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銀の怪盗は真夜中に覚醒する  作者: 黒瀬 蓮
動き出す気持ち

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番外編 雨の日と彼

梅雨に入ってから毎日雨が続いている。茶髪でウェーブのかかった私の髪は、雨のせいでなかなか纏まらない。


「もうっ最悪!」

「早く用意しないと遅れるわよー」

 奥からお母さんの声。

「わかってるー」

 鏡を見ながら、髪の毛をなんとか纏める。


「うん!これでよし……」

 傘を差し、バス停に向かう。

 時刻は8時00分。少し遅れてバスが来る。

 傘を畳んでバスに乗った。


 学校までは15分。HRに間に合うかどうかのギリギリの時間。でも、このバスに乗るのは理由があった――


 今日もバスを降りると、後ろからバタバタと足音が聞こえてくる。

 無意識にその方向を見る。

 黒川くん。私がバスを遅らせる理由。


「お、おはよう」

「おー!佐伯も遅刻ギリギリかよっ!」

 校門に先生達が立ち、門を閉め始める。


「やべぇ!おい!佐伯も走れ!」

 子供みたいなイタズラっぽい笑顔が、朝から眩しい。

(今日もキラキラしてる)


 教室――

 無意識に目がそっちに向く。今日も黒川くんは机に突っ伏して寝ている。


 ふふっと思わず笑みが漏れる。

 寝ている黒川くん、友人達と話している黒川くん、そして――

 たまに遠くを見ている彼の瞳が哀しそうに見えるのは何故だろう?気づくといつも目で追ってしまう自分がいる。


 こんな風に黒川くんを意識し出したのは、いつからだったかな。


 あれは、そう。去年の冬―― 

 お母さんが入院した時だった。日々働き詰めだったお母さんは疲労で倒れた。お父さんと離婚してから、ずっと気を張っていたし、かなり無理をしていたんだと思う。


 少しでも力になりたくて夜、コンビニでアルバイトを始めた。

 疲れているのもあって、私は学校ではほぼ誰とも深く関わらなくなっていった。


 そんな時、私に関する噂が流れた。

 援交してるだとか、男に媚びてるだとか、根も葉もないそんな噂。


 クラスメイトが私の話題を悪びれもせず、気軽に口に出した時、「やめろよ!」と声がした。


 ハッと声がした方向に視線を向ける。


「お前ら……うるせぇ」

「……く、黒川、俺らは別に……」

「別にってなんだよ?」

「聞いてて胸糞悪いんだよ!」

 そう言って教室を出ていく。私に何か言うわけでもなく、ただそう言って噂していた人たちを黙らせた。

 それから私を噂する声はピタリと止まった。

 嬉しかった、救われた、味方になってくれた。


 黒川くんは何も言わなかったけど……あの日から私にとって特別な人になった。


 でも――

 黒川くんに振り向いて欲しい訳じゃない。

ただ、見ているだけで幸せな気持ちになるから。

 それ以上求めるのは私の我儘な気がするから。


 ふと、黒川くんを見ている誰かの視線に気づく。愛おしそうに、大切なものを慈しむような、

そんな優しい眼差しを向けている。


「あの子も、好きなのね……」

 少しだけ、胸の奥がチクンと傷んだ。


 放課後――

 窓から外を見ると、まだ雨が降っている。下駄箱を開け、靴を履き変える。

 ふと、顔を上げると黒川くんがそこにいた。

周りには人はいない。


 私は無意識に声をかけていた。

「あっ……今、帰り?」

「ん?ああ……」


 靴紐を結びながら、チラッと私を見た。

 その後、「じゃ、また明日な」と言って

 黒川くんは背を向けた。


「……あっ、うん」

 (行ってしまう……)


 私の様子を見て何か気づいたのか黒川くんが尋ねてくる。

「どうしたんだ?佐伯、腹でも痛いのか?」

「ち、違うよっ」

「なんか顔が赤くないか?」

 黒川くんが顔を覗いてくる。

「……っ!?あ、あのね」


(ほら、言うのよ)

(今しかないでしょ)

(早く……)


「一緒に……帰りたい!」

「は?」

「ダ、ダメ……かな?」

「いや、まあいいけど?」

 黒川くんは少し首を傾けながら答えた。


「えっ?いいの?」

「は?なにがだよ?」

「う、ううん……なんでもない」

 思わず口元が緩んでしまう。

 黒川くんは私の様子を見て

「変な奴だな」と言って少しだけ微笑んだ。


◻︎◻︎◻︎


 二人で並んで歩く。特に何か話すわけでもなく、川原沿いをゆっくり歩いた。

 何だか嬉しくて、くすぐったくて、つい黒川くんの横顔を見つめてしまう。

 (振り向いてほしい……)

 (……何、いまの?)


