優しさの代償
〜空side〜
「紫音くん、もう帰っちゃったかなぁ?」
今日は日直。職員室に日誌を持って行き、教室に戻った。
ガラガラッ
教室の扉を開けると、紫音くんが席に座っている。思わず顔が緩む。
(もしかして……私を待っててくれた……とか?キャー!!♡)
「あ、紫音くん!まだいたんだ」
紫音くんがチラッとだけ私を見る。
「あ、ああ……」
ああ、このアンニュイな表情好きだなぁ……。
思い切って尋ねてみた。だって声かけろって言ってたし!
「一緒に帰る……とか」
誘ってみたけど返事はない。名前を呼ぶと、紫音くんが私を見た。
「あ?悪ぃ、なんか言ったか?」
何か考え事、してるのかな?なんか上の空。
「う、ううん……何でもない」
思わず言葉を引っ込めてしまった。
紫音くんは立ち上がってカバンをさっと持ち、私に言った。
「そうか、じゃあ俺行くから、じゃあな」
なぜか引き止めることも出来ず、そのまま手を振った。
「あ、うん。バイバイ……」
◇◇◇
放課後——
(……よし!今日は紫音くんと帰る!)
目の前に座っている紫音くんを見つめる。また何か考え事してるのかな?
「し、しお……」
声をかけようとした瞬間——
紫音くんは慌てて立ち上がって教室を出て行く。その前には佐伯さん?
(えっ?)
なんとなく気になって……、ううん、どうしようもない衝動に駆られて私は紫音くんをそっと追いかけた。
◇◇◇
追いかけたその先には——
「……」
見たくなかった現実を、無理矢理突きつけられたような感覚。
紫音くんの後ろ姿、紫音くんを抱きしめている佐伯さん。私には二人が抱き合っているようにしか見えなかった。
胸がズキリと痛む。あんなに幸せな気持ちだったのが、少しずつ消えて行く……。息が上手く出来ないよ、紫音くん。
「連絡先……、女の子は初めてって言ったじゃん……」
目から涙が溢れる。
紫音くんは私を好きだとは言ってない。ただ私が勝手に好きなだけ。紫音くんは優しいから、そんな私に付き合ってくれただけ……なんだね。
二人に背を向け、その場を後にした。
◇◇◇
佐伯が顔を上げる。
「黒川くん……何とかするって、どういう意味?」
根拠はない。でも、やれることはあるはずだ。
「まあ……そのままの意味だ。原因さえ潰せばいい」
ポケットからハンカチを出して佐伯に渡す。
「とりあえず、これで拭けよ」
佐伯が戸惑った表情で俺を見る。
「そんな目で見んなよ、ちゃんと洗濯してるやつだし!」
「プッ」
佐伯が噴き出す。
「違うよ」
「何がだよっ」
思わず手で口を隠す。その後、佐伯が小さく呟いた。
「……不器用で優しい」
「ん?なんて言ったんだ?」
「ん?黒川くんてほんと不器用だなぁって」
照れ臭くなって、佐伯にハンカチを押し付ける。
「う、うるせぇよ!ほら、さっさと顔拭け!」
「うん……!ありがと」
ホッとしたのか、佐伯は少しだけ微笑んだ。
◇◇◇
「それで?」
佐伯が落ちついた後、俺は写真について尋ねた。
「わからない、急にSNSで拡散されたみたい……取り下げの連絡はしてみたけど……」
「……誰がやったか心当たりはあるのか?」
「多分、あのホテルにいたあの人」
「アイツか……あ、でもアイツは捕まってデータも削除されたって言ってなかったか?」
「捕まったってなんで知ってるの?」
「えっ?いや、ニュ、ニュース見たんだよ!」
「そ、そうなんだ」
焦りを隠しつつ、話を続ける。
「ちなみにいつ、拡散されたんだ?」
「……投稿されたのは二日前の22時だった。多分そこから広がったんだと思う」
「二日前……」
「書いた人を最初から止められたらいいんだけど、そんなの無理だもの……」
「最初に止める……?」
(誰がやったかわかれば確実に止められる?)
「黒川くん、ごめんね?私大丈夫だから……。黒川くんが……誤解しなければ私……」
「ん?誤解?」
「えっ?あの……、えっと、なんでもない」
「……?」
確かにアイツが一番怪しいよな?でもなんか引っかかる。パソコンのデータは消した、スマホはぶっ壊したハズなのに……。
『黒川様、いまお持ちのスマホは起動出来ませんが、バックアップから復元出来ますのでご安心くださいね』
携帯の店員さんの言葉がふと頭をよぎった。まさか、アイツのもバックアップは残っていたってこと、なのか!?
「佐伯!!」
声がデカすぎたのか、佐伯が一瞬驚く。
「な、何?」
「一応、その男の連絡先わかるか?」
「えっ?うん、わ、わかるけど」
「あと、ちなみにアイツのスマホとかどうなったんだ?」
「わ、わからない。警察の人が多分……でも」
「でも?」
「久我先生に同じこと聞かれた気がする」
「久我……?な、なんで久我が?」
「なんか、久我先生の弟さんが偶然、前に私の聴取をしてくれた人でね、気にしてくれたみたい」
そんな偶然、あるのか?
いや、そんなことあるハズがない。おかしい、絶対おかしい。
佐伯を見るとさっきより落ちついたように見える。
「佐伯、もう大丈夫そうだな」
「あっ、うん。黒川くんのおかげ……」
思わず視線を外す。
「そ、そっか、なら良かった。じゃあ俺、ちょい調べることあるし、行くな?」
「あっ……、うん。ありがとう」
佐伯が柔らかく微笑んだ。
◇◇◇
職員室前——
今、久我に接触するのは危険かもしれねぇ。けど手がかりはほぼない。それに学校にいるならナイフで攻撃してくるとかないだろ。多分。
ゴクリ、と息を呑む。
職員室の扉をそろそろと開け、中を見る。久我は……、いた!
中に入り、久我に近づいていく。
久我は俺に気付き、怪しさ満載の笑顔で言った。
「黒川、そろそろ来るて思っとったで?」
「は?」
「まあ、座り」
コイツ、やっぱり俺の正体を……?身体が強張る。
「なんや?緊張しとんのか?」
「い、いや……、なんで……?」
「ん?佐伯さんのことちゃうん?自分彼氏やろ?」
「……は?違ぇし!」
「ふぅん。なら何でそんなに気にしてるんや?教師の俺がこんなんいうのもなんやけど、あんな写真……」
「……やめろ!友達が困ってたら普通助けんだろ!」
俺は思いきり久我を睨んだ。
「……プッ。キミ、なんかからかいがいあるやっちゃな」
久我が俺を見ながら腹をかかえる。なんだよ、調子狂う。
「んなことどうでもいいんだよっ!」
「自分、教師への口の聞き方悪いんとちゃう?」
「うっ……」
「プッ。ほんま自分可愛いな」
「まあ、ええわ。俺も今日の仕事終わったし、今から付きおうたるわ。先生じゃなく、久我としてな?」
「は?」
久我は俺を揶揄うような不敵な笑みを浮かべていた。




