怪盗の真髄
アルジェントが間髪入れずに指を鳴らす。
ヒュンッ!!
「うわっ!!」
一本目のナイフが顔面めがけて一直線に飛んでくる。反射的に身体を反らし、紙一重でかわす。
続いて容赦なく次のナイフが、二本、三本、四本と飛んでくる。
「ちょっ、待っ……!」
右へ飛び、しゃがみ、身体を捻る。
次々と迫るナイフを必死にかわしていく。休む暇なんて全くない。
「ぐっ……!」
右腕にナイフが命中し、鈍い痛みが走る。破れた袖から自分の血がポタポタと流れ落ちる感覚がなんともいえない。
「まだ避けるだけなのか?」
アルジェントは腕を組んだまま、静かにこちらを見ている。
「逃げるだけでは三流以下だ」
次の瞬間、俺の正面、左右、真上から逃げ道を塞ぐように六本のナイフが同時に向かってくる。
(クッ…!!マジでやられるっ!)
チェーンを振るう。
ガキィィン!!
二本を弾く。
けど、残りの四本が容赦なく迫ってくる。
(避けきれねぇ……!)
咄嗟に後方へ避けたが、一本が肩をかすめ、今度はジャケットの肩部分が破ける。
肩を押さえながら足元に向かってくるナイフをギリギリに避けた。
「くっ!」
身体をひねってかわした瞬間、最後の一本が背後に向かってくる。
「しまっ――」
パチンッ!アルジェントの指の音でナイフが向きを変えた。
背中に思い切りナイフの柄が直撃。
「ぐわぁっ」
痛みでそのまま床を転がる。
息を整える暇もなく、再び刃が空中に現れた。
「立て」
アルジェントの声は冷たく何の感情も感じられない。ただ俺を真っ直ぐ見据えている。
痛みで目が霞み、身体が言うことを聞かない。
「実戦で敵は待ってくれないぞ」
アルジェントは冷たく言い放つ。
「……うるせぇ」
奥歯を噛み締めながら脚に力を入れた。ナイフで傷ついた身体からは血が止まらず、ジャケットが赤く染まっていく。
ジャケットを脱ぎ、痛みを堪えながら立ち上がる。それと同時にさっき以上のナイフが数本一斉に放たれる。
「……っ!?」
(落ち着け……やったことを思い出せ)
(相手の呼吸、動き、気配を感じるんだ!)
右、左、上……来る!?
前転し、ナイフを避ける。そのまま斜めに飛び横から来たナイフを一斉にチェーンで払う。
しゃがみ、後ろへ飛ぶ。足元の先端ギリギリにナイフが刺さる。
感覚がだんだんと研ぎ澄まされていく——
さっきまでの動きが嘘のように身体が勝手に動く。一本目をかわし、二本目をかわし、それから三本目――
左手が反射的に伸びる。
カシッ。
思わず目を見開く。左手でしっかりとナイフの柄を握っていた。
「と、取ってる……!?」
アルジェントが小さく口角を上げる。
「そうだ」
アルジェントが今日初めて見せた微笑み。
少し安心して、力が抜けそうになった瞬間、アルジェントは不敵に笑う。
「敵から武器を奪ったらそれを己の武器にしろ」
「……そんな簡単に言うな!」
「簡単とは言っていない」
アルジェントは再度指を鳴らす。数十本のナイフがアルジェントの方向に飛ぶ。
「は?何する気だ!?」
アルジェントは胸ポケットから一本のナイフを出し指先で挟む。そして軽く手首を返した。
ヒュンッ!!
一本が二本を弾き、二本が三本を弾く。
空中で軌道が次々と変わり、十数本あったナイフが、わずか数秒で床へ転がっていく。
俺は思わず息を呑んだ。
(……これが、一流の怪盗。)
たかがナイフを一本奪えただけで喜んでいた自分が情けなくなった。
「アルジェント……俺」
俺が言い終わる前に、アルジェントが言葉を被せた。
「悪いな、タイムリミットだ」
「タイムリミット?」
「……私も暇ではないのでな」
何となくだけど、アルジェントの存在感が薄れていくように見えた。
俺は思わず一歩踏み出す。
「お、おい! まだ教えてもらいたいことが──」
アルジェントは首を横に振る。
「教えることは、もう教えた」
「……あとは、お前次第」
「次に会う時まで、必ず生き延びろ」
その言葉だけを残して、アルジェントの姿は真っ白な空間から完全に消えた。
白い空間に静寂だけが残る。
「……ったく」
静まり返った空間で、俺は苦笑する。
「最後までカッコつけやがって」
誰もいなくなった空間に、俺の声だけが静かに響いた。
「……」
アルジェントのいた場所を見つめる。
俺は大きく息を吐き、床へ腰を下ろした。
全身が鉛のように重い。肩には刺し跡、腕には無数の切り傷、手のひらには豆が潰れた痕。息を吸うだけで脇腹が痛む。
「……ボロボロじゃん」
思わず苦笑が漏れる。それでも不思議と嫌な気分じゃなかった。
久我の前ではただ一方的にやられるだけだった。奇跡的に一発お見舞いしたものの、アイツには何もダメージは与えられていない。
けど今は違う。
まだ遠く及ばないけど、それでも一歩ぐらいは近づけた気がする。
(そういえば……ログチーはいなかったな)
シルバーになっているのに、左腕にはいつもの時計がある。出られないのか?
カチ、カチと秒針が静かに時を刻んでいる。小さな音とともに、時計が淡い銀色の光を放つ。
次の瞬間、景色が歪んだ。真っ白な空間が砕け散り、身体が光に包まれていく。視界が真っ白に染まる。
そして──
気がつくと、俺は自分の部屋のベッドの上に座っていた。
「……戻ったのか」
窓の外は、まだ夜。
身体の痛みが、さっきまでの激しい修行が夢ではなかったことを物語っていた。
俺は左手の時計をそっと撫でる。
「……もっと強くなるから」
誰に向けた言葉なのか自分でも分からないまま俺は小さく呟いた。




