甘い余韻と怪しい教育実習生
自宅——
玄関で靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
「ただいま。母さん、はいゴマドレ」
「おかえり、紫音!買い物ありがとね、はい、お金。お釣りは取ってていいわよ」
「お、サンキュー」
思わず鼻歌を歌ってしまう。
「なんだかご機嫌ね?いい事でもあったの?」
「……は?ねぇよ、そんなの!」
冷蔵庫から水を取り出しながら応える。
「ふーん、遅かったし、デートでもしてるのかな〜って思っちゃった」
思わず飲んでた水を吹きそうになる。
「そ、そんなわけ……、ん?」
(……ただ、飯食って、プリクラ撮っただけで、あれはデートなんかじゃないよな?)
「どうしたの?紫音」
「な、なんでもねぇ!シャワー浴びてくる!」
動揺を誤魔化すように、その場を抜け出した。
その時、ポケットのスマホが震えた。
蒼乃からのLINE。
そこには、『紫音くん、今日はありがと。また良かったら遊ぼうね』の文字と、犬がありがとうって言ってるスタンプが押してあった。
「……変な奴」
そのままスマホをしまった。
〜空side〜
着替えながら今日のことを思い出す。私服、笑顔、二人で食べたオムライス、プリクラ、そして紫音くんの連絡先。
「キャーー!!!」
思わず顔を覆う。
私服姿は、いつも以上にカッコ良くて、オシャレで、私なんかが隣を歩いて大丈夫なのかな?って思った。
あれはどこかのブランドかなぁ?オシャレすぎるー!!!
あと、あのふいに見せたあの笑顔。
なに?あの破壊力!あんなの他の人に見せて欲しくないなぁ。
二人で食べたオムライス。紫音くんの可愛い一面。思い出しただけで鼻血出そう。あとスムーズな会計。カッコいいの宝石箱じゃん!
カバンから今日撮ったプリクラを取り出す。無理やり紫音くんにも半分渡したけど、どこかに貼ってくれるかなぁ?考えただけで顔が緩む。
プリクラをじっと見つめる。
『目つき悪いし、写真映り悪いんだよ……』
「全然、そんなことないのになぁ……」
初めて聞いた紫音くんのコンプレックス。
あんなに素敵なのに、何かあったのかな?ってふと思ってしまう。
スマホを開く。
画面には、紫音くん♡と表示。
『女の子では初めてだし』
初めて……、初めて?初めて♡
紫音くん、自分で言ったこと、わかってるのかな?
スマホのトークアプリを開く。
今日はありがと。また良かったら遊ぼうね。
スタンプ……っと。
「これくらいなら、いいよね」
あ、既読になった♡
1分経過、5分経過、10分経過したけど、返事はない。
「うん、これはデフォルト!」
スマホを置き、ベッド脇にかけてあった、紫音くんの上着を抱きしめながら私は今日の余韻がいつまでも続けばいいのに……って願った。
月曜日、学校——
今日はおそらくアイツがくる。自席に座りながら物思いにふける。
「紫音どうした?真面目な顔して?」
ナオが横から覗きこんでくる。
「うるせぇ!俺は普通に真面目だっつーの」
「ん?授業ふけるやつが?毎回寝てるやつが?真面目って意味の辞書を引け!」
「ぐっ」
正論すぎて言い返せない。
そんな話をしていると、チャイムが鳴り、ドアから担任ともう一人男が入ってきた。
「よぉーし、お前ら、今日は教育実習生を紹介するぞ!」
教室全体がザワザワとざわめき立つ。
担任はそのまま続ける。
「挨拶してもらうから、静かに聞けよー?じゃあ、久我先生、一言お願いします」
隣にいた緑髪の男が話し出す。
「あ、久我恭介って言います!担当は英語!皆さんよろしゅう頼んます」
「関西弁だー」「カッコいい」「素敵」
教室内の女子達がざわつきはじめる。
俺は久我と目を合わせないように俯きながら聞いていた。
「紫音くんっ」
後ろから小声で蒼乃が呼んでくる。
「なに?」
振り向かず小声で返す。
「あの人の声……保健室の?」
「お前っ!それは……」
思わず立ち上がってしまう。
(や、やべっ……)
先生が、久我が、教室のみんなが一斉に俺を見た。
咄嗟に顔を隠し、下を向いた。
「……あ、なんでもないっす!」
そのまま座る。
「久我先生、アイツは黒川って言うんですが、しょっちゅう寝たり、サボったりするんで、ビシバシやっていいですからね?」
「黒川くんか……」
久我が、一瞬何かを考えた後、こちらを見つめニヤリと笑う。
「黒川くん、サボるのは他の先生の授業だけにしてやぁ?」
教室内に笑いが起きていたが、俺は無言のまま下を向く。
(気づかれて……ないよな?)
