罠か、救いか
久我と二人、職員室を出た。
(なんでこんなことに……)
久我は全く気にすることなく、昔からの連れにでも話すように話しかけてくる。
「なぁ?どこ行く?」
「別にどこでも……」
久我がいきなり振り向く。思わず肩がビクッとする。
「黒川ぁー!アカンで、そんな優柔不断はほんまアカン!男やったら『ココや!』って決めな嫌われんで?」
「は?じゃあ、アンタが決めればいいじゃん」
呆れて返す。
「それは、他責すぎるやろぉー」
久我がケラケラと笑うから、何か調子狂う。
「あんまり知らんのよなぁ、このへん。奢ったるし、ええとこ連れてってやぁ」
「奢り……!?じゃあ、スタバ行こう!」
(一番高ぇやつ頼もう)
「りょーかいや!」
◇◇◇
席につき、早速コーヒーを飲む。奢りとはなんていい響きなんだ!コーヒーに1,000円は自分ではいけねぇ。何だこの贅沢!顔が綻ぶ。
「なんや黒川、機嫌良さげやなぁ?」
「べ、別に。てか、コーヒー、サンキュー」
久我がまた俺を見ながら笑う。
「可愛いやっちゃのー、高校生ってやつは」
「可愛いって言うな!」
コーヒーを飲む。
「で、何が知りたいんや?」
久我の表情が少し鋭くなり、背筋がゾクっとなる。
「……佐伯の件で、アンタの弟が調査したって?」
久我の口元が少し上がる。
「せや。弟が佐伯さんを心配しててな?たまたま俺がこの学校に来ることなったからついでに、な」
「そんな偶然……」
「まあ、それは嘘や」
「は?」
一瞬目が点になる。
「はぁぁぁぁぁぁ?」
思わず店内で叫んでしまう。
「ちょ、うるさいで?」
久我が呆れながら言う。
「いやいやいやいや、ちょっと待てよ!」
頭をガシガシと掻く。
「アンタ、何言ってんだよ?」
「ほんまのことやん、勝手に信じたんは佐伯さんのほうやで」
「警察って出したら信じるんやからほんまガキはやりやすいで?」
背筋が凍りつくような視線。
「な、なんで俺にそんなこと言うんだよ。俺が学校にバラしたらアンタ教育実習なんか……」
言い終わる前に気づいた。久我にとっては教育実習なんてただの手段だ。
「なんや?学校にバラすとか、脅しはそれで終わりか?」
下を向き、拳を強く握る。店内は暖かいのに冷や汗が止まらない。
「じゃ、じゃあ何の目的で……」
絞り出すような声で尋ねた。
久我がニヤッと笑う。
「佐伯さんのあの事件に絡んだ人物を探すためや」
事件に絡んだ人物……。あの男?
「あの男は捕まったんじゃ……」
「あんなクズはどうでもええんや!」
久我が少しだけ声を荒げた。
「佐伯さんを助けて、あのクズを追い詰めた人間や!」
「……っ!?」
「なんや?表情変わったやん?黒川」
「佐伯さんから何か聞いたんか?俺らには話してない話を」
(まさか……俺を探ってたのか?)
