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銀の怪盗は真夜中に覚醒する  作者: 黒瀬 蓮
動き出す気持ち

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ぎこちない交渉術

 ログチーの合図を待つも、一向に何の動きもない。

(まさか、見つかったんじゃないだろうな……)


 心配になり、結局俺自身も202号室へ移動することにした。チェーンをひっかけ、そろそろとベランダへ降りる。


「いてっ」

 チェーンを強く握ったためか、左手がズキリと痛む。じんわりとした痛みを抑えるように右手で左手を握る。

 そして、ベランダの隙間からそっと隣の201号を覗いた。


「ん?」

 黒い物体が動いているのが目に入る。

 視線を上げると外壁の換気口になにかが引っかかってるようだ。

 よく見るとログチーが換気口に挟まれていた。多分、腹でもつっかえたんだろう。


「マジかよ……」

 一瞬冷めた顔でログチーを見つめる。

首の後ろを掻きながらため息をつき、小さく呟く。

「仕方ない奴だなぁ……」


 ベランダから隣のスペースへそっと移動する。二階だし余裕!と思ってたら、足が滑って一瞬落ちそうになる。慌てて右手でベランダの柵を掴んだ。

「あ、あぶねっ」

 思わぬところで冷や汗をかく。


 201号室のベランダに入り、窓からそっと中を伺う。奥に小さく人影が見えた。


 小声でログチーに話しかける。

「おい!……お前何やってんだよ!」 

「シ、シルバー助けてぇ!上手く入れると思ったのにぃ〜」

「……お前、ちょっと太り過ぎなんじゃね?」

「ち、違うし〜!てか、早く何とかしてよ〜」

 ログチーがバタバタと身体を動かす。

「ちょっと待ってろよ?」


 俺は部屋の中の様子を再度見ながら、ベランダの鍵を確認した。


「……あれ?開いてんじゃん……?」

(不用心な奴)

 ログチーが中に入って開ける予定だったけど、ラッキー!!


ログチーに声をかける。

「ログチー、ちょっと腹を引っ込めろよ?」

 そう言ってから俺は、換気口から思いきりログチーを引き抜いた。


 ズボッ……


「いったぁぁぁい!!」

 ログチーが叫ぶ。

「お、おい!静かにしろって!」

 小声でログチーに言い聞かせながら口を押さえる。

「モゴモゴ……」

 ログチーをポケットにつっこみ、もう一度、中の様子を見る。近くに人がいないことを確認し、

ベランダの窓をそっと開けた。


「……ん?」

(今更だけど、これって住居不法侵入罪とかだよな?)

 心臓が少しバクバクする。見つかったら終わり……。てか、普通の部屋だし、靴は脱ぐべきなのか?

 いやいや、怪盗なんだからそんなの関係ねぇ!ゴクリと息を呑み、俺はそのまま中へ足を踏み入れた。


 部屋の中をさっと見渡す。シングルベッドが一つ、クローゼット、パソコンと椅子、本棚。隠れられそうなとこは、やっぱクローゼットかな。


 奥から住人が戻ってくる前にと、俺はクローゼットに身を隠した。

 ログチーが中に入った瞬間、モゾモゾとポケットから顔を出す。


「シルバー、何この匂い。臭いよ〜」

「うん……なんなんだこの臭い?」

 

 魚の腐ったような異様な臭い。思わず吐きそうになる。鼻を押さえながらスマホを確認した。

 時刻は21時15分。

 そろそろ動き出す……のか?


 臭いに意識を持っていかれそうになったところで、急にダンッ!と大きな音がした。


 外の様子を見る。クローゼットの隙間から見えるのは太った男。風呂に入っていたのか腰にタオルを巻いただけの姿で椅子に座っている。


「……」

「シルバー、そういう趣味?」

「んなわけあるかっ!てか、静かにしろ」

 小声で言い返す。


 男がパソコンを立ち上げる。

「ふんふーん」

 楽しそうに鼻歌を歌っている。

 パソコンを見ると、遠目に女の人の画像が見えた。

「麗奈ちゃあん、写真の中のキミも可愛いねぇ。

今から僕と気持ちいいことしようね」


「……っ!」

 思わず顔から血の気が引く。クローゼットの中の臭いと混ざり、また吐き気が襲ってくる。

 思い切り視線を逸らすが、外からは男の息遣いが生々しく聞こえてくる。 


「オエッ……」

口元を抑えながら小さく呟く。

「クソ野郎……キモすぎる」

 身体が小刻みに震え、胸の奥からどうしようもない怒りが込み上げてくる。

 

 ダメだ……。もう我慢出来ねぇ!