背中にヒヤッとしたものが流れた。
昼休み——
「今日の弁当見てくれよー」
ノブが眉を下げながら俺らに見せてくる。
弁当を見ると、大量の飯、ど真ん中にデカい梅干し。
「見事な日の丸弁当だな」
ナオが冷静に呟く。
「作ってもらえるだけいいじゃん!」
大地が笑う。
俺は久我のことが頭から離れず、無言のままノブの飯の上に卵焼きと唐揚げを一つずつ乗せた。
「紫音ー、お前優しすぎんだろー」
ノブが感動しながら飯を噛み締めている。
「紫音?」
大地が声をかけてくる。
「……ん?」
思わずハッとなる。
「お前全然食ってねぇじゃん?」
ナオが心配そうに見つめる。
「あ、ああ、ちょっとボーッとしてた。今から食う」
ナオ達が心配そうに見ている中、俺は弁当を思いきり腹の中にかきこんでいった。
放課後——
大地達はそれぞれ部活や生徒会があるからと早々に教室を出て行った。
久我の様子を伺うべきか——?と悩んでいると、近くの席にいた佐伯が真っ青な顔をしていた。
「佐伯?」
なんとなく声をかける。
佐伯がゆっくりと俺を見る。
「あ……黒川、くん……」
明らかに様子がおかしい。
「なんか、あったのか?」
佐伯は首を横に振りながら小さく笑う。
「う、ううん、なんでもない」
そう呟いた佐伯は小さく震えていた。
「……っ!」
左耳のピアスを触り、再度同じことを聞いた。
「……ほんとに、何もないのか?」
「う、うん……何もないよ」
キィィィィィィンッ——
耳をつんざくような不協和音。
(……何か隠してる?)
でも、これ以上踏み込むのは違う……よな。
誰にだって言えないことくらいあるだろうし。
あーーっ?……あれか、あの女子特有のやつ……。やべぇ……俺、めちゃくちゃデリカシーないこと聞いたんじゃ……。
今さらになって顔が青ざめる。
恥ずかしすぎて、その場を去ろうと再度佐伯に声をかけた。
「そか……悪ぃ。変なこと言って……」
佐伯に背中を向けると、俺の制服の裾を少しだけ引っ張りながら、小さく佐伯が呟いた。
「……やっぱり、行かないで」
「ん?」
(いや待て。女子のそれは、俺にはどうにも出来ねぇぞ!?)
焦った俺はよくわからないまま佐伯に言った。
「佐伯、多分冷やさないほうがいいと思う!」
一瞬、沈黙が流れた後、佐伯が首を傾げながら言った。
「黒川くん?なんのこと?」
「あ、あれ?」
(ち、違うのか?)
「いや!なんでもねぇ!」
「……?」
危ねぇ……。何を口走ってんだ俺は。
なんか顔熱い。
「あのね……黒川くん」
「ん?」
「私……、またあの男の人に……」
佐伯が言いかけた時、教室のドアが開いた。
そこには久我が不敵な表情を浮かべて立っていた。
「……っ!?」
「キミ、佐伯さん?ちょっと指導室まで来てもらえるかぁ?」
「……黒川くん、悪いなぁ?邪魔して」
顔を下に伏せながら「別に」と答えた。
佐伯は少し焦った様子で、カバンを手に取り返事をした。
「わ、わかりました。すぐ……行きます!」
俺を見て、申し訳なさげに佐伯は呟く。
「黒川くん、ごめん、また話すから……」
そのまま佐伯は、久我の後ろをついて教室を出て行った。




