修行開始
テニスボールが四方八方から次々と飛んでくる。
「右、左、上、右、下」
「わっ!」
避けたと思った瞬間、背中に集中してテニスボールの直撃を受ける。
「痛い!痛いって!加減しろ!」
「避けるだけで満足するな」
「は?」
「怪盗は避けた先まで計算する」
「意味わかんねぇから!説明しろ!」
言ってる矢先に一発。
ゴンッ!
「いてっ」
アルジェントは腕を組んだまま首を振る。
「ダメだな」
「何がだよ!」
「視線に頼るな!」
「それが普通だろがっ!」
「これが久我のナイフだったら死ぬぞ?」
あの時の記憶が甦り、背筋がゾクリとする。
「視力に頼るな。身体の全感覚をフルに使え」
「身体の全感覚……」
「相手の気配、呼吸、重心、筋肉の動き……投げる前には必ず予兆がある。それを見ろ」
「そんなの見えるか!」
「だから練習する」
アルジェントが指を鳴らす。
今度はボールが十個。
「ちょっ……待て待て待て!」
「行くぞ」
「待てってぇぇぇ!!」
ボコボコボコボコッ!!
◻︎◻︎◻︎
何時間やってたかわからない。
身体中が痛い。あらゆる場所に青痣が浮かんでいる。
「はぁ……はぁ……」
額から汗がとめどなく流れてくる。
「まだ完璧じゃないな」
「うるせぇ」
「まあ、まだ準備運動だけどな」
「は?」
「これから本番だ」
「はあああああああ?」
アルジェントがまたどこからともなくダーツを取り出す。
「次は、ダーツだ」
「下手したら大怪我するからしっかり避けろ」
「いやいやいや、無理だろ」
「無理ではない!」
容赦なく、数本のダーツが自分めがけて飛んでくる。
「げっ」
ボールで慣れたのか、数々のダーツを次々と避けていく。
「ほぉ、やるな」
「はぁ……はぁ」
「息が上がってきてるな?」
「うるせぇ!」
「まあシルバーにならずにここまでやれるのは褒めてやろう」
アルジェントは口元を上げる。
「今から少しだけ本気を出してやる。だからお前もシルバーになれ!」
「は?別にいいだろ?このままで」
「いや、お前の持つ手段を全て使わないと」
「使わないと?」
「……ここで死ぬぞ?」
アルジェントは真剣な眼差しで俺を見た。
「それとも、怖気づいて帰るのか?」
「……」
拳を握りしめながら奥歯を噛む。そしてまっすぐにアルジェントを睨みつけた。
そっと左手の時計をなぞり、小さくシルバーと呟いた。
銀の髪、青い瞳、黒い仮面、白ジャケット、黒インナー、黒パンツ、腰にはチェーン。
その青い瞳は覚悟を決めた鋭い眼差しだった。
「……やるしかねぇ」
「後には引けねぇんだよ」
アルジェントがニヤリと笑う。
「いい瞳だ」
そう言った次の瞬間――
アルジェントの姿が消えた。
「なっ!?」
周りを警戒しながら気配を探る。
「来る!!」
ガキィンッ!!
チェーンで受け止める。
「後ろか!」
「惜しい」
真横からの声とともに、アルジェントの肘が自分の腹へめり込む。
「がはっ!」
身体が吹き飛び、床に転がる。
「くっ……!」
体勢を整え、その場に立ち上がる。
アルジェントがまた視界から消える。
「どこだ?」
右?……違う!左……もなしだ。近くに気配……まさか、真上——?
視線を上げた瞬間、アルジェントの蹴りが左肩へ直撃し、勢いよく床へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
息ができない。
アルジェントは平然とした様子で
「遅い」と呟く。
「お前は『見てから動く』」
「本当に速い相手には、それでは間に合わない」
「じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「読め」
「読む?」
「相手が次に何をするか」
「癖、視線、重心、呼吸」
「全部合わせれば未来は少しだけ見えるはずだ」
俺は小さく笑う。
「未来予知じゃねぇか」
「お前の能力と同じようなものだろ?」
アルジェントも笑う。
「だから、お前には向いている」
その言葉に俺は静かに拳を握る。
(……久我、次は絶対にやられねぇ)
「来いよ!やってやる!」
アルジェントが指を鳴らす。
今度は真っ白な空間いっぱいに、無数のナイフが出現した。
「……は?」
「安心しろ」
「全部、本物じゃない」
アルジェントはニヤリと笑う。
「半分だけ本物だ!」
「安心できるかぁぁぁ!!」
叫んだ瞬間、ナイフが自分に向かってくる。
一本目を紙一重でかわし、その直後、二本、三本と続けざまに飛んでくるものを何とかかわしていく。
一歩間違えれば当たりそうなギリギリのライン。
(……でも、さっきより見える)
身体を捻り、時にはしゃがみ、ジャンプする。気づけば、身体が『天国と地獄』のリズムに自然と乗っていた。気づけば、俺は笑っていた。
まるで、この特訓を楽しんでいるかのように。
「ほぉ、やるな」
アルジェントはさらにナイフの本数を増やす。
掴み始めた感覚を頼りに、ナイフを避けていく。避けた瞬間、一本のナイフが方向を変えて飛んでくる。
咄嗟に避けるが、頬をかすかにかすり、ナイフは壁に突き刺さる。
刃先がわずかに震えている。
「今の……本物?」
「言っただろ?」
「半分だけ本物だと」
「半分でも十分多いんだよ!」
文句を言った瞬間、次のナイフが飛ぶ。
俺は咄嗟に飛び上がるが、飛んだ先に数本のナイフが一気に俺を襲う。
(しまっ……逃げ場がねぇ!)
完全に囲まれた時
アルジェントが指を鳴らすと、ナイフの動きが止まった。
冷や汗が額を伝う。
「お前は今、死んだな」
「くっ」
悔しくて堪らず奥歯を噛んだ。
アルジェントは再び指を鳴らした。
停止していたナイフの先が、一斉にアルジェントへ向く。
次の瞬間、ナイフがアルジェントに向かって飛んだ。
アルジェントは落ちついた様子で口角を上げた。
「怪盗は逃げるだけじゃない、盗め!」
「……は?」
「飛んでくる刃を奪え」
「そんなのできるか!」
「できる!私ならな」
「自慢すな!」
アルジェントは不敵に笑いながら、自分に向かってきたナイフを二本の指で挟む。さらに別の一本を軽く弾き飛ばし、残る一本を空中で掴み、そのままジャケットの内ポケットへしまった。
「……うそだろ」
「避けるだけでは二流」
アルジェントは俺をまっすぐ見る。
「奪って初めて、一流の怪盗だ」
俺は静かにチェーンを握り締めながら
「……やってやるよ」と応えた。
アルジェントは満足そうに笑いながら
「よし、基礎は終わりだ」
「やっと終わりか……」
「今度は全部、本物だ」
そう言うと、空間から無数のナイフが現れる。
「は?」
アルジェントは嬉しそうに笑う。
「お前……」
「絶対性格悪いだろぉぉぉ!!」
俺の悲鳴が真っ白な空間に響き渡った。