 私の視線に気づいた黒川くんは、キョトンとした顔をして言った。

「なんだよ?俺の顔なんかついてるのか?」

「う、うん、ついてる」

 見てたことを誤魔化そうと、嘘をついた。


「えっ?マジかよ」

 焦りながら顔を触る黒川くん。

 その姿がなんだか可愛くて、つい笑ってしまう。

「いやいや、笑ってないで取ってくれよ!ほら」

 黒川くんが少しかがんで、ぎゅっと目を瞑る。無防備な姿にドキドキしてしまう。

(まつ毛長い……綺麗な顔)


 ……どうしよう

 このまま「何もついてない」なんて言えない。

 思わず口から出た言葉は


「鼻がついてる」

 そう言って、黒川くんの鼻をつまんだ。

「いてっ!何すんだ――」

 黒川くんが私の手を掴む。


 ぶつかりそうなぐらいの至近距離。握られた腕。心臓の音が聞こえてしまいそう。


「わ、わりぃ……」

 黒川くんが腕を離して、目線を逸らす。

「う、ううん……」

 私は恥ずかしくなって俯いてしまう。


 お互い妙な空気が流れる。


「あ、あのね……」

 私が黒川くんに声をかけようとしたその時、すぐ近くで猫が鳴いた。


「……猫?」

 お互いに顔を見合せる。


 声の方向に目を向けると、段ボールの中から声がする。

 段ボールの中を覗くと子猫が一匹、雨に濡れて震えていた。

「……可哀想に。寒かったね」

 持っていたタオルで猫を拭く。指先を猫が舐める。

「くすぐったい」

 黒川くんは私の様子を横で静かに見ていた。

 けど、しばらくして黒川くんは静かに言った。

「帰んぞ」

「えっ?」

「中途半端に優しくしたら、コイツが可哀想なだけだ」

「で、でも……」 

 黒川くんの横顔がなんだかとても辛そうに見えて私は何も言えないまま頷いた。

 何かを振り切るように、私は猫を段ボールに戻した。


 黒川くんは猫を見て小さく呟く。

「ごめんな……」

 自分に言われたわけじゃないのに、心の奥がズキッと傷んだ。

 そして、そのまま後ろ髪をひかれるように家路に着いた。


 カバンを置き、着替える。

「中途半端な優しさは……か」

 鏡を見る。

 ウェーブの髪は少し乱れていた。


「……行かなきゃ」

 自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。さっきの河川敷に向かった。


 子猫のところに戻ると、段ボールには傘が立てかけられていた。

「あれ……この傘はさっきの……」


 黒川くんの傘だ!


「十分優しい……不器用すぎるよ、黒川くん」

 猫をゆっくり抱き上げる。


「……うち、来る?」

「にゃーん」

 まるで返事でもするかのように子猫は鳴いた。


 自宅――

「あら、何?猫拾ってきたの?」

 お母さんがリビングから顔を出す。


「うん」

「私ちゃんと面倒見るから」

「ね?シフォン?」

 名前が気に入ったのか、シフォンはにゃーんと嬉しそうに鳴いた。


 シフォンを撫でながら小さく呟いた。

「この気持ちは、中途半端なんかじゃない」

 黒川くんが子猫に向けた優しさを思い出す。


 不器用で、優しいくせに素直じゃない。私の胸の奥で少しずつ大きくなっていく想い。


「にゃーん」

「シフォンもわかったよね?」 

 口元が少し緩んだ。

 シフォンは私の顔へすり寄り、小さく喉を鳴らした。


「……やっぱり好き」

 梅雨はまだ始まったばかり。

 そして私の恋も――

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