気を許せる相手
家に帰宅した俺は、いつものスウェットに着替えてベッドに寝転んだ。
左手を見るとまだ赤くなっている。
「ふぅ……」
小さく息を吐く。
ふとベッド脇に置いてある割れたスマホが目に入った。
「……スマホ、何とかしないとな」
誰に言うわけでもなく、ボソッと一人呟いた。
◻︎◻︎◻︎
夕飯を食べた後、縁側に向かった。
じいちゃんがいつものように縁側に座って、空を見上げていた。
「じいちゃん、風邪引くぞ?」
声をかけると、じいちゃんがゆっくりと振り返った。
「紫音か」
俺はそのままじいちゃんの横に座った。
「じいちゃん、あのさ」
「ん?」
「これ見て」
ポケットから割れたスマホを取り出して見せる。
「……ばあちゃんにずっと大事にするって言ってたのに、壊してしまった」
ヒビだらけになった画面をじっと見つめる。
「ばあちゃん、怒ってるかな?」
そう言って、空を見上げる。
じいちゃんはしばらく何も言わず、そっと俺の肩に手を置いた。
「……わざとではないんじゃろ?」
「あ、当たり前じゃん!」
じいちゃんはフッと微笑む。
「形あるものはいつかは壊れる。清乃はわかっとるよ」
手の中のスマホを見つめる。
「……そっか、そう、だよな……」
じいちゃんの言葉に、胸に引っかかってたものがスッと流れていった。
◻︎◻︎◻︎
——docoda店舗前。
父さんに委任状書いてもらったし、印鑑も借りた。店頭予約もした。抜け漏れはねぇ!
少し緊張しながら、店頭のドアをくぐる。
準備万全だったこともあり、スムーズに手続きが進んだ。
「黒川様、お待たせいたしました。こちらの新しい機種に全て移行済です」
「あざす!」
スマホをポケットにしまい、立ち上がろうとすると、店員が俺を呼び止めた。
「黒川様、最後に一点だけよろしいでしょうか」
「はい?」
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スマホを交換し、店を出ると、時刻は昼の12時を過ぎていた。
「あー、腹減ったなー、さっさと帰るか……」
帰り道を足早に歩いていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「し、紫音くん!」
ゆっくり振り向くと、蒼乃が立っている。
「蒼乃……、またお前かよ!」
「えっ?ち、違う!今日はほんとに偶然だよ?」
動揺しているのか、顔が赤い。
「プッ……」
おかしくて思わず笑ってしまう。
「紫音くんが笑った……」
「……よく会うよな、ほんと」
半分呆れたように俺は呟く。
「私服の紫音くん、新鮮……」
「……」
なんとなく、照れ臭い。
気まずくて、その場を去ろうと蒼乃に背中を向ける。
「じゃ!俺、もう行くから!」
「し、紫音くん!待って!!」
「ん?」
「あの……」
「?」
「せ、せっかくだし……」
「せっかく?」
「あのっ!」
「デ、デー……じゃなくて、い、一緒に遊ばない?」
「……は?無理。帰るし」
反射的に言葉が出た。
「そ、そっか……」
蒼乃を見ると、なんかめちゃくちゃガッカリしてるように見える。
てかなんでそんな被害者ヅラみたいな顔すんだよ、俺が悪いみたいじゃねぇか。
んー?言い方か?俺が……悪いのか?てか、腹減ってるし、もう帰りたいだけなんだけども。
頭をガシガシと掻く。
「……少しだけなら付き合ってやる」
蒼乃の顔が一瞬で明るくなる。
「ほ、ほんと?」
「ありがとう!紫音くん!」
そう言ってなぜか腕を絡めてくる。
近いんだよ、いちいち。
「ちょ、調子に乗んな!離れろ!」
——Cafe アンドリーチェ内。
目の前に、超デカい大盛りのオムライスが置かれる。
「な、なんだよ、これ……」
「オムライスだよ?」
「んなもん、わかってるっつーの!なんだよ、このデカさ」
「紫音くん、お腹空いてるって言ってたし」
蒼乃が何故か得意げに説明してくる。
「いやいやいやいや、デカすぎだし」
「だから……」
「だから?」
「一緒にたべよ♡」
「は?」
「お前と……?」
「うん!」
目の前のオムライスをじっと見る。うーん、半分ならまあいけるのか?てか、これは一体いくらするんだ?
