止めた涙と泣かせた涙
閉まった教室のドアをしばらく無言で見つめていた俺は、さっき佐伯が言いかけた言葉が引っかかっていた。
あの男って、ホテルにいたあのヤバい奴のことだよな?てか、捕まったんじゃないのか……?
それに、なんでよりによって久我が佐伯を呼びに来るんだ?教育実習生が何の用だよ……。
なぜか嫌な予感がする。誰もいなくなった教室の中で俺は一人佇んでいた。
ガラガラ……と扉の音。
視線を扉に向けると、蒼乃が立っていた。
「あ!紫音くん!まだいたの?」
「あ、ああ……」
適当に相槌する。
「一緒に帰る……とか」
「……」
「紫音くん?」
「あ?悪ぃ、なんか言ったか?」
「う、ううん……何でもない」
「そうか、じゃあ俺行くから、じゃあな」
「あ、うん。バイバイ……」
(別に佐伯が心配とか、そういうんじゃねぇからな。久我の様子を見るだけだ)
誰に言い訳してるのか自分でもわからないまま、俺は教室を出た。
廊下を歩いてる最中、ログチーに話しかける。
「ログチー!」
「……」
「ん?まだ寝てんのか?」
(そういえば戻ってきてからコイツと話したっけ?)
返事がない。
「……肝心な時にほんと出てこねーな」
俯きながらポツリと俺は呟いた。
◇◇◇
生徒指導室前——
窓からコッソリ中を覗いて見る。声は聞こえないけど久我と佐伯が向かい合って座っている。
(普通……?特に心配するようなことはないのか)
少しホッとして胸を撫で下ろす。そのまま去ろうと歩き出した瞬間、指導室の扉が開き、佐伯が出てきた。
「……っ」
「く、黒川くん、ど、どうしたの?」
「あ、いや、たまたま帰り道でさ」
「……え?ここ、三階だよ?」
「いや、そのアレだ、桐生のとこ行っててさ」
首の後ろを掻きながら誤魔化す。
「黒川くんて……」
「ん?」
「嘘が下手!」
イタズラっぽい表情で佐伯は笑った。
その背後から久我が出てきた。
「ほぉ、彼氏やったんか?黒川」
「か、彼氏?ち、違ぇし。な、佐伯」
佐伯は上目遣いに俺を見る。
(なんだ?その視線……)
「可愛ぇのー、青春って感じやなぁ」
久我がからかうように言う。
「まあ、気ぃつけて帰りやぁ?あ、佐伯さん思い出したら頼むで!」
「はい!わかりました」
手をヒラヒラさせながら久我は去っていく。
「……」
久我がいなくなるのを確認してから俺は佐伯に話しかける。
「なあ佐伯」
「ん?」
「久我に、何言われたんだ?」
「えっ?別に。進路のこととか色々……、困ってることあったらいつでも相談してって」
「何もされなかったか?」
佐伯がキョトンとした顔でこちらを見る。
「……?どうしたの、黒川くん。怖い顔して……。久我先生、とってもいい先生だよ?」
「そ、そうか。何もないならいい」
誤魔化すように頭を掻き、佐伯にさっきの件を尋ねてみた。
「あ、あと教室で言ってた男の話は……」
「あ、あれは……。ううん、私の勘違い。ごめんね、心配かけちゃって」
ピアスは反応しないから本当の話……だよな。
俺は「そうか」とだけ言って、その後は別々で帰った。
だけど、胸のざわつきだけが、なぜか消えてくれなかった。
◇◇◇
自宅——
自室でベッドに横になりながら、再度ログチーに話しかける。
「ログチー、起きろ」
「……」
「さすがに寝すぎだろ」
「……シ、シルバー?」
「おっ!やっと起きたのか?」
「シルバー、無事だったんだね!」
ログチーが時計からログチーに変わり、顔に張りついてくる。
「オイ!それやめろ!」
「いやだー!だって、だってほんとに無事で良かったよー」
ログチーを優しく撫でる。
「お前も無事で良かった。後、大地のことサンキューな」
ログチーは嬉しそうに頷いた。
「てか、なんでずっとおとなしかったんだ?」
「んー、なんかわかんないけどズレてた感じ?」
「なんのズレだよ?」
「もちろん時間だよ。時間の動きがいつもとなんか違って、すごく眠くて眠くて堪らなかったんだ。また水につけたとかないよね?シルバー」
「水につけるわけないだろ……。時間のズレ?動きが違う……?」
まさか——?
あの修行部屋の時間の影響か?
◇◇◇
久我が来てから一週間が経った。警戒していたが今のところ何も起きていない。
「……」
考えすぎだったのか、と思い始めた頃、事件が起こった。
——昼休み。
「なあ、これ佐伯だよな?」
「ヤバくね?」
「俺保存した」
「マジかよ!」
教室内の男どもがスマホを見ながらざわついている。ん?なんか既視感?前にもこんなことがあったような……。
「オイ、お前ら」
「く、黒川……」
「お前ら、マジクソだな」
「な、なんだと?」
「言うことがいちいちキモすぎんだよ」
「……っ!黒川!」
「なんだよっ」
「お前も見てみたらいいじゃん?」
と、いきなりスマホの画像を見せてきた。
「これ……は」
思わず目を逸らす。
ハッ……!佐伯は……?教室内を見渡すが佐伯は見当たらない。
「消せよ!」
「は?やだよ。俺が消したってWEB上にアップされてるからもう手遅れだって!」
「……」
手遅れって……、こんなの佐伯が見たら……。
「これは、誰がUPしたんだよっ」
「し、しらねぇよ。俺らたまたま見つけただけだし」
その時、大地が後ろから声をかけてくる。
「紫音、昼メシ……何だ?なに見てる?」
「大地!!」
思わず声がデカくなる。大地の肩がビクンと震えた。
「なんでもねぇから!ほら行こうぜ」
そう言って、クラスメイト達に背を向けた。
放課後——
ざわついた教室の中で、色々考える。
佐伯、あの写真、そして佐伯が口にしたあの男。でも嘘の反応はなかった。
「佐伯際どいよなぁ」
また違う男子生徒が噂をする声。それが聞こえたと同時ぐらいに佐伯が聞いていたのか教室を走って出て行く。
「っ!?」
気づいたら佐伯を追いかけて廊下を走っていた。蒼乃からの視線にも気づかず夢中で。
誰もいない廊下の端で、佐伯は大粒の涙を流していた。
「……」
何も言えずその場に立ち尽くす俺。
佐伯が泣きながら叫んだ。
「黒川くんには……見られたく、なかった……」
「……」
佐伯は振り返り、俺の胸に泣きながら顔を埋めてくる。
「……っ」
(……こういう時、この手はどうするんだ?抱きしめる……とか?いやいやダメだろ、それは。惑わされんな、俺)
「佐伯、泣くな」
「俺……、なんとかするから」
思わず口から出ていた。何か出来るなんて全くわかってないのに。
でも佐伯は少しだけ安心したように胸の中でコクリと頷いた。
俺は気づいていなかった——
少し離れた場所から蒼乃が俺らを見ていたことに。
俺の胸で泣く佐伯と、すぐ傍にいる俺。それが蒼乃にはどう見えていたのか。
佐伯が泣くのを止めたくて走り出した俺は、自分が知らないうちに蒼乃を泣かせていた——




