく溶けていった。
「でも、航の本音を聞けて、少しだけ胸が軽くなったの」ごめんね、と一言添える澪。
「寂しいのも怖いのも、私だけじゃないんだなって。なんだか安心しちゃったんだ…」
「……みんなそんなものだと思うよ。環境が変わるのが怖いのは当たり前だよ」
「そう…。そうだね。でも航は自分の意志じゃないのに、島を出なきゃいけない。だったら、自分で選んで外に行く私がこんなんじゃダメだって、思ったの」
澪は立ち止まり、僕の方を振り返った。その瞳には、夜空の星の光が静かに反射して、きらきらと輝いていた。
澪はいつも猪突猛進なくらいの勢いで、やると決めたことはやってきた。進路について、最後の心の準備ができたのだろうと察する。
「僕は、本当はまだ怖いよ」
ポケットに両手を突っ込んだまま、海の向こうの、真っ暗な水平線を見つめた。
「本土に行ったら、島のものがなんにもなくなる」
嗅ぎなれたオリーブの匂いも、聞きなれた内海の波の音も。見飽きたくらいの、この景色も。
水斗みたいな無神経なくせに真っ直ぐなやつも、澪みたいに無鉄砲なくせに慎重なやつも。
どこを探したって、ないだろう。
他のものはたくさんあるかもしれないけれど、それは、僕が求めているものではないのだ。
「…だけどさ」
僕は視線を落とし、足元の砂を爪先で少しだけ蹴った。
「澪が海の向こうで、島の新しい特産品を作るんだろ?」
「開発してみせるよ」澪はふふ、と楽しそうに笑う。
「…だったら、それを僕にいちばん最初に食べさせて。ファン第一号になるよ。高松と神戸なら、島で会うよりも少しだけ近いだろ。水斗よりも先に食べてやる」
「あはは、何その競争扱い。試食会はちゃんとするつもりだよ」
「じゃあ味見係で開発に関わらせて」
「どうしても最初がいいの?」澪は仕方ないな、とくすりと笑った。
砂浜に落ちていた小さなシーグラスを見つけて、拾い上げる。そしてそれを僕の手に握らせてきた。冷たくて、だけどどこか丸みのある、深い緑色のガラスの破片。
「これ、航にあげる。私調べでは緑色はレアなんだよ」
「確かに。番屋のなかにあるのほとんど青色とかだった気がする」
「よく見てるね」
関心する澪に、僕はふふんと胸を張って答えた。
僕があの番屋で過ごす時間をどれだけ大事に想っているのか、きっと、二人は知らないのだ。
手渡されたシーグラスの冷たさが、僕の手のひらのなかで少しずつ温まっていく。
隣を歩く澪の横顔を見ながら、僕はこの島に来て二人と幼なじみでいられて、本当によかったと心から思った。
自分の未来がどんなに意に沿わないものであっても、この夜の海の静けさと、澪がくれたシーグラスの思い出があれば、迷わずに歩いていける気がした。
僕たちの、二度と戻らない十四歳の冬の夜が、静かに更けていった。