「紫音くんっ!」
蒼乃の呼びかけにハッとなる。
目の前に、スプーンに盛られた一口大のオムライスを蒼乃が突き出してくる。
「……自分で食えるから」
スプーンでオムライスをすくって一口食べる。
「……うまっ!」
「でしょ?」
「てか、何でお前が自慢げなんだよ」
「えへへ。何となく」
「ったく!」
もう一口食べる。
ふわふわの玉子にちょっと濃いめのデミグラスソース。腹が減ってたってのもあるけど、思ってた以上に美味い。
蒼乃と二人で夢中になって食べた。
「よし、あとは本丸だけだな」
「本丸?」
「まあ、例えっつーか、その、ここ食ったら制覇的な……」
やべ、つい大地といるみたいに話しちまった。城攻めみたいな話したってわかんねぇよな。
「ほんとだ!すごい!」
「えっ?」
「ん?」
「いや……別に」
「よぉーし!本丸を食べちゃうぞー!」
変な奴。知らないうちに俺は口元が緩んでいた。
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店を出た後、俺はなんだか機嫌が良かった。
あのオムライス、1000円って破格じゃん?なんかめちゃくちゃ得した気分だ。顔が緩む。
「紫音くん、お金っ」
「あ、あー、いい。ほとんど俺が食ったし」
(安かったしな、うん!余裕)
「あ、ありがとう」
「じゃあ、帰るか!」
「えっ?まだだよ?」
「ん?まだなんかあるのかよ?」
「えっとね、プリクラ撮りたい……今日の記念に……」
「記念?」
(オムライス記念日……とか?)
「うーん、無理!」
「えっ、なんで?」
「なんでって……」
少しため息をつき、蒼乃を横目に見る。
「俺、写真嫌いなんだよ……」
首の後ろを掻く。
「目つき悪いし、写真映り悪いしさ……」
「だから……」
「紫音くんと、撮りたい!」
「……お前、人の話聞いてた?」
「ダメ、かな?」
ああ……クソッ!
「一回だけだからな!」
蒼乃の顔がみるみる明るくなる。
「あ、ありがとう!」
初めて撮ったプリクラは、いつもの写真と同じぐらいめちゃくちゃ映りが悪かった。
でも、蒼乃はそんなプリクラを大事そうにカバンに入れてたんだ。
ブブッとポケットの中のスマホが震える。
スマホを確認すると母さんからのLINE。
『スマホ直った?帰りにゴマドレ買ってきてね!』
(直ってなかったらLINE見れねーっつーの!)
「あっ!紫音くんのスマホが新しくなってる!」
「あ、ああ……今日変えた」
「あの、私の連絡先は?」
「は?別になんもしてねぇ」
「えーっ?」
「……持ってるだけだって言っただろ」
「意味ないじゃん!登録しよ?」
「面倒くせぇ……」
「貸してくれたら私がやるからー!ね?お願い!」
「……あー!もう!うっせぇな!ほら!勝手にしろ」
蒼乃がスマホを受け取り、操作している。
「出来た!出来たよ?紫音くん」
「そりゃ、出来んだろ」
「ねぇ、紫音くん?」
「なんだよ。俺は返信はしねぇからな。読むだけだ」
「えっ?スタンプぐらい返して!……って、そうじゃなくってぇー」
「なんだよ?」
「えっと……他に女の子の連絡先って登録してたり、する?」
「……は?」
思わず蒼乃を睨む。
「お前さ?人をチャラ男扱いすんじゃねーよ」
「し、してないよ」
「つーか、お前が初めてだよ。女の子で登録したのは」
「えっ?」
「えっ?じゃねーよ!お前が勝手に登録したんだろ!」
「あ、うん!そうなんだけど……」
「……ん?なんかお前、顔がニヤけてないか?」
「に、にやけてないもん!普通だもん!」
「ふーん」
早く帰りたいと思っていたのに、蒼乃と過ごした時間は、思いの外、気が楽で——。
いつの間にか、時間が経つのを忘れていた。