「知らない……」
「彼氏にも話してないんか」
「だから彼氏じゃねぇし!」
久我が怪しく笑う。
「でも、あの子は黒川が好きやと思うで?」
「は?」
「鈍感な奴、好きになってしもたんやなぁ、あの子。気の毒やなぁ」
「か、勝手な憶測すんなよ!」
思わず顔が赤くなる。
「ほんま黒川可愛いなぁ。弟にしてやりたいぐらいやわぁ」
「誰がなるかよ!」
久我は愉快そうに笑うが、その目は全く笑っていなかった。見透かすような瞳で俺を見た。
「ほな、質問変えよか?」
「は?」
「黒川はあの日、どこにいたんや?」
「ど、どこに……って、公園にいて、そこから駅に向かって帰っただけだ」
「素直やなぁ?自分」
久我が噴き出す。
「まあ、ないか」
「?」
「で、黒川は何が知りたいんや?」
「俺は、佐伯の写真を投稿した奴のことが知りたい……」
「殴りにでも行くつもりか?もう手遅れやて」
「……それでも、知りたいんだよ」
久我は俺を見てため息をつく。そして胸ポケットから写真を出した。
「これは……?」
「クズの弟や。後ろに住所が書いとる。まあそこは、今日引き払ったみたいやから、もうお手上げやけどな」
「俺が持ってる手札は、今はこれしかないわ。すまんなぁ黒川」
「……」
写真を手に取る。
「欲しいならやるで。なんかオッサンの写真入れとくの嫌やったしな」
久我がお手上げのようなポーズを大袈裟にする。
「まあ、黒川に聞きたいことは聞けたし、ありがとうやでー!ほな、帰るわ」
久我は満面の笑みを俺に向けた。
俺は何も言えず、そのまま久我が席を立つ。その時、久我の唇が微かに小さく動いた気がしたが、店内のざわつきで俺には全く聞こえていなかった。
◇◇◇
久我が去った後、緊張の糸が切れたのかどっと疲れが襲ってきた。目の前には氷が溶けて薄まったコーヒーがかなり残っていた。
一気に飲み干す。
「うっす……」
久我が置いて行った写真を見つめる。罠かもしれない。けど……手がかりはこれしかない。
過去を改変出来れば、久我にバレることなんかない!写真を握りしめ、スタバをあとにした。
◇◇◇
写真に書いてある住所へ向かった。目の前には古い建物。矢場荘と書いてある。
そこから少し離れた公園で、周りに誰もいないことを確認し、ログチーに話しかける。
「ログチー起きてるか?」
「……」
「またかよ!」
「んーシルバー?」
「おっ起きたか?今から行くぞ?過去に!」
「今から!?うーん、あんまり気乗りしないけど」
「時間がないんだよ、嫌なら俺だけで行く」
「もー!またそんなこと言って!行くから!行けばいいんでしょ!」
時計がログチーに変わり、俺はシルバーになる。
「目指すは二日前の20時!」
「おー!」
身体の感覚が足元からだんだん消えていく。
そしていつものように目の前が真っ白になっていく。
「シルバー」
「シルバーって!」
目を開けると周りは暗く、街灯の光だけが煌々とついていた。
スマホを見る。時刻は20時すぎ。
よし、時間はズレてない。投稿の2時間前……。さあ、どうやって止めるかだな。
公園のベンチに腰かける。
「シルバー行かないの?」
「行く前に作戦立ててんだよ!」
「え?また考えてなかったの?」
「うるせぇ!時間がなかったんだよ」
ログチーが何かを思いついたようにニヤッと笑う。
「ふふん。シルバー!たまにはログチー様に任せてよ?」
「誰がログチー様だよっ!」
「まあまあ……とりあえず、ゴニョゴニョ……」
「……マジかよ」
◇◇◇
矢場荘屋根上。
ターゲットは201号室。
ログチーをチェーンに巻き付ける。
「だ、大丈夫だよな?」
「だから任せてってば」
「……わかった」
俺はチェーンに括りつけたログチーを空室の202号室めがけて思いきり投げた。
「あーれー」
ログチーが変な叫び声を上げる。
チェーンは俺が思ってる方向へ真っ直ぐに飛び、ログチーが202号室のベランダに着地したのが見えた。そしてログチーは壁を伝い、小さな換気口から201号室へ潜り込んだのが見えた。
その瞬間、理由もなく背筋がゾクリとした。
ふと脳裏に浮かんだのは、最後に見た久我の唇の動き。あの時アイツはなんて言っていたんだ?
行き場のない不安を抱えながら、俺はログチーの合図を待っていた。
Secrets have a way of revealing themselves.
(秘密はいずれ勝手に露見する)