 俺は勢いよくクローゼットを開けた——。


「だ、誰だ!」

 男が振り返ってこちらを見る。

 俺は男の姿を見て思わず顔をしかめた。

「……マジ、最悪だ」


 チェーンを放ち、部屋の照明を落とす。


 バチンッ——


 一瞬で部屋が暗闇に包まれる。

「な、なんだ? お前は誰だ!?」


 暗闇の中、ゆっくりと男に近づく。

「……お前なんかに名乗る名前はねぇよ。てか服を着ろ! 見苦しい」


「だ、誰なんだよ! ぼ、僕に、近づくなっ!」

 暗闇の中、男はキョロキョロしている。 


 少しずつ男に近づき尋ねる。

「お前……、何しようとしてる?」 


 男の身体が目の前で揺れる。

「な、なんだ?そんなことよくわからない奴に言うわけないだろぉ」


 そう簡単にはいかないか……。待てよ、前みたいに集中すれば何か聞こえるはずだ。

 相手の潜在意識が。

 目を閉じ、神経を研ぎ澄ませた。


 …………

 ……レイナ。

 ……麗奈ちゃん。一目惚れしたあの日。

 キミのとっておきの写真。

 兄貴のクラウド……

 予約投稿、もう僕を誰も止められない。

 僕の麗奈ちゃんをみんなにも……。

 麗奈ちゃんと僕との未来……。ぐふっ


「オエッ……」

 映像と共に粘りつくような想いが身体に染み込んでくる。妙に生々しく、また吐きそうになる。


 麗奈……って佐伯、だよな?

 写真? たしかにあの日消した。パソコンもスマホも。

 兄貴ってあの時の男だよな。

 兄貴のクラウド……。

 クラウドってなんだ? さすがにFFではなさそうだし……。

 クソッ!わからねぇ。

 予約投稿ってのも気になる。

 自動ってことなのか?

 てか、そんなのどうやって解除するんだ?

 そもそもSNSなんか無縁の俺に……。


「おい、お前!いきなりダンマリかぁ?僕にビビってんのかぁ?」

「は?ちげーし!」

 即答で返す。


 とりあえずコイツに吐かすしかねぇ!

 さっき聞こえたのは明らかに佐伯への気持ち悪いぐらいの執着。そこを攻めるしかない!


「アンタさぁ……今から何かするつもりだろ?」

「な、なんのことだぁ?」

「麗奈のことで」

「……っ!」

(よし、反応した)


「しかも……写真が関係してるとか」

「な、なんで……」

「その写真、ネットに投稿するつもりじゃないだろうな?」

「そ、それは、麗奈ちゃんの為に!」

「アンタさ、その麗奈って子が好きなんじゃないのか?」

「あ、当たり前だぁ! 麗奈ちゃんは僕の彼女だし」

「……彼女?」

 そうだったのか?佐伯……?


 いや、違う。そんなワケがない。もしそうなら自分で止めてるはずだ。


「そうだ!可愛い彼女をみんなにも見せてやるんだ!」

「……それは、麗奈は知っているのか?」

「知らないよ。でも知ったら僕の胸に彼女は飛びこんでくるんだ!」


 拳を思い切り握る。殴りたい衝動を抑えながら叫んだ。

「んなワケあるかっ!」


 男はびっくりしたのか椅子から転げ落ち、部屋中にデカい音が響いた。


「な、なんでそんなことがわかる!?」


「そ、それは、えっと、俺が、み、未来予報士だからだ!」


「……は?」

 一瞬その場が凍りついた。


(あ、あれ? 失敗した?)

「シルバー、何言ってんの?」

 ログチーがポケットの中からツッコむ。ちょっと恥ずかしくなり、即座に返す。

「うるせぇ、ちょっと黙れ」


「俺は……お、お前の未来を変えに来たんだ」


「そ、そんなこと……信じられるわけないだろぉぉ!」

 男が興奮気味に返してくるが、構わずに続ける。

「お前さ、兄貴がいるだろ?」

「は? な、なんで……」

「あー……、見えるな。お前の兄貴が」

「な、な……」

「今どこにいるのかも、な」

「なんで知ってるんだぁ!?」

「なんでって? そりゃあ……見えるからに決まってんじゃん?」

「……そんなこと、信じられるかぁ?お前みたいな怪しい奴」

 男の様子を見ると、暗闇の中でもわかるぐらいさっきまでの勢いはない。身体を強張らせ、黙っている。

 コイツが欲しいのは佐伯との未来……。だったら、そこを突けば、多分……。


「なあ、アンタはその……麗奈との未来が欲しいんだろ?」

 男がゴクリと息を呑んだ。


「……ま、まさか、そんなことができるのか?」

(よし! 食いついた!)


「ま、まあな。でも……未来を見るにはもう少し情報がいるんだよなぁ?」

 チラッと男を見る。動揺してるのか、身体を揺らしている。


「情報……?」

「うーん。そうだなぁ……例えば、お前が今から何をするつもりなのか。全部かな」


「……」


「別に話したくないならいいんだぜ? あーあ、せっかくのチャンスを逃すのかぁ? もったいねぇなぁ?」

 わざとらしく煽ってみる。

 男に視線を向けると、揺らしていた身体の動きが止まった。


「い、いや、わ、わかった! 話す!話すから」

「そ、その代わり、麗奈ちゃんとの未来を約束しろ!」

(そんなことは知らねぇ……。でも)


「ま、任せとけ!」 

 口角を上げ、俺は快諾した。

(ぜってぇお前の思うようにはさせねぇ。怪盗らしくお前から情報を奪ってやる!)

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