修行の成果
翌朝——
「いっっ……!」
ベッドから起き上がった瞬間、全身に激痛が走る。
筋肉痛に、手の中のマメ、腕の切り傷――昨夜の出来事が現実だったと物語っていた。
身体の痛みを我慢し、制服に着替え、階段を降りた。
ふと縁側を見ると、じいちゃんの背中が見えた。
「じいちゃん!?」
「紫音か?おはよう」
「お、おはよう……てかじいちゃん身体はもういいのか?」
「ははは……心配してくれるのか?」
「当たり前だろ?」
じいちゃんの背中が何だか弱々しく見えて少し胸が苦しくなった。
じいちゃんが俺を見つめて、少し首を傾げる。
「どうしたんじゃ?紫音」
「……いや、別に」
何となく言葉が詰まってしまう。
じいちゃんは、フッと微笑みながら言った。
「紫音、時間は大丈夫なのか?」
時計を見るといつも家を出る時間を少し過ぎている。
「あ、やべっ!じゃあ、行くから!」
「ああ、気をつけてな」
玄斎は孫の後ろ姿を見送りながら、少し顔を綻ばせた。
◻︎◻︎◻︎
HR後——
「よぉ、紫音!」
大地が満面の笑みで声をかけてくる。
「朝からその顔ウゼェ……」
筋肉痛の痛みもあり、顔が引き攣る。
「お前からそう言われたって、今日の俺は気にしたりしねぇよ?」
「あ?」
「ん?ん?聞きたいか?ん?」
大地はニヤニヤしている。
(コイツ……)
「白石と何かあったとか?」
「は?な、な、なんでわかんだよっ!」
焦って吃る大地。
(わかりやすすぎだろ……)
呆れながら、大地を見る。
「まあ、どうせ『おはよう』って言われただけだろ?」
「…………」
「図星かよ!」
「う、うるせぇよ!」
大地の顔は真っ赤に染まっていた。
「アレ?紫音」
「何だよ?」
「お前、何か身体締まってね?」
大地が俺の身体を触ってくる。
「さ、触んな!筋肉痛なんだよ!」
「……お前ら、朝からいちゃつくな」
ナオが呆れながら声をかけてくる。
「ん?紫音、お前なんか鍛えたんか?」
ナオまで俺の身体を触ってくる。
「お前ら、やめろっ!身体痛ぇから、触んな!」
大地とナオはやめない。
「おっ、腹筋硬ぇ」
「腕も前より締まってるぞ?」
「だから触んなって言ってんだろ!」
そこへノブも現れ、後ろにいる蒼乃にニヤニヤしながら
「蒼乃も触るか?てか昨日保健室で……」
言い終わる前にノブの頭を叩く。
「ちげぇから!」
なぜか、蒼乃まで顔が赤くなっている。
「どいつもこいつも朝からうるせぇ!」
叫んだ瞬間——
「黒川、お前が一番うるさい!廊下で立ってろ!」
教室に入ってきた古文担当の担任が、真っ先に俺を指差した。
なんでこうなる!?
てか、俺だけかよ!
納得いかないまま、俺は廊下に出た。
廊下に出た後、窓から覗くとアイツらがそれぞれ「わりぃ」と言うようなポーズを取っている。
「……後で覚えとけよ」
◻︎◻︎◻︎
——昼休み
いつものメンバーで昼飯。
「紫音くーん、怒ってる?」
手を合わせながらノブが言う。
「その呼び方やめろ!」
「いいじゃん!蒼乃も呼んでるじゃんよー?」
「アイツが勝手に呼んでるだけだし!」
「てかさーお前、蒼乃と出来てんの?」
ノブが悪気なく言ってくる。
思わず飲んでたお茶を噴いた。
「なんでそうなる?」
「可哀想になぁ……」とナオが呟く。
「は?何がだよ?」
「いや、別に?」
「蒼乃も可愛いけど、やっぱ白石だよな」大地がうっとりしている。
「聞いてねーし」
くだらない話をしながら昼休みはあっという間に終わった。
午後の授業は筋肉痛と睡魔に勝てず、結局いつも通り寝てしまっていた。
気づけば放課後になっていた。
「紫音〜帰ろうぜ?」
「お前、部活は?」
「体育館が今日は使えないんだと」
ナオが代わりに応える。
「どっか寄ってくかー?」
ノブがノリノリで言う。
「じゃあ、バッティングセンターでも行く?」
大地が提案する。
「お、いいじゃん!いいじゃん!」
ノブが速攻で賛成する。
「紫音は?」
ナオが尋ねる。
「別にいいけど」
俺は肩をすくめた。
(筋肉痛大丈夫かよ、俺)
◻︎◻︎◻︎
放課後のバッティングセンターは、学生たちで賑わっていた。
「よーし!今日はホームラン狙うぞ!」
大地が意気揚々とバットを持ち、高々と上げる。
「毎回言ってるよな、それ」
ナオが呆れたように笑う。
「うるせぇ!」
最初に打席へ入ったのは大地。
「ふんっ」
豪快にバットを振る。
カキンッ
「おおっ!ヒットじゃん」
「さすがだな」
ナオが拍手する。
「へへっ!」
続いてノブ。
「おらぁ!」
ブンッ!
空振り。
ブンッ!
また空振り。
「球、速すぎるだろ……」
「お前、それ毎回言ってるな」
大地が笑う。
「うるさいなぁ」
四人で笑い合う。
「じゃあ、次、紫音」
「へいへい」
何気なく打席へ立つ。
(……筋肉痛キッツ)
少し肩を回してからバットを構える。
ヒュンッ
ボールが発射される——
「えっ?」
ボールがめちゃくちゃよく見える。
(……あれ?)
カキィン!!
乾いた音が響き、ボールは真っ直ぐセンター方向へ一直線に飛んでいく。
「すげぇ!」
ノブが拍手する。
100キロだぞ?遅く見えるとかありえねぇだろ。たまたま見えただけなのか?それなら——
「もう一球!」
俺は思わずそう口にしていた。
二球目が続けて飛んでくる。
ヒュンッ
カキン!!
またボールはセンター方向のネット上段へ突き刺さった。
「すごっ!お前の運動神経どうなってんだよっ!」
大地が目を輝かしながらこっちを見ている。
「紫音、100じゃ物足りないんじゃね?」
とナオが冗談半分で120km/hのボタンを押した。
「ちょ、ちょっと待て!」
ボールがバッティングの機械から発射される。
「……見える——」
その時、アルジェントの言葉が脳裏をよぎった。
『奪ってこそ怪盗だ』
次の瞬間――
身体が勝手に動いていた。
気づくとバットから手を離し、身体が前へ出ていた。
ボールが目前まで迫る。
「紫音、危ない!」
大地の叫び声とほぼ同時に、反射的に左手が動いた。
パンッ!!
「っ……!」
思わず顔をしかめる。
衝撃で腕が痺れる。俺の左手には放たれたボール。
シン……
一瞬、辺りが静まり返った。
「……え?」
最初に声を漏らしたのはノブだった。
「……は?」
ナオは驚いて目を見開いている。
大地が呆然と俺を見る。
「お前、何してんだよっ!怪我ないか?」
「……あ、ああ」
そう答えながら、ふと昨日のことを思い出した。
……あの修行のせいなのか?
ボールの軌道が、手に取るように見えた。
まるで感覚が研ぎ澄まされてるような。
アルジェントの地獄の修行は、確実に俺の身体に変化をもたらしていた――




